82 祈りの宛先を聞き出す仕事
ゆっくりと、翔は職員の体の隙間から見える手に自分の手を重ねた。
先ほどからずっと、何かを握りたそうに空を薙ぐ指を絡めるように、しっかりとつなぐ。指と指の間に己の指を差し込むようにして、自らの手が相手にすべて伝わるように。
瞬間、暴れていた青年の息が緩やかになった。
ゆっくりと職員が離れていくが、先ほどまでの暴れ具合から一転して、ルーブルと呼ばれていた青年は大人しくベッドの上で呼吸をしている。
「ルーブルさん、聞こえますか?」
ワンドが問いかけると、ルーブルは首を一度、縦に振った。
「ルーブルさん、お声は出ますか?」
「ぁ……あ、ご、ごえんなさい」
落ち着いて、ルーブルの呂律が少しずつ戻っていく。
近くの職員は魔法を唱え、それをサポートしていた。
「いえいえ」
かすれた声だ。もうあと数時間もすれば燃え尽きてしまうようなろうそくの炎のような声。だが、まだその炎は明るく揺らめいている最中である。
「あ、あぁ……かーちゃん……」
「お母様ですか?」
「今、手ェ繋いでくれてんだろ……」
ルーブルの言葉に全員が翔の手元を見る。そして、そこで全員が翔が青年と手を繋いでいることに気がついた。
ワンドが翔の方を見て口元に指を添える。
声は出さないが、その口は「何も言うな」と語っていた。
「目はお見えになられますか?」
「いや、もう見えねぇ。死ぬんだろ……」
「……今、お母様がお見えになられております。なにか伝えたいことがあれば、今ここで伝えておくことも可能ですが」
職員の一人が指示を出すと、他の一人が駆け出してメモを手に取った。
「かぁちゃん。迷惑ばっかかけて、ごめん」
そこから始まる言葉は、贖罪であり、感謝であり、懇願であり、呪いであり、祝福であり、祈りであり、そして、後悔だった。
己の不注意によって、残した家族にかける迷惑を考える青年の、後悔の慟哭が八割を占めている。
「かあちゃんには伝えてなかったっけ。アブ通りの西に俺、今住んでるんだ。そこにかあちゃんに返すためのさ、昔勝手に持ってっちまったお金が、置いてあるんだ。なあ、母ちゃん。手ぇ、もっと強く握ってくれよ」
時折咳き込みながら、青年は続ける。喉も切れているのだろう。翔の服にも血液が飛び散った。
時折ワンドが、あるいは他の職員が痛みを引き止めるために傷口に魔法をかけているが、青年はそれでもなお痛みを時折訴えるように呻く。
「それがあったら、弟たちももっと幸せに暮らせると思うんだ。迷惑かけちゃったけど、母ちゃん。ごめん」
ゆっくりと、声が小さくなっていく。呼吸は止まっていないが、会話に使いすぎた体力だけでも回復させたいという青年の意思のようだった。
メモを取っていた職員はそのメモを持ったまま外に飛び出していった。
それを見届けた他の職員が魔法を唱えると、ルーブルの体が一瞬だけ痙攣して、また元の呼吸に戻った。
「麻痺の魔法を薄くかけました。これでなんとか体力を回復できれば、もしかすると助かる……かもしれません」
「五覚は?」
「エネルギー消費を抑えるために味、視、嗅の三覚は一旦停止させてあります」
「そう。なら良かった」
ワンドはふう、と息をつく。他の職員たちもまた、おなじように息を整えてその場に座り込んだ。
「カケルさん、ありがとうございました。どうなるかと思いましたけど、機転を利かせていただいて」
「あ、いえ。自分なんかが気が付かなくても、他の誰かがやってたことをちょっとだけ早くやっただけですし……」
翔は自分の手を見る。まだその手は握られたままだ。
「どうでした? カケルさん。これが私達の仕事です。救える確率が極端に低い人を目の前にして、最期の最期まで一緒に居る仕事です。これでも必要ないと?」
「俺は最初っからそんなこと一言も言ってないですよ……」
「あれ!? そうでしたっけ。まあ、でもそれでもですよ!」
恥ずかしそうにワンドは大声を出しながら言う。目の前で振った手も、やけに大ぶりで自分のことを隠そうとしているようだ。
