第二十五回 らんらん棒はミスリル製
三十歳は越えていそうな彼女は、スラックスのようなゆとりのあるズボンをはき、ベージュ色で襟元が大きく広がった丸首のチェニックのような上着の上に、襟の角が丸く前ボタンがなくて、ふんわりと合わせるような黒いジャケットのような上着を羽織っている。
「燈花といいます」
「トーカ、さん?」
「ト・ウ・カです」
ランドールさんは一発で燈花と言えたけど、発音が難しいのだろうか。
「燈花さんね」
「紛らわしくてごめんなさい。燈花だけでいいですから」
「謝らなくてもいいのよ。そうするわね。燈花は街に住んでいるのかしら?」
「……いえ、旅の途中です」
「そう、旅人なのね。それにしては軽装よね」
私の顔だけではなく上半身を全体的に観察しているような雰囲気で、自分でも旅人にしては軽装だと思ったが、街に住んでいるとも言えないし、それ以外に何ていうのよ。考えてもない状況が訪れた。歩いて行けばよかったのかな。
荷物は燈に預けてあるし、背中に背負っているリュックはローブで隠してあったが、今は自分の前面にある。らんらん棒は横にして膝の上に置いてある。
「必要な物があれば街で買えばいいと思い、最低限度の荷物しか持ち歩いてないです」
「なるほど、女性の一人旅もいいわね。若い内に何でも経験した方がいい。私から声をかけたのだから、ここで会ったのも何かの縁ね。今夜は私の屋敷に泊まらない?」
「……ええっと……よろしいのですか。見ず知らずの人間に対して」
『どうするの?』
『いいんじゃないかのう。向こうが先にそう話すからのう』
「いいわよ。客間があるから気にしないで」
「助かります。街に入ったら最初に宿を探そうと思ってました」
「女性が一人で泊まってもいいような宿を紹介してあげるわよ。自分の目で確認してから決めたほうがいいかしらね」
街のことは何も知らないので紹介してもらえれば嬉しいけど、強要するような言葉ではないと思う。危険が少なくロケーションのよい場所あれば、彼女のためにも断るつもりはない。まあ、判断するのは三人で決めればいいことだしね。
「はい。ありがとうございます」
「うちの御者がね、あなたの姿を見て興味を持ったみたいなの。変な意味ではないのよ。彼の名前はトーマス、何というのか……人を見る目があるというのか、そういうのが得意なのよね。人間以外であれば声はかけなかったけど、人間の若い女性だと言うからさ、まあ、彼を信じて馬車を停めさせたのよ」
「あっ、はい、歩き疲れていたので助かりました」
ほとんど疲れてはないけど、さっきの草だらけの細道には参った。左手は添えるようにしていたけど、らんらん棒を振り回したからな。
「女性の一人旅だと……そうね、移動するには馬車を利用した方がいいと思う」
ポンポン……《集落村落》
『村落から移動したと話すかのう』
ポンポン……《馬車ない》
「あっ、はい。馬車のない村落から街を目指しましたから」
「なるほどね。それなら仕方ない。自分で言うのも変だけど……声をかけられてもすぐに乗り込むのは気をつけて……これからわね」
「あっ、はい。分かりました」
さっきもそうだけど、私のこと考えてからの言葉だと思う。ありがたく素直聞きたい。いい人のような気がする。
「ちょっと聞いてもいいかしら? 深く追求するつもりはないけど」
「えっ、何をですか」
「変わっている棒ね。武器なのかしら?」
「これは杖です。山とか森林の中を移動するので、とっても便利なんですよ」
武器か、確かに武器として使えるがそこまで深く考えたことはない。彼女も武器と言える剣とかナイフとか使えるのだろうか。一般人であればそういう言葉が出てこないと思う。
「触らせてもらってもいいの?」
「どうぞ」
「案外重いのね」
彼女にらんらん棒の真ん中あたりを右手で持って渡すと、興味深そうな表情で両手で受け取ったが、意外な重さに驚いたようだ。
「足は歩いて鍛えますけど、腕はこの棒を左右に持ち替えて杖として使います」
こんな言い方をすると歩き疲れるなんて嘘だと言っているみたいじゃないのよ。らんらん棒の説明が難しい。何事にも説明文を考えておかなくては、リュックの突っ込みもありそうだな。
「燈花は……武術の心得はあるのかしら? 一人旅だと自分を守るために必要よね」
「……少しだけ」
「トーマスもそうだけど、私も少しだけね。二人だけで王都に行くのは危険でしょう。その少しがどれらくいなのか知りたいかな、とか思うけど、どう、教えてもらえる?」
『最初にその設定を決めておけばよかったのう。話は燈花に任せたのう』
『まったくう、どうするんですか』
ポンポン……《ミスリル》
「それを話すのですか」
ポンポン……《正に正解》
「教えてくれるの?」
「ええっ? ええっと……何が聞きたいのですか」
しまったー、わらわさんに答えたつもりだったのに、私が咄嗟に右手の指でおでこ触ったのを見ましたよねー。
「あなたの強さよ」
ずばっとそれを言いますか。何を基準に答えればいいのよ。普通だと当たり障りのない事を聞くと思うが、同席させた私のことに興味を持ってくれたのだろうか。
「私は弱っちいですから、喧嘩とかしたことがないです」
「私も喧嘩とかしたことがないわよ。口うるさいだけよ。商売をしているから言い争いはしょっしゅうだけどね」
右側に分けられた前髪がおでこを隠し、パーマをかけたような癖毛なのか、横の髪は軽くウエーブして胸のあたりまで伸びている。その前髪を少し右手で掻き上げ、口元を少しあげにこやかに微笑む。それが嫌みったらしくなく、自分で納得しているような笑みである。
「……その、商人さんなのですか」
「そうよ。主人と商売をやってるのよ。今は王都からの帰り道だったの」
「……王都……私も行ってみたいです」
ランドールさんに聞いた王都の言葉に、私も行ってみたいという憧れがあったので、つい言葉として出てしまう。
「王都は行ったことがないのね。この馬車だと三日で着くのよ。荷物を積んだ馬車とか乗り合い馬車では五日くらいね。宿泊する街もほとんど決まっているから、お節介かもしれないけどそれにしなさい」
「そうですか。乗り合い馬車を利用したほうがいいですね」
「話を戻すけど……あなたの強さを知りたい」
またまた直球で聞いてくるがなぜだろうか? 喧嘩とかしたことがないのに、すぐ逃げますよ、とか言えないよね。
「はい。この杖はミスリルという金属で造られてます」
「えっ、何それ、ほんとうなの?」
彼女は目を見開き、一瞬、腰を浮かせそうになる。
「はい」
「……それだけの重さがあれば……金貨二百枚でも買えない。売る人がいるとも思えないし、どうして手に入れたの?」
「ええっ?」
おったまげて私の腰がワンバウンドしてしまう。頭をぶつけちゃったよ。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。




