80 人を見る、人を祈る
「すみません!」
ワンドは通路の中で頭を下げて翔に謝っていた。
「私ったら、本当に……」
「あ、いえいえ良いんですよ。俺もちょっと気になってましたし、ラプタもああは言ってますけどワンドさんのやってることを悪く言ってるわけじゃないと思うんで」
「ええ、まあわかってるんです。理解されてない職業だったのはずっとむかしまでで、今はそんなことはないって。でも、やっぱり治せない人を頑張って治すお医者さんとは違いますから」
「どう、違うんですか?」
翔は未だに少し意味がわからずにいた。
ここは、多分治る見込みがない患者たちの最後の居所なのだろう。そして、図書館と併設されているのは、すぐにその名前を死者の書に記すことができるからだ、と翔は理解する。
ならば、ここにそんな患者たちを運んでくる要員だけで働き手は事足りるはずである。
ワンドのような職員が存在する意味が、翔にはあまりイメージが出来なかった。
「あ、そうか! あれ? 私のやることって伝えそびれてましたっけ」
「ええ、まあそうですね……司書さんだとばっかり思ってたので」
「あはは、まあそうですね。ここってさっきの男の方がおっしゃられたように、もうすぐ亡くなる方のための施設なんです。うん、そうなんです」
翔はそんな施設が図書館の横にあることにすこしだけ驚いた。
だが、自分の常識だけで当てはめられるほどこの世界が日本と似通っているわけでもない。そうなれば自らの思う非常識もまた常識になりうるのかも知れないと翔は思った。
「で、私とか、あとは私と同じ色の制服を着ている職員は厳密には司書ではなく、こっちの職員なんですよ。って言っても、あんまりお仕事とかがない日は図書館の方を手伝ってたりするんですけどね」
ワンドはそう笑って言いながら、通路を奥まで進んでいく。
「カケルさんの故郷では、亡くなられるまでの方をどうするか決まっているんでしょうか?」
「亡くなるまで……詳しくは知らないんですけど、まあ薬で痛みを抑えたり、なるべく苦しまないように……とかですかね」
「ええ、まあそうだと思います。どこの地域でも、それだけの技術があればそうするのが妥当です。ただ、そうですね……ではカケルさんは、そうできなかった人たちをどう思いますか? 山中で遭難して、あるいは不慮の事故で、あるいは様々な要因で、苦しんで亡くなられていった方々を」
「どうって、不運だったなぁ……とかですか?」
翔自身、そんなことを深く考えたことはなかった。
「そうですね。私もそう思います。ただ、本人たちにとってはそれ以上のことだと思ってるんです」
「それ以上?」
「人は、死ぬ時の感情のまま死んでいくんです。苦しみながら意識が無くなれば、その苦しみは永遠にその人の感情として固定される。逆に幸せであれば、幸せのままで固定されて死後もその環状は固定され続ける」
一瞬、宗教に巻き込まれたかと翔は思った。
「あはは。危ない宗教だって思いました? まあ私も信じてないですよ。死んだらそれまで……かなぁって。その後どうなるかはわかんないですけど、そんな意識まで残ることあるかなぁ? って」
「でも、ワンドさんはこの仕事をしてるんですよね?」
「あはは。そう言われちゃうとそうですね。まあ、半分祈りみたいなものです。あ、ここです」
ワンドの歩みが止まった。並んだ扉の一つの前で。
そこは他の扉と違い、入口に札が貼られている。まるでその中にだけは他と違った何かが入っているかのように。
翔にはそれが何か、はっきりと分かっていた。
「ところで……あの、私が言い出しちゃったことでなんなんですが、翔さんも見学されていきますか?」
「え、でもここに居るのって……」
「ええ、さっき運ばれてきた方です。でもまあ、せっかくですしどうですか?」
「いい……んですか?」
「一応ここから静かにしていただければ、ですけどね」
翔の頭の中では、善と悪が入り混じっていた。
手元にあるスマホの録画機能は、昔の癖で片手に起動している。テレビマン時代の癖だ。
が、使うかどうかは翔の中では五分五分だった。そもそも、自分がここに居ても良いのかわからない。そのうえで、死にかけの人を撮影すること自体が倫理的にどうなのかという問いが翔の中に発生していたからだ。
「ええ、まあ……そうですね。ただ、ご迷惑にならないように、でしたら。さらに言えば亡くなられた方もこれから家族の方を探すわけですので、今後そういったことに対してご迷惑にならないようにということも留意してもらえば大丈夫です」
「あ、そうですね。じゃあ……」
翔はポケットの中のスマホの電源を落として扉の中に入っていった。
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