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81 祈る前に行動しろよ

 翔は最初、野戦病院のような場所をイメージしていた。文明自体もまだ日本と比べると発達しきっていない。住民たちが発達したいと望んでいるかは別として、建築自体が古いものだからと医療施設も古いものだと勘違いを起こしていた。

 だからこそ、扉の向こうにあったその景色に翔は少し驚いていた。


「きれいだ」


 作りこそ土や石でできた床と壁である。だが、その中に置かれている物の清潔さは外のそれと比べ物にならないほどだった。

 布が白く、並べられている薬瓶の中に濁り一つもない。昨日建てたのかと思うほどに清潔なそこは、翔が足を踏み入れることを少しだけ遠慮するような場所だった。


「一応はここも病院って扱いですからね。助かる人であれば、助ける。そのために準備はしてるんですよ。まあ、私が知ってる限りではその方面でここを使ったことは一度もないんですけどね」


 翔とワンドは小声で話す。一番奥のベッドには誰かが眠っていて、その周囲を何人もの獣人が取り囲んでいたからだ。

 そこに先ほど運ばれていた青年が居ることは、翔にも容易に判断ができた。

 部外者を部外者であると青年が判断できるかは微妙なところではあったが、それでも変な行動をする輩に対しては敏感になっている可能性もある。そのため翔は届かないほどの声でワンドと会話を続けていた。

 その時、囲っていたうちの一人の男が額を手で拭きながら振り返った。その顔は馬に近いようで、面長でありながらその大きな瞳と小刻みに動く耳から好青年であることが翔にも感じ取れた。

 その人物はワンドを見ると、翔とワンドの方に駆け寄ってくる。


「ワンド、少し変わってくれ。それとその人は……」

「お客様です。見学希望だとか」

「そうかい。すまんね。急用なもんで茶の一つも出せないが、まあ正しさがなんとやらかを見学していくくらいはしていってくれ。あ、それとワンドが入れたってことで信用はしてるが、あんまり変なことはしないでくれよ」

「わ、かりました……」


 翔の言葉に男は満足げに頷くと、ワンドの方を向いた。


「ワンド、すまんがちょっとだけ手伝っといてくれ。ちょっと俺トイレ行きそびれてたんだよ」

「承知しました。容態は?」

「患者の名前はルーブル。馬車に轢かれ、車輪が腹部を二度横断した模様。症状赤。五覚ともに衰弱。言語野は生き残ってるが、血液に土砂混濁ありのため循環魔法も不可。緩和状態だ。」

「了解です。すみませんカケルさん。私もちょっと手伝ってきます。近くで見たければぜひ」


 そう言うと、ワンドはベッドの方に駆け寄る。翔はその背を早足で追った。

 テレビマン時代にやりたかったのはこういう仕事だったなということを思い出しながら、しかしスマホを取り出すことはしなかった。

 翔は死を軽々しく扱うほどの厚かましさを持っていなかった。だからこそ成功しなかったと、だからこそ自分の望むような番組は作れなかったと少しだけ心に黒いもやがかかる。

 ベッドの上には、担架に乗せられていた狼の獣人の青年が浅い息を繰り返していた。


「ワンドさん、お疲れ様です」


 割り込んだワンドを見て、他の職員が呟く。


「ええ、お疲れさま。容態は聞いているので現在の処置を教えてください」

「血液循環に必要な量の血液が足りていないので、血中に流す回復魔法の濃度を最大限に濃くしています。聞き取りがまだ終わっていないので麻痺系統の魔法は作用させていませんが……内臓系はあまり芳しくないのでそろそろ限界です」

「了解。痛みの訴えは幻覚魔法で一瞬でも長引かせて。ルーブルさん、聞こえますか?」


 ワンドが語りかけると、ルーブルと問いかけられた男はワンドの方にゆっくりと視線を動かした。

 そして、新たに人が来たことを察して暴れ出す。

 魔法によって閉じられているおかげで傷口からは血液が吹きこぼれることはないが、その傷口がさらに広がることは免れない。

 それを止めるために、周囲を囲んでいるワンドを含めた職員が男の腕を抑えた。


「あああああああぁぁぁぁぁっっっっっ!!!! いひはあぁ!!!!」


 喉の奥から飛び出す叫び声と、すでに動きが緩慢になり始めている呂律のせいで、男が何を言っているかは翔にすらわからなかった。

 だが、他の職員が取り押さえ、処置を行っているからこそ、翔はその青年を俯瞰することができた。

 何か、彼は何かを求めている。

 自分ができることは、絶対になにもない。だが、彼が何を求めているかを知ることができるのは今ここに自分だけのはずだ。

 翔はその感覚に襲われて、存在しない全身の毛を逆立てた。


「考えろ……」


 青年の全身を眺めた翔は、そこで一つの仮説に至った。

 仮説は、やけに不明瞭で、それでいてそれが正解でなかった時にただの邪魔にしかならない。

 迷惑をかけるな。

 迷惑をかけるな。

 ならば、迷惑をかけない範囲ならば良いのだろうか。

 翔はそう思いながら、少しだけ体を斜めにして前に出す。その大きな体がじゃまにならないように、少しだけ前に出して、行動した。

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