「ん〜、最初は興味すら無かった感じでした。俺の知らない職業の人が、頑張ってるんだなぁって。でも知らないことって知ってみたいし、まあ紹介してくれるなら見てみようかなって」
「おいおいワンドちゃん。こんなヤツ見学につれて来ちゃったの? 久々に観察眼が外れちゃったね」
職員の一人が血で濡れた服を脱ぎながら言う。
「いや、でも、本当にすごかったです。皆さん息ぴったりですし、何よりも……なんというか、助けたいって気持ちはずっと持ってるんだなって」
翔は昔、緩和医療に関するドキュメンタリーの撮影を手伝ったことがあった。そこには末期がんなどを主として、もうすぐ命の火が消える患者の苦しみを取り除くための職員しかいなかったのだ。
それがどうというわけではない。そこの職員もまた、意味を持って存在している。そして、そこと今、翔が立っている場所は全く意図が違う場所であるということも翔はわかっていた。
だが、だからこそ、翔が今立っている場所が葬儀場なんかじゃないこと、そして自分が見たことがあるものでもないこと、ラプタにそれを言われて、ワンドが怒ったこと。そのすべての理由が翔の頭の中で水に溶ける綿あめのように浸透していったのだ。
出来うることならば、全員助けたい。ただ、それが不可能であることは皆が知っている。
ならば、最後の最後まで抗いつつも自分たちができることをするしかない。
その感情がありながら、この施設は動いているのだろう。
「そんな心がひしひしと伝わってきちゃって。だからこんなことしちゃったんですけどね」
翔は己の右手を少し上げた。まだベッドに伏しているルーブルとつながったままの右手だった。
「ハハハ。なんだ、わかってんじゃん青年。それともここで働くために見学に来てたか? まあ、なんでもいいか。じゃ、俺はそろそろ休憩に入るから、ワンドちゃんも適度に休みなよ」
「わかりました。これ読み終わったらまた休ませてもらいます」
ワンドはいつの間にか手に持っていた本を指差す。職員はそれを見て
「またソレ読んでるの? 熱心というかなんというか。まああんまり縋り続けるのも気分が削れちゃうだろうから、あんまり無理しないでね。あと、タバコのやすいお店見つけたらまた報告よろしく〜」
職員はそう言うと、部屋から出ていった。
翔は職員に「ありがとうございました」と礼を言うと、ワンドの持っている本に視線を移した。
「その本は……?」
分厚い装丁の本であり、表面には凹凸で魔法陣のようなものが描かれている。
「これはそうですね……その人を助ける魔法が載ってるかもしれない本です」
「助けるかも知れない……本?」
「ええ。ここで働く職員だったり司書さんだったり、その全員が、ここで働く時に館長さんから一冊、蔵書をいただけるんですよ。そして、その本はいつかその人を助けてくれるんです。もちろん自分から掴みに行くためにちゃんと読んでおくことが必須だって館長から耳にタコができるほど言われるんですけどね」
「で、それが何かわかったんですか?」
「まさか!」
まだ何も手がかりは得られてないんですよ。
ワンドはそう言うと、ページを指先でなぞった。
彼女が十年かけて読んでいるその本は、その指に合わせてざらついた紙を擦る心地よい音を奏でていた。
面白そうだと思ったりしたなら下のボタンから評価、感想、ブクマの一つでもしていただけるとありがたいです。
モチベーションにつながりますので、人助けと思って気軽にどうぞ。
疑問点、矛盾点、誤字脱字に関する報告だけでも構いません。
よろしくお願いいたします。
また、文章のお仕事を募集しています。
真面目な物、構成、推敲、添削、推しの二次創作など、もしよろしければ。
気になった方はTwitter(@sakasasakasama)のDMか、またはこのアカウントにメッセージを送っていただければ幸いです。
いくつか他にも作品を投稿しているので、もしよければ私のプロフィールページからそちらのチェックもよろしくお願いします。




