9.仮面舞踏会②
「あの、カシ……」
「慣れていらっしゃるのであれば、相手が俺でも問題ありませんね」
「ち、ちが……その、これは」
「どうされましたか? 行かないのですか?」
「え……」
てっきり連れて帰られると思っていたため、中に入ろうとするカシスに驚く。
(もしかして、私に呆れてどうでもよくなったとか……? カシスも耳飾りをつけていないってことは、もう私と一緒にならないっていう意思表示なのかもしれない)
さすがのカシスもこんな舞踏会に参加する私に引いたのだろうか。
だとしたら遂に作戦成功したのかもしれない。
「足元にお気をつけください」
私をエスコートしてくれるカシスは、なぜか今も紳士的な姿をとり繕っている。
それに敬語で話されると、まるで別人と接している感覚になった。
会場は地下にあるようで、カシスと共に階段を下りる。
カシスの感情が読めないまま、遂に会場の中へと入ろうとしたが──
「……え」
私は仮面舞踏会というものを甘く考えていたのかもしれない。
会場内の様子を見た瞬間、思わず足が立ち止まる。
薄暗い会場にはすでに多くの人の姿があったが、明らかに変な空気が流れていた。
仮面をつけた男女がキスを交わしていたり、半裸状態であったり……そのほとんどがすでにお楽しみ中だった。
(これは仮面舞踏会というより、乱交パーティーでは⁉︎)
想像以上の状況に、私は怖くなって引き返そうとしたが……私の腰にカシスの手が添えられ、それを阻まれる。
「どうされたのですか?」
「……っ」
「慣れていらっしゃるのでしょう? いつもはどのように相手をお探しで?」
カシスは私を会場の中へと連れていく。
その目的がようやくわかった。
(これは痛い目を見ろってことかもしれない……相当怒っているんだ)
きっと私への罰なのだ。
カシスに嫌われることには成功したが、代わりにとても大切なものが失われてしまう気がした。
ここは早々に退散しようと思い、急いで仮面を落とすフリをして外そうとしたが……それすらも読んでいたのか、カシスに止められる。
「仮面を落としては、貴女の一生に傷がつきますよ。素性を明かさないからこそ、みなさん楽しめるのですから」
これは詰んでしまった。
きっとカシスはそのつもりで私をここに連れてきたのだろう。
「あの、か、カシ……」
「おや、お二人は今来られたのですか?」
その時、私たちの元に一人の男性がやって来た。
手にはグラスを持っており、私に差し出される。
「ここは三人で楽しむとしませんか?」
反射的にグラスを受け取ろうとしたが、その言葉を聞いて手が止まる。
(これって……誘われてるんだよね⁉︎)
咄嗟にカシスの一歩後ろに下がり、袖を強く掴む。
「彼女は恥ずかしがり屋のようですね。大丈夫ですよ、緊張ならすぐ解れますから」
すぐには諦めてくれず、グイグイと来られる。
カシスから離れないようにしがみついていると、カシスは小さな笑みをもらした。
「残念ですが、彼女の相手は俺だけと決まっているようです」
どう切り抜けるか焦っていると、カシスが私を助けてくれる。
「そうでしたか。先日手に入れた媚薬の効果を確かめたかったのですが……他の女性を見つけることにします」
相手の男はグラスを傾けて微笑み、その場を後にした。
(び、媚薬⁉︎)
驚きのあまり反応に遅れてしまったが、普通にあのグラスを受け取って飲もうとしていた。
危うく媚薬の効果で恐ろしいことになっていたかもしれないと思うとゾッとした。
「どうやら貴女は俺を選んでくれたようですね」
「……え」
「こうして俺にしがみついているではありませんか」
いったいカシスが何をしたいのか。狙いがわからず困惑する。
痛い目に合わせるつもりなら、先程の男性に私を差し出せば良かったはずなのに……カシスは助けてくれた。
思い切って尋ねようとした時、近くで女性の喘ぎ声が聞こえてきた。
思わずそちらを向くと、それはもう見ている私が恥ずかしくなる行為の途中で、顔が熱くなる。
すぐさま視線を外したが、周りはどこもかしこも刺激の強い場面ばかりで、おとなしく俯いた。
「おかしいですね。慣れていらっしゃるはずでは?」
カシスに顎を持ち上げられ、じっと見つめられる。
「顔が赤くなっていますよ。やはり貴女は嘘吐きのようだ」
クスッと笑われ、余計に恥ずかしくなる。
カシスの視線から逃れるように、ギュッと目を閉じた。
「そんな嘘吐きな貴女すらも愛おしい」
そう言って、頬に口づけされる。
(この流れ……もしかして今からカシスに色々されるってこと⁉︎)
まだカシスとまともにキスすらしたことないのに。
それにこんな人前で……絶対に嫌だ。
「待って……さすがに、ここでは……」
「ここでなければいいのですか? この会場には客室があるそうですが、そちらに行きましょうか」
カシスと二人きりになれるのであれば何でもいい。
何度も頷いてカシスの提案を受け入れる。
(きっとカシスに怒られるよね……説教は甘んじて受け入れよう)
ようやくメインホールから離れることができ、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし安心していたのも束の間。
「もうっ、まるで……あっ、獣のようですわね」
「君も興奮してるじゃないか」
客室が並ぶ廊下で、男女が絶賛行為中だった。
(いや、あと少しで客室なんだから中に入ってからやってよ⁉︎)
思わず突っ込みそうになったが、寸前のところで耐え、回れ右する。
幸いにも客室は他の階にもあり、中に入ろうとしたが、なぜかドアが開かなかった。
「あれ……」
顔をあげると、後ろからカシスの手が伸び、ドアに置かれていて開けることを阻まれていた。




