第二十八回 モアール小道
『燈花、ご苦労じゃったのう』
『はい。どうなることやらと思いましたが、痛みが取れたようです。黄色い光が消えると治療が完了みたいですね』
『分からんのう。切り口じゃとはっきり分かるけどな、体の中だしのう』
『そうですね。痛みが取れただけで骨がどうなっているのか分からない。痛くなければ今まで通りに日常生活が出来ますから、それだけでもよかったです』
『そうじゃのう』
光が消えるのが完了の印なのだろうか。分からない。打撲なのかひびなのか、袖をめくり痛いと言った場所を見せてもらうと、鬱血しているのか青紫のような色になっている。
骨だけに効果があったのだろうか。もう一度やると皮膚の色が消えるのだろうか。精霊の言葉だと皮膚の色も元通りになるのだろうか。
学生時代に自宅の二階から慌てて降りたとき、最後の階段を二段を踏み外して転倒したときは足首を捻挫し、時間がなく痛くてもそのまま出かけ、帰ってから靴下を脱いで確認すると、左くるぶしの下が十センチほどの長さで青くなり、とてもびっくりして慌てて湿布を貼った。その色はそういう感じだと思う。
「燈花、ありがとうございます」
スーランは立ち上がって私に近づき、私の肩を両手で軽くつかみ感謝の言葉を述べてくれる。ミズリーとはどういう関係なのだろうか。トーマスとも……。
「トーマス、金三封で燈花と三人で山分けね」
彼女の顔はドアの前に座っているトーマスに向いている。コロリと変わったような口ぶりだが、最大限の評価と受け取ってもいいのですよね。
「はい。よろしいかと思います」
この返事の仕方、どうも気になるのですが、どういう主従関係なのだろうか。
「ミズリー、落ち着いて椅子に座って」
「あっ、はい。すみません」
まだ顔色の悪いミズリーは、嬉しさのあまりかまだ椅子から立ち上がっている。二人で対面同士に椅子に座り、私はスーランの左隣りに座る。
「これから大事な話をするからよく聞いて、ミズリーも理解したとは思うけど、燈花は回復魔法使えるのよ。これは秘密なのね。意味が分かるでしょう?」
「はい」
「その腕はまだ痛いのよ。痛みが取れたことは内緒にして、分かった」
「はい」
「明日から三日間は仕事に来なくていいから、痛みがないことをチェリーにも悟られないようにして、隠し通すのよ、分かった」
「はい」
「四日目に仕事に来る場合もその布は外さないで、分かった」
「はい」
「仕事をしても右手は使わないで、分かった」
「はい」
「私が布を外してもいいと言うまで外さないで、分かった」
「はい」
「チェリーが戻ってくる前に、肝心なことを話せたからよかったわ」
彼女はホッとしたようにため息をついている。彼女の口調は少し命令形だけど、心がこもっていることをミズリーは分かっているのだ。今までの二人の関係からお互いに理解しあっているのだと思う。
「奥様、お疲れ様でした」
トーマスの言葉は確信を得ていると思う。娘が帰ってくるまでに肝心なことを話さなくては、私が隠すようにお願いしても効果は半減するかもしれない。
「先に話すよりも痛みを止めて聞いたほうがね、しっかりと心の中に染みこむし考えられるでしょ。ほんとうによかった」
「はい。ありがとうございます。トーカさん、ほんとうにありがとうございました」
「ミズリー、トーカじゃなくて、彼女の名前は燈花なのよ」
「あっ、ごめんなさい。燈花さんですね。申し訳ありません」
今度から……自分の名前はゆっくりと発音しよう。
「脅かすわけではないけど、隠せなかったら仕事を辞めさせるからね。それくらい真剣に考えて行動してよ。分かった」
「はい。頑張ります」
「燈花、これでいいわよね」
「はい。ありがとうございます。ミズリーさん、痛くなくても急に動かさないでください。腕の中は見えないです。ゆっくりと指を伸ばしたり縮めたりして、指の運動を隠れてしてください。それから、肘を曲げたり伸ばしたりもしてください。それと、腕全体を肩を使って回してしてください。指が終わってから腕です。よろしいですか」
動かす順番なんて分からないけど、何日間か腕自体を使ってないのだから、少しずつ動かさなくてはいけない。偉そうに知ったかぶりでバシッと言ってしまう。
「はい、分かりました。ありがとうございます。奥様……治療費は?」
「治療費なんていらないわよ。ね、燈花」
「はい。治療費はいらないのです。だから、誰にも話さないと約束してください」
「はい、約束します。治療費は……ほんとうによろしいのですね。ありがとうございます」
ちょっと、お辞儀している場合じゃないですよ。右手が動いているんですけど、大丈夫ですかー。
「ミズリー、右手!」
スーランの一言。
「あーー、申し訳ありません。興奮しちゃって、動いちゃいましたーー」
「しまっといて!」
スーランの一言。
「はい!」
★ ★ ★ ★ ★
ちょっとした一騒動の後、娘のチェリーの顔を見ることもなく、馬車に乗り込み店に行く。彼女は書類を届けに行ったが、先客があり書類だけを直接渡してきたと話す。そして馬車は屋敷に向かう。
馬車から降りると目の前は、緑地のような森のような場所。幅が二メートルほどの土が踏み固められたような路がある。道の左右は手入れがされているようだ。公園の側面に花々が植えられているような、そういう雰囲気で色んな花が植えられている。
その奥には、大小様々な太さの樹が存在し、自然発生しているような木々だと思う。人工的だとは考えにくい。緑地園の散歩コースのような場所である。
「馬車は屋敷の前に横着け出来るけど、私はこの道を歩くのが好きなのよ。ここはね、モアール小道いう名前がある。燈花といっしょにここを歩きたいと思って、どう、すてきな場所でしょ」
そう言った彼女は、胸元に下げられていたブローチを取り出し、口元に持っていき吹き始める。笛のような高音の音が三回響き渡る。
「今の音は何ですか」
「私がここを通ることを知らせたのよ」
私は彼女の右側で道を歩き始める。仕事帰りに通る公園の歩道の左右、時期的に燈と出会ったときはほとんど花はなかったが、この景色を見ていると四季折々の花たちを思い出す。
「……誰に知らせたのですか」
「それは秘密」
この森がどれほどの広さか分からないが、誰かに自分の存在を知らせたわけだ。敷地内を警備している人たちだろうか。それとも自分が通るので、周囲を危険がないように配慮させたのだろうか。
「……分かりました。ここはお屋敷の一部なのですか」
「そうよ。この森林自体がね、主人のお爺さまが手に入れたと聞いたわね。イースリッチョンの街に付属されたような立ち位置の場所なのよ。店は街の中にあるので正門を通らないといけない。燈花と出会った街道は王都まで直通だからね」
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




