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16.深い闇③

「今はカシスと上手くやれているが、今後はどうなるかわからない。正直今も、心のどこかであいつを恐れ、顔色を伺う自分が嫌になる」


 殿下は将来、この国の王になる。

 そんな殿下が家臣となるカシスを恐れる……というのは、耐え難いものがあるだろう。


「俺が王位を継承してカシスが当主になった時……俺はずっと、どちらかが死ぬことになるだろうと考えていた。あいつの暴走はいつかこの国を滅ぼすことになるかもしれない。だからこそ命を懸けて、あいつを止めなければいけないと」

「そんな……」


 カシスか殿下が死ぬ……?

 想像以上にカシスと殿下の間に溝があり、深刻な問題だった。


「だがその中にも希望が見えたんだ。それが君だよ、メアリー嬢」

「私、ですか……?」

「言っただろ? カシスの本来の姿を君が受け入れたことによって、あいつが変わりつつある。君の話をするカシスは本当に楽しそうで、その姿は素のように思えるんだ」


 少し殿下の表情が和らぐ。


「だから君に頼みたい。どうかカシスが道を踏み外さないように、導いてやってくれないか? 君の声ならあいつに届くかもしれない」

「私が……カシスを」


 いよいよ手綱を握るという言葉が現実味を帯びてきた。


「こんなこと君に頼むのは悪いと思っているが、カシスがこの国にとって脅威ではなく、手を取り合ってこの国を支えていけることを証明してほしい。そしたら俺も、安心してカシスにこの国を任せられる」


 スケールが大きくなっている気がするが……私にそれができるだろうか。


「私にそのような力は……」

「難しいかもしれないが、あいつが悪いことに手を染めようとした時、正してやってほしいんだ。受けてくれないだろうか」


 ここで私が断れば、カシスと殿下は対立して衝突し合うかもしれない。

 それもカシスが悪役という立場で……そんなの嫌だ。

 カシスは人に興味がなく、冷たい部分があるけれど、優しく温かなところもあるのだ。

 このまま破滅の道を歩んでほしくない。


「お受けいたします。私が、カシスを導いてみせます」


 最初からできないと弱音を吐いては何も変わらない。

 できる限りのことはしてみようと思った。


「感謝する、メアリー嬢」


 殿下は安堵の息を吐く。

 私が協力することで、少しでもいい方向に進んだらと思った。


「俺の話は終わったし、ここからは母上を呼んで……」


 殿下が外で待機している使用人を呼ぼうとした時、部屋に王妃陛下が戻ってきた。


「母上」

「話は終わったかしら?」


 王妃陛下は少し焦った様子で私たちに話しかける。


「実は陛下がいらしたそうなの。けれど……なぜかカシスも一緒みたいで」


 その言葉を聞いた途端、私は目を見開いて殿下に視線を向けた。

 殿下も同じように驚いている。


「全くあいつは……俺は別室で待機しておきますね」

「カシスだから話せばわかってくれると思うけれど……愛する婚約者が別の男性と会っていたなんて、やっぱりあまりよく思わないわよね」


(王妃陛下……カシスだから危険なんです)


 どれだけ危険かというのは、恐らく私と殿下にしかわからないだろう。

 殿下は私に挨拶をして、部屋を後にする。


「ではメアリー嬢、いきましょう」

「はい……!」


 まさか王妃陛下に続き、国王陛下にも挨拶する日が来るなんて。


「いやあ、突然すまない。実は今日、カシスと会っていたんだが、その時にメアリー嬢が王妃と会っている話をしたんだ。そしたらすごく会いたそうな顔をしていて、私の方が耐えられなくなってな」


 国王陛下と対面し、私が形式的な挨拶を終えるなり、国王陛下は上機嫌に話し始めた。

 その一歩後ろには、照れくさそうにしているカシスが立っている。


(あの表情は絶対に作ってる……!)


 多忙な国王陛下との謁見を、私が王妃陛下と会う日に取り付け、さらに国王陛下から話題を切り出してもらう……それをいとも簡単にやってしまうカシスが怖い。すごく才能の無駄遣いな気がする。


「あらあら、噂通り本当にメアリー嬢が大好きなのね。今日はもうカシスにメアリー嬢を譲ってあげないとね」

「俺のことはお気になさらないでください。こうして一目見れただけでも嬉しいので……」

「メアリー嬢とはたくさん話せたから大丈夫よ」


 躊躇うカシスの姿は、周囲が余計後押ししたくなる魅力があった。

 いつものパターンとなり、私はカシスと帰ることになる。

 王妃陛下も私と王太子殿下が会っていたことを知られたくないようだったし、大人しくカシスと帰るのが正解だろう。


(きっと、カシスには全てお見通しだろうけれど……)


「メアリー、今日は楽しかった?」

「うん、楽しかったよ。王妃陛下はとても気さくな方で……」


 一瞬誤魔化そうと思ったが、逆効果な気がした。


「カシスは全部知ってる、よね?」

「何のこと?」

「今日……私が、王太子殿下ともお会いしたこと」


 私が本当のことを話すと思っていなかったのか、カシスは少し驚いていた。


「うん、知ってたよ。君と面識のない王妃陛下が、君を呼ぶ理由なんてすぐにわかった。俺の婚約者として気になるなら、俺と一緒に呼ぶだろうし」


 やっぱり誤魔化そうとせず正解だった。

 信用を取り戻すためにも、これからも本当のことを話そうと心に決める。


「じゃあ、殿下と何を話したのかもわかってる……?」

「大方予想はつくよ」

「カシスは本当に、殿下に毒を飲ませたの?」

「うん、そうだよ」


 悪びれもせず、いつもの調子で認めるその姿は、初めて裏の顔を知った時のカシスと重なった。

 少しはカシスの中で変化が生まれたと思っていたが、私の勘違いだったようだ。

 カシスの根幹は依然として闇に包まれている。


「どうしてそんな危険なこと……」

「だって俺からメアリーを奪おうとしたんだよ?」

「まだ初期の段階だったんでしょう? カシスなら、上手く取り入って私を候補から外すことも可能だったはずなのに……」

「君に対する想いはそんな生半可なものじゃないんだよ。危険な芽はあらかじめ摘んでおかないと。誰も君に手出しはさせない」


 カシスは私を抱き寄せる。

 その触れ方はとても優しく、大切なものを扱うようだった。

 私には優しい一方で、他人のことは興味がなく、簡単に傷つけてしまう。


(これはすぐ解決できるような問題ではない……慎重にいかないと)


 王太子殿下はカシスが安全であることを証明してくれと仰っていた。

 その方法も考えないといけないし、それ以前にまずはカシスに人に対しての考え方を変えてもらわなければならない。

 こうして私に、新たな問題が待ち受けていた。


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