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15.深い闇②


「俺は君より先に知っていた。本当にすまないことをしたと思っている」

「いえ……正直、時間の問題だったと思うので……」


 あの場で殿下が尋ねなくても、他の人たちに同じような質問をされていただろうし、いずれこのすれ違いは判明していたはずだ。


「まさかあのカシスが勘違いをしていたなんてな。あいつが振り回されている姿は見ていて少し……いやかなり気分が良かったものだ」


 真面目な話をされるかと思いきや、殿下はその時の様子を思い浮かべたのか、やけに楽しそうだ。


「まあ正直、自分を偽って君に接していた頃より、本性を曝け出した今の方があいつも楽しそうだけどな」

「そうなのですか……?」

「君はあの姿を受け入れたんだろ? それがあいつにとってかなり嬉しかったらしい」


 カシスは自分の異常さを理解していて、誰も受け入れてくれないと思い込んでいる。

 しかし殿下の様子を見る限り、殿下もカシスのことを受け入れているように見えた。


「では殿下もカシスを受け入れてくださっているのですね」

「……それは、どうだろうな」


 ここに来て当然殿下の声のトーンが落ちる。

 まるでここからが本題だというように。


「殿下……?」

「言っただろ? 俺は今日、カシスについて君と話しておきたいって」


 殿下の深刻そうな表情に不安が募る。


「まずは、そうだな。あいつの裏を知った時の話をした方が早いだろう」


 裏を知った時……ということは、互いに信頼し合ってカシスも本性を見せている、というわけではなさそうだ。


「俺も最初はカシスの外面に騙されていた。父上も母上もカシスを可愛がっていたし、俺と二人で将来この国を支えるようにと言われていたぐらいだ。もちろん俺も、カシスとならこの国を支えていけると本気で思っていた」


 カシスは人の心を掴むのが上手い。

 王妃陛下だけでなく、国王陛下もカシスの裏を見抜けていないようだ。


「そんなカシスの裏の顔を知れたのは、良くも悪くもメアリー嬢……君のおかげだよ」

「私、ですか?」

「きっかけは俺の婚約者候補が挙げられた時だった。条件は伯爵位以上で、それなりに富と力のある家門が選ばれた。それだけでもかなりの数がいたが、そこに君も入っていたんだ」


 そんなの初耳だ。

 まさか私が殿下の婚約者候補に挙がっていただなんて。


「君たちの家同士、仲がいいのは知っていたが、君とカシスはほとんど関わりがないと噂で聞いていた。実際、カシスの口から君の名前が出たことはなかった。だから俺は、君に何か問題でもあるのかと気になってカシスに聞いたんだ。『メアリー嬢が俺の婚約者候補として挙げられているが、どんな令嬢なのか知っているか?』って」


 あの頃はカシスとの関係が外部に漏れないよう、私からお願いしていたのだ。


「その時は『少し体の弱い令嬢だ』と教えてくれたが、それ以上は何もなかった。俺も体が弱かったら婚約者には不向きだろうなと思っていたある日……俺は突然原因不明の病で倒れた」


 その言葉を聞いて嫌な予感がする。


「どれだけ腕のいい医者も原因が突き止められず、俺の体は弱っていく一方だった。あの時は本当に辛かったよ。水すらまともに飲めず、息苦しい日々が続いた。そんな俺の元にカシスが見舞いにきてくれたんだ。原因不明で移る恐れもあったのに、俺の心配をして来てくれたのかと一瞬喜んでしまったな」


 これ以上殿下が話さなくても、ある程度察してしまう。

 カシスは目的のためなら手段を選ばない。そういう人間であることを、私は誰よりも知っている。


「そんな俺にカシスは言ったよ。『助かりたいか?』って。いつもと様子の違うカシスを見て、夢かと思った。その時のあいつは薄らと笑みを浮かべて、俺に全てを話した。『殿下は今、まだこの国で流通していない毒に侵されている。このままゆっくりと殿下の体を蝕んでいき、死に至るだろう。助かるにはこの解毒剤を飲むしかない』と言って、解毒剤の入った瓶を見せてきた」


 その時のことを思い出したのか、殿下は複雑な表情をしていた。


「もちろんすぐには信じられなかったが、俺は早く楽になりたくて、その言葉を信じるしかなかった。解毒剤を欲しがる俺に、カシスはこう言ったよ。助かりたいなら、君を婚約者候補から外せと」


(カシスは……それだけのために、殿下を……命の危機に晒した……)


 これはあってはならないことだ。

 もし公になれば、カシスの命だけでは済まない。


「俺はもちろん受け入れたが……全く、あいつは用意周到な人間だよ。すぐ解毒剤を俺に飲ませるのではなく、後日国中から集めた医師の一人が処方した薬が偶然効いて、治ったことにしやがった」


 カシスは突発的に今回の件を引き起こしたのではなく、準備を徹底してから……絶対にバレないという自信があったのだろう。


「俺はすぐ父上に報告しようとしたよ。だが父上の部屋には、涙ぐむ父上と母上と話しているカシスがいたんだ。そして父上と母上は俺に言うんだ。『カシスはずっとお前の心配をしていて、何度も見舞いに訪れてくれた』って。それからカシスがヴィクシム公爵夫妻に頼み込み、王室と一緒に優秀な医師を国中から探す協力をしてくれたと。その光景を見てゾッとしたさ。誰もがカシスを聖人だと称え、信じきっているんだ」


 殿下の気持ちが痛いほどわかる。

 私も誰かにカシスのことを相談しようとしたが、誰もがカシスの外面を信じ切っていて、無理だと悟ったのだ。


「俺も騙されていた一人だったが……その状況は極めて危険だと思った。だから俺は真っ先にヴィクシム公爵家について調べたよ。もしかしたら、公爵家自体が謀反を企てているのではないかって」


 そう言って、殿下はふっと小さな笑みをもらす。


「結果は真っ白だったよ。ヴィクシム公爵家は王室に忠誠を誓い、国のために尽くしてくれている。カシスだけが異常だった。異常なほど君に執着していて、そのためなら王族の俺を殺そうとする。あまりにも人の命を軽視しすぎている」


 表面上のカシスしか知らない人たちには、きっと殿下の言葉が信じられないだろう。

 だが、私には殿下の言葉が理解できる。


(カシスは……楽しさや面白さを得られるなら、家族が死んでも構わない。家族の命すら駒のように扱う、実は誰よりも冷酷無慈悲な人だ)


 最近のカシスからそのような一面が見られないため、その事実をすっかり忘れていた。



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