79 救済ではなく、死を迎え入れる
「な、なになになになに!?」
叫ぶ翔をよそ目にワンドが扉から飛び出してきた職員と話し始めた。
翔は今、何が起こっているのかさっぱりわからないままだった。
「カケルさん、少しこちらに。危ないですので」
「ワンド! 中に職員は!」
「規定数居ます! 私は後で!」
ワンドに誘導されるまま、翔は扉の脇に避けることになった。その目の前を、ワンドと同じような色の制服を着た職員が飛んでいく。その手には担架が担がれていた。屈強な獣人二人が担ぐ担架の中では、重症であろう青い毛色の狼獣人の青年が浅い呼吸を繰り返していた。
それに加え、翔の目に間違いがなければ、青年の腹部からは大量の出血が見られていた。
それはもう、その生命が助からないことを意味しているようにしか見えないほどだ。
「あの人は……」
「事故、でしょうか。私も詳しくは……」
「回復魔法か何かで治癒でもするんですか? ここなら色々と魔導書が揃っていそうですし」
「……」
ワンドは気楽な翔の言葉に対して、少し返答を詰まらせる。
「……多分、あの方はもう難しいと思います」
その事実が、ゆっくりと口から吐き出される。白く、魂の欠片を吐き出すようにワンドは呟いた。
「ここって、病院も兼ねてるんですね。あんな人でも担ぎ込まれるってことは、相当な……」
翔が言葉を選んでいる間に、ワンドは頷いた。
「ええ、まあそんなところです」
図書館と病院がなぜ併設されて、そしてこんな形で運び込まれるのかは翔にはわからなかった。だが、患者が運び込まれている以上、ここは病院なのだろう。
異世界というものの、さらに翔の常識から外れた国では、こういう事が起こるものだと翔は自分を納得させた。
そんな翔の後ろから、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「なんだお前。こんなとこで何してんだ」
「ラプタ! どこかブラつくって言ってたんじゃ……」
「やけに外が騒がしかったもんでな。ところで何事だ?」
「あ、その」
翔は見たことをありのままで説明した。気が動転していた翔には、何かを隠すことはできなかった。
「はぁ〜。ここは図書館であって病院も兼ねてるってことか。あるいは……葬儀場か?」
ラプタの言葉にワンドが目を伏せる。
翔はその瞬間に、後者が真実であることに気がついた。
「病院ってのはあんまり図書館とは併設しないが……それ、死者の書だろ」
「死者の書?」
ラプタはワンドの持つ本を指差して言った。
「死者の書ってのは、まあ言わば墓標みたいなもんだ。墓場ってのはある程度場所が決まってるからな。モンスターにも掘り起こされない、人の邪魔にならない、それでいて全員が『そこにしよう』って決めた場所じゃねぇと成り立たねぇ。そんなところに全員を丁寧に埋葬なんて到底無理な話だろ? だから、名前だけを書いてあとは燃やすんだよ」
お貴族様はまだ土葬だがな、とラプタは付け足した。
「で、まあさっき運ばれてったやつも変な息してやがったし、回復魔法なんか使えそうもなかった。まあ、なんだ。ここはそういうことだろうよ」
最後を濁したのは、ラプタの中の良心がそうさせたからだった。
「……なんですか? あなたも私を人を助けようともしない愚か者だって言いたいんですか」
ラプタの発言に、ワンドは眉間のシワを深めた。
「そ、そこまでは言ってねぇよ嬢ちゃん。それに、俺はそこまでその文化に詳しくないからわからん。ただ、助けられる命ではないって判断を下せるほど、懸命じゃないもんでな」
ラプタは顎をさすりながら運ばれていった扉の向こうを眺める。
「そうですか。じゃあ理解してもらわなくても結構です。カケルさんは、ここのこと知りたいんでしたよね?」
「え、俺そんなこと言った覚えは……」
翔が言い終わるより早く、ワンドは翔の腕を掴んで扉の中に引きずり込んでいった。
遠ざかる翔に対してラプタが
「なんでも良いが、宿に戻らないならムトでも誰でも良いから連絡しろよ」
と叫ぶ。翔はそれに手を振って了解の意を示すしか無かった。
と、同時に、面白いものが見れるという期待が、翔の中に少しだけ増加していっていた。
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