4.不安②
「そろそろ動いた方がいい……?」
私の作戦は小説の展開を利用した、ジェランダ公爵家の悪事を暴いて成敗する、というものだ。
今のジェランダ公爵家はあまりに力が大きく、国にとって脅威になっている。
その一方でジェランダ公爵家が断罪されて破滅してしまうと、国にとってその大きな力を失うに等しく、少なからず影響が出てしまう。
特に裏社会を牛耳っているのがジェランダ公爵家のため、その影響力がもっとも大きいと言える。
そのため国はジェランダ公爵家に中々手が出せず、表向きは良好な関係を築いているフリをしなければいけないのだ。
(これにも解決策はあるけれど……鍵となるのはブラッド様だ)
小説ではブラッド様を道具のようにしか扱わなかった父親に認めてもらいたくて、最初は悪事に加担していた。
しかし徐々に父親のやり方に対して疑問を持ち、フリップ様とメアリーと出会った当初は敵対していたが、苦しみの中でもがきながらも正義を貫こうとするフリップ様や純粋なメアリーに感化されていき、最終的には二人の側につくのである。
その結果、ブラッド様の父親はフリップ様の手によって敗れるが、ジェランダ公爵家自体は潰れず、ブラッド様が当主となって立て直しを誓うのである。
キーパーソンはブラッド様なのだ。
(つまりブラッド様を取り込まないといけない。前回は攫われそうになったけれど、近づいて仲良くなるのだ)
今回は私とカシスが二人の役目になるのである。
そのためにもカシスに命の重みを理解してもらうことが先決だ。
そう考えると居ても立っても居られず、一度会いに行こうとした。
「メアリー、今日も予定がないのよね? せっかくだから出かけましょう」
しかしお母様に誘われ、その日も行けずじまいになってしまう。
結局一週間が経ってしまったある日、私は夢を見た。
『メアリー、今日はどんなことを俺に教えてくれるの?』
『あっ、カシス!』
カシスに会えたのが久しぶりで、思わず笑顔で駆け寄る。
『会いたかったあ」
『俺もだよ』
カシスはそっと私を抱きしめようとしたところで……目が覚めてしまう。
「……ん」
いいところで目が覚めてしまい、少し残念だ。
(それにしても夢にまで出てくるなんて……もうこれ、かなり末期では)
まさかここまで自分の中でもカシスの存在が大きくなっているとは思わなかった。
離れたことで新たな発見ができてしまう。
真夜中の部屋は暗く、少し心細くなった私は起き上がって明かりをつけようとした。
その時、視界の端でふわっとカーテンが揺らぐ。
(あれ、私って窓を開けて寝たっけ……?)
不思議に思って視線を向けた時、窓からわずかに差し込む月明かりに照らされた人影が見えた。
「……ひっ⁉︎」
部屋に誰かがいる。
声にならない声が出て、体が固まってしまう。
(ど、どうしよう。早く助けを……あれ)
今すぐ叫ぼうと思ったが、その人影の靡いた髪が銀色に見えて、ふと冷静になる。
(暗殺者かと思ったけれど、もしかして……)
その名を呼ぼうとした時、初めて相手が口を開いた。
「……どうして」
その声は僅かに震えている。
「どうして君はいつも俺を期待させておいて突き放すの? また嘘を吐いたの?」
ゆっくりと私に近づくその人物は、夢にまで見たカシスだった。
その様子がいつもと違うのがわかる。
「カシス……わっ⁉︎」
その名前を口にした直後、視界がぐらりと揺れる。
視界いっぱいにカシスの顔が映り、押し倒されたのだと気付くのに時間を要した。
(すごい力……)
まるでベッドに体を押さえつけられているようで、ピクリともしない。
手首を掴む力は強く、思わず顔を歪める。
「俺はあと何度こんな惨めな思いをしたらいい? 何度同じことしたら君の気が済むの? 君を傷つけたくないから、監禁や殺したりしないって約束したのに……これだけ嘘を吐かれるなら、俺も守らなくていいよね」
「え……」
「これからはずっと一緒だよ。一日たりとも離れたりしない」
「まっ……待って」
「待たないよ。どれだけ待っても君は俺の元には来ないから」
カシスの目は本気だった。
カシスは今、私をどこかへ連れて行こうとしている。
「……っ、カシス待って! 私の話を聞いて!」
少し大きめの声で叫ぶと、カシスはピタッと動きを止める。
心なしか私の手首を押さえつける力も緩んだ気がした。
(良かった、私の声は届いてる……)
声が届くならまだ間に合うはずだ。
カシスはもう、恐れる相手じゃないのだから。
「私の左手を見て、カシス」
「……」
カシスは怪訝そうにしながら、言う通り左手に視線を向ける。
するとその目が大きく見開かれた。
「……指輪」
カシスはぽつりとそう呟いた。
私のつけている結婚指輪に気づいてくれたようだ。
「そう、指輪。あの日からずっとつけてる。どうしてかわかる?」
「……」
「ほら、カシスもつけてくれてるのはどうして? わからないなら、何度でも教えてあげるよ。私の気持ちはカシスに誓った時と何一つ変わってない。私は……」
「もう、いいよ」
「最後まで聞いて、カシス」
「……ごめん、メアリー。俺が間違ってた」
てっきり聞きたくないのかと思ったが、私の気持ちを全て口にせずとも伝わってくれたようだ。
「勝手に不安になって、先走ってた……怖かったんだ。君が突然来なくなって、離れていきそうで」
カシスは私の肩に顔を埋める。
甘えるような仕草だったが、その声は暗くて重い。
「君との時間が幸せであるほど、君がいない時間が不安でたまらない。こんな感情初めてで、どうしたらいいのかわからないんだ……」
「……隙あり!」
あまりにカシスが消え入りそうな声で話すから、私の方が怖くなって思わずカシスに抱きつく。
その勢いでカシスもベッドに倒れ込んだ。
「……メアリー?」
(今のカシスの感情は私を信じていないからではなくて……不安に襲われてるんだ。それも、カシスの知らない感情だから余計に恐れている)
つまり今のカシスは心の成長段階なのである。
これを乗り越えなければ、きっとカシスの心は変わってくれない。
余裕のないカシスを安心させるように、力強く抱きつく。




