6.監禁未遂②
「……ん」
ゆっくりと目を開ける。
頭がぼうっとして、うまく働かない。
(ここは、どこだろう?)
徐々に視界がクリアになっていき、私はなぜか見知らぬ部屋のベッドで横になっていた。
木の匂いが漂う部屋は少し薄暗い。
「……え」
状況を把握できないまま起き上がろうとしたが、うまく体が動かない。
(どうして……)
ようやく私は、両手足がそれぞれ縛られている状態だと気づく。
そしてこの部屋に来る前の記憶を思い出した。
(そうだ、私……誰かに背後から襲われて)
もしかして何者かに攫われたのだろうか。
真っ先に考えたのは、小説の展開と類似点がないか、ということだ。
小説でもヒロインポジションのメアリーは、敵に攫われる場面がある。その敵とはカシスたちの叔父であり、ジェランダ公爵家のことだ。
しかし叔父は既に断罪されている。考えられるとしたらジェランダ公爵家だろうか。
だが本格的にジェランダ公爵家と衝突するのは、フリップ様が成人になってからのはず。
やはりもう小説の展開はあてにならないのかもしれない。
(相手の狙いは……カシス? カシスが生きているから、標的がフリップ様からカシスに変わったのかもしれない)
結論から言えば、ジェランダ公爵家の当主は謀反を企てていた。
しかし王家と深い繋がりのあるヴィクシム公爵家を疎ましく思い、叔父を使って乗っ取ろうとしていたのだ。
(そうだ……叔父は断罪されたけれど、ジェランダ公爵家については何も解決していない)
フリップ様の家族を助けられたことや、カシスのことで頭がいっぱいになり、すっかり忘れていた。
すでに小説と違う展開になってはいるが、ジェランダ公爵家が謀反を企んでいることは変わらない。
(どうにかして逃げ出せないかな……)
手がかりを探すが、部屋を見渡す限り窓はないし、物一つ置かれていない。あるのはこのベッドだけだ。
手足が縛られているせいで動けず、脱出は不可能である。
もしジェランダ公爵家の人間に攫われたのだとしたら……これから何をされるのだろう。
時間の経過と共に恐怖心が増していく。
「……カシス」
恐怖の中で頭に浮かんだのはカシスの姿だった。
あれほど避けておいて、助けを求めるなんて都合が良すぎる。
わかっているが、どうしても願ってしまう。
その時、部屋の外から足音が聞こえてきた。
「……っ」
誰かがこの部屋に来る。
そう考えると、尋常じゃないほど鼓動が速まり、手先が震え始めた。
ゆっくりとドアが開かれ、現れたのは──
「……へ」
見慣れた銀色の髪を靡かせたカシスだった。
(夢、だろうか……)
カシスに助けを求めたあまり、幻覚でも見ているのだろうかと。
そんなカシスは私に視線を向けるなり、目を見開いた。
「もう、起きていたんだ……効果の短い薬だったのか」
(……うん?)
今のカシスの言葉はしっかりと私の耳に届いた。
私が捕まっていることに対してではなく、私が起きていることに驚いている様子だった。
もしかして……と嫌な予感がする。
窓のない部屋にはベッド一つだけ。
両手足を縛られ、不自由な体。
それはまるで……そう、恐れていた監禁とやらが始まってしまったのかと。
何度も瞬きをして夢かどうか確認したが、カシスの姿は変わらない。
むしろ不可解な動きをする私を見ておかしそうに笑っていた。
「メアリー、何してるの?」
「えっと……あの、ここはどこなの……?」
とりあえずカシスを刺激しないように尋ねる。
今ならまだ間に合うかもしれないという希望を抱きながら。
「ああ、ここは安全な場所だから安心して?」
(安心できるわけない……! カシスの言う安全って、外部と接触ができない意味合いも含まれているよね……?)
どうして私は、カシスにそのような予兆はないと信じきっていたのだろう。
用意周到なカシスは、私にバレないよう水面下で準備を進めるのくらい容易いのに。
本当にどうしよう……今のカシスに、私の声は届くだろうか。
「……何か、勘違いしているようだけれど」
カシスはベッドの脇に立ち、私の髪に触れる。
「君を襲ったのは俺じゃないよ?」
「……え」
「その様子だと俺を疑っていたんだね。ひどいなあ」
「ど、どういうこと……?」
カシスはベッドに腰を下ろす。
一瞬ビクッとしたが、私を愛おしそうに見つめるだけで、特に何かされるわけではなかった。
「君はひと気のない道で何者かに眠らされ、どこかへ連れて行かれようとしていたんだ。誰の仕業か心当たりはない?」
考えられるとしたらジェランダ公爵家の人間、だが……根拠はない。
カシスたちの叔父を悪だと言い切ったのと同じで、『小説の展開がそうだったから』である。
ここで変に答えれば、きっとカシスにまた怪しまれてしまう。
「君を襲った人間は、捕まるなりすぐ自害したよ。いつでも死ねるよう、毒を仕込んでいたらしい。だから何も情報を得られなかったんだ」
それなら尚更ジェランダ公爵家を疑えない。
変に答えなくて正解だったと安心する。
(じゃあ本当にカシスは私を助けてくれたんだ……)
ようやく緊張の糸が途切れ、カシスにもたれかかった。
そんな私を受け入れるように、カシスはそっと抱きしめてくれる。
「カシスが助けてくれてよかった……」
もしカシスの助けがなかったらと思うと、ゾッとした。
小説でのヒロインの危機は一つの盛り上がりとして描かれていたが、いざ自分の身に起きると怖くてたまらない。
「……あっ、ライラは⁉︎ カシス、私の侍女は知らない⁉︎ 私が襲われる前にライラの姿が消えて……」
「メアリー、安心して。君の侍女も保護しているよ」
「良かっ……た」
やはりライラも攫われていたようだ。
自分のせいで巻き込んでしまい申し訳ない。
きっとライラも怖い思いをしただろう。
「君は俺の仕業だと思った?」
カシスにそう尋ねられ、ギクッとする。
両手足を縛られた状態で部屋に閉じ込められていたら、勘違いしてしまうに決まっている。
それに今も縛られたままで……。
(……待って)
カシスの仕業じゃないと思い安心しきっていたが、ここにきて違和感が募る。
眠らされて連れていかれようとした時にカシスが助けてくれたのなら、なぜ私はこのような窓のない部屋にいるのか。未だに縛られたままなのか。
カシスはなぜ部屋に入ってくる時、『効果の短い薬だったのか』なんて言ったのか。
心臓がドクンと嫌な音を立てる。
一度考えてしまうと、再びカシスに対する不信感が芽生えた。




