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10.仮面舞踏会③

「か、カシス? なんで……」

「また赤くなってますよ。先程の行為を見て、興奮されましたか?」

「なっ……そんなこと」


 カシスは私をドアに押し付けるようにくっつき、密着状態になる。

 あまりに近すぎて振り返ることすらできず、カシスの顔が見れない。


(ち、近い……! 背中にカシスの重みが感じて……)


 カシスの吐息が耳にかかり、くすぐったくてピクッと体が反応する。

 男女の蜜事を目の当たりにし、いつもより男であるカシスを意識してしまっている自分がいた。


「カシス、早く中に入ろう……?」


 大丈夫。カシスは少し私をからかっているだけで、すぐお願いを聞いてくれる。

 そう信じて口を開いたが、カシスは離れてくれない。


「こんな舞踏会に参加して、人前でされることを期待していたのでしょう?」

「ち、違っ……私は……ひゃっ⁉︎」


 突然首筋にキスを落とされ、声がもれてしまう。


「か、カシス……やっ」


 一度や二度で終わらず、それは繰り返される。

 いつもより強引で、刺激の強い行為にドキドキしてしまう。


(カシスがカシスじゃないみたい……! ど、どうしたらやめてくれるの⁉︎)


 一刻も早く部屋に入らないと誰かに見られるかもしれない。


「このドレスも、随分露出度が高いようですが……男を誘惑するおつもりでしたか?」

「……っ」


 いつもより背中の開いたドレスを着ていたせいで、カシスに指でなぞられる。

 羞恥心に苛まれ、泣きそうになった。


「カシス、お願い……これ以上は」

「先程からその男の名前を呼ばれていらっしゃいますが、恋人か何かですか?」

「……へ」


 張本人が何を言っているのだと思ったが、カシスは知らないフリをしている。


「そのようなお相手がいるのに、この場にいるとは……貴女に裏切られて、さぞお相手も悲しいことでしょう」

「ご、ごめんなさい……! それは、本当に申し訳ないと思ってて……」

「どうして俺に謝るのです?」

「もう二度とこんなことしないって約束するから……!」

「約束? 嘘吐きな貴女の言葉を信じろと?」


 ごもっともな意見に何も言い返せない。


(ど、どうしよう……本当に、どうしたら……)


 絶体絶命の危機を前に、逃れる方法を何も思い付かないでいると──


「人目のつく場所で堂々と浮気とは、婚約者に悪いと思わないのか? メアリー・ジョゼット伯爵令嬢」

「え……」


 近くで誰かが私の名前を呼び、カシスも予想外だったのか手を止める。

 助かった……と安心しつつ声のした方に視線を向けると、そこには仮面をつけた男性の姿があった。

 しかしその正体が、髪色を見てすぐにわかる。


(あの黒い髪は……間違いない。ブラッド・ジェランダ公爵令息だ)


 この世界で珍しい黒髪は、小説の悪役であるジェランダ公爵家の象徴だった。

 カシスの銀髪も珍しく、ヴィクシム公爵家を象徴しているため、正体バレしないように髪色を変えているわけだが……ブラッド様は隠す気がないようだ。


(けれど、どうして私の正体を知って……?)


 私の髪色は珍しいわけでもなく、仮面をしている限りどこの令嬢か判断できないはずだ。


「どうして知っているのか驚いているようだな。理由は簡単だ、お前の動向を探っていたからだ」

「え……」


 私はブラッド様につけられていた?


「実は前にお前を攫おうとしたが、依頼した相手がしくじったようで失敗に終わってな。どうしようかと思っていたが……お前がこの舞踏会に参加してくれたおかげで攫う手間が省けた」

「やはり、あの時の仕業は……ジェランダ公爵家だったのですね」

「なんだ、攫われそうにはなったのか? それなりの実力者に依頼したつもりだが、どうやって逃げられた? そいつとも連絡が取れなくなったし困ってたんだ」


(言えない……カシスが助けてくれたなんて!)


 とりあえず今は相手の狙いを探ることにした。


「いったい何が狙いですか?」

「それを知ったところでお前は助からないぞ? 今から人質になってもらうからな」

「お断りします」

「断る権利があるとでも? お前が仮面舞踏会に参加していたこと、世間にバラしてもいいんだな?」


 それはまさに私が狙っていたことである。

 つい『構いません』と言いそうになったが、ブラッド様が言葉を続けた。


「もしその事実が広まれば、品行方正なヴィクシム公爵家の相手に相応しくないと婚約破棄になるだろう。ヴィクシム公爵家は結婚を条件にジョゼット伯爵家の借金を肩代わりしたらしいが、返済を求められても拒否権はない。伯爵家は立て直しの最中だったというのに、お前の不祥事に影響を受け、今度こそ没落が免れないかもしれないな」

「……っ」


 ブラッド様の話を聞いて、ドクンと心臓が大きな音を立てる。

 私は……私は、自分がどれほど大きな過ちをしたのか。事の重大さをようやく理解した。


 最初は家に迷惑をかけないためにも、個人的にカシスに嫌われようと思っていた。

 それなのに、いつしか自分のことばかり考えてしまい、今回の行動に出て……私は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。


「わかったら大人しく人質になれ。そうすれば、お前の家は助かるだろうな」


 私の家は……ということはつまり、他の家が被害を受けるということだ。

 それはヴィクシム公爵家しか考えられない。


「お前の婚約者は随分とお前に執心らしいからな、まさかあいつの弱味を掴める日が来るとは。お前を人質にしてもしなくても、あいつを傷つけられると思うと気分が良い」

「私、は……」

「残念ですが彼女は渡しませんよ」


 何が最善か考えていると、カシスが私たちの間に入ってくれる。


「話を聞いていたのか? こいつはあのカシス・ヴィクシムの婚約者だぞ。この事実が公になれば、お前も被害を受けるかもしれない。早いうちに退散したらどうだ?」

「引くつもりはありません。どうぞ彼女が仮面舞踏会に参加していたと公にしてくだい」

「……何?」

「まあすぐに根も歯もない噂だと判明するでしょう。彼女に執心の婚約者が、『その日は彼女と一緒に過ごしていた』ことを証明してくれるので」


 数秒間の沈黙が流れた後、突然ブラッド様が笑い始めた。


「この声……ははっ、そういうことか。どうやら二人は性に奔放らしい」


 カシスが庇ってくれたことでブラッド様は大人しく引き下がってくれ、この場は無事に収まった。


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