19.誓いキス①
社交シーズンが終わってからも、私は王都に滞在していた。
カシスも領地に帰らないと聞いていたため、迷いはなかった。
お父様は寂しからダメだと反対されたが、お母様が賛成してくれたおかげで、無事に王都へいられることになった。
(一刻も早くカシスとの関係性をどうにかしないと……)
このままではカシスとの心の距離が遠ざかる一方で、恐れている未来がやってくるかもしれない。
今までの自分の行いに反省しながらも、早速カシスとの関係修復のため動いていた。
「サプライズでカシスに渡す……いや、きっとバレるだろうし……指のサイズもわからない……一緒に行くべきか」
「メアリー様? 何をされているのですか?」
私は自室に籠って作戦を練っていると、お茶を用意してくれたライラに声をかけられる。
「これは……指輪、ですか?」
「そうだよ」
私は結婚指輪を作ろうと考えていた。
この国には前世のように、結婚の証となる指輪という概念が存在しない。
指輪とはアクセサリーの一種であり、それ以上の意味はないのだ。
それを利用し、私はカシスと前世の方法で契りを交わそうとしていた。
あくまで結婚の約束という意味合いにはなってしまうが、私の気持ちを伝える手段にぴったりだと思った。
(私はもう、カシスと生涯共にすると心に決めている。その気持ちを伝えたい)
そう心に決め、まずはある程度デザインを決める。
刻印は二人の名前のイニシャルを入れてもらおうか。そうすると特別感が増すだろう。
(けれど、これでもカシスに伝わらなかったらどうしよう……)
先日の舞踏会で冷たく見下ろされた時は悲しくなり、胸が痛んだ。
(きっとカシスも、私が避けたり逃げたりした時は同じように苦しかったんだろうな……)
いくら気弱になっても未来が変わるわけではない。
自分なりに全力で挑んでカシスにぶつかる勢いでいこうと思った。
◇◇◇
王都にある貴族御用達のアクセサリーショップの予約が済み、ようやく準備が整った。
カシスと約束を取り付け、舞踏会の日以降初めて会うことになった。
「カシス、お待たせ!」
カシスが迎えに来てくれ、馬車に乗る。
先日の冷たい目は何処へやら、カシスはいつものように温かな笑みを浮かべて私を迎え入れた。
「会いたかったよ、メアリー」
「時間が空いてごめんね」
「ううん。君が何かしようとしているのはわかっていたから大丈夫」
やはり私の行動がお見通しのカシスに、もう驚かなくなった私も私だ。そろそろ感覚が鈍ってきたらしい。
「アクセサリーが欲しいの? 好きなだけ買ってあげるよ」
「ふふっ」
「……どうして笑うの?」
「カシス、私の目的まではさすがにわかっていないでしょう?」
きっとカシスは私がアクセサリーを欲しく、カシスに買ってもらおうとしていると思っているのだろう。
「目的?」
「そう、目的! アクセサリーが欲しいわけじゃなくて……いや、欲しいのは欲しいのだけれど」
たまにはカシスを驚かせたくて、すぐには話さず黙っておくことにした。
「また俺が思いもよらないことを考えているの?」
「じゃあカシスも予想してみて。一緒に答え合わせしよう」
私がカシスの想像を超える動きをした時といえば、全て前世に絡むことである。
今回も前世の知識をフル活用のため、きっとカシスもわからないことだろう。
「楽しそうだね」
「たまにはカシスをあっと驚かせたくて」
やけに上機嫌な私を見て、カシスは笑みをもらす。
もっと気まずい空気が流れると思っていたが、問題なさそうで安心する。
だからといってあの時のカシスの言葉が嘘とも思えず、本気だということは重々承知だ。
「お待ちしておりました」
アクセサリーショップに到着し、私たちの対応してくれたのは何とオーナーだった。
「ご無沙汰しております、カシス様」
どうやらカシスと知り合いのようで、挨拶していた。
もしカシスが来ることも見越してオーナー直々に担当してくれるのだとしたら……これは好都合かもしれない。
オーナーに直接話した方が通りやすい気がしたからだ。
早速私たちは個室へと案内される。
「耳飾り、とてもよく似合っていますわ。お二人がつけているところを見られて大変嬉しく思います」
「耳飾り……あっ」
カシスがプレゼントしてくれたこの耳飾りも、この店が作ってくれたものなのか。
カシスがわざわざここに足を運んで用意してくれた……私はその時からすでに愛されていたんだ。
「本日はどういったものをご希望でしょうか」
少し雑談をした後、本題に入る。
「今日は指輪を作っていただきたくて……」
「まあ、素敵ですわ。宝石の種類や色はどうされますか? あっ、耳飾りと同じでカシス様の瞳の色をイメージした宝石を……」
「いえ、宝石はいりません」
「えっ……」
「あと、今回も二人分お願いしたくて……」
オーナーは私の分の指輪を買いに来たと勘違いしたようだ。
この国で指輪をつけているのは女性が大半のため、勘違いされてもおかしくない。
「俺の分もあるの?」
「あっ、もしかしてカシスは指につけるの嫌……?」
「ううん、嫌じゃないよ。てっきり君の分だと思っていたから」
カシスもオーナーも困惑していて、慌てて用意していた資料を出した。
私の手書きで粗さが目立って恥ずかしいが、こっちで説明した方が早いだろう。
「結婚、指輪ですか……?」
「はい。とある異国では結婚の証として指輪を左手の薬指につける文化があって、名前はそのまま『結婚指輪』と呼ぶんです」
「まあ! 素敵な文化ですわね」
「いつでもどこでも指輪をつけられるように、宝石はつけずにシンプルな作りにしていただきたくて……」
私の説明にオーナーは真剣に耳を傾けてくれる。
メモもとっていて、前向きに考えてくれそうで安心する。
「あと、内側に刻印もお願いしたいんです。こんな感じに……」
二人のイニシャルをお願いしたが、オーナーは初めて顔を顰めた。
「これは……見ない文字ですね」
「あっ、えっと、これも異国の文字でして……!」
何でもかんでも異国と言ったが、正確には前世のことであり、この世界には存在しない国の話だ。
「ちなみに意味をお聞きしても?」
「これは二人の名前の頭文字なんです」
「お二人の名前が刻まれているのですね。とっても素敵ですわ!」
その後もデザインや形についてオーナーと話しながら決める。
時折カシスの反応を確認したが、その度にカシスは愛おしそうな眼差しを私に向けていた。
「一日でも早く完成できるように最善を尽くしますわ」
「ありがとうございます。完成が楽しみです」
一通り相談を終え、オーナーもやる気に満ち溢れている様子だった。
オーナーに見送られながら、私たちは馬車へと乗り込む。




