11話 ソラモトベルハズ
星空フェスティバルも2週間後と迫ったその日、彼は生放送音楽番組への出演をしていた。屋外に特設ステージを作ってライブを行う企画らしい。すさまじいVIP待遇だ。
わたしはその時間ちょうど仕事もなく、空いていたため、京子と共に、彼の仕事を裏から見ていた。
ライブ閲覧希望者は公募で選ばれたらしく、当選者全員に、デフォルメされた彼の顔がプリントされた、限定Tシャツと、風船が配布されたようである。客席が全員同じTシャツを着ているというのはなかなか迫力のある光景であった。
客席を見渡すと、若者ばかりではなく、子どもから、わたしたちの親くらいの年齢まで幅広い世代の人が来ていることがわかった。女性が多いのが少し気になるところではあるが。
彼はわたしと京子の前で披露した、『アイビー』とアップテンポで盛り上がる『ユメトカ』という曲を演奏した。京子さんは彼の演奏中、相変わらずナイアガラの滝のような顔面になっている。ここまで素直に感情を表に出せるのが少しうらやましくもあった。
「奏君お仕事お疲れ様ですー!! 午後からはファンの皆さんへのCD即売会があるので、それまで控室で休んでいてください-!!」
京子も何かと忙しそうな感じだったので、わたしは邪魔にならないように、外に出ることにした。
控室を出て廊下の窓から外を眺めると、出待ちだろうか、配布されたTシャツを着た彼のファンであろう人々が集まっているのが見えた。
「大変だなあ……」
そう思いながら眺めていると、女の子が風船を手放してしまったのだろうか、空に飛んでいく風船と、泣いている女の子が見えた。
「かわいそうに」
そういえば、最近いろいろあったから全然魔法の練習できてなかったなあ……飛べれば取ってあげられそうだけど……
風船は渡り廊下を渡った先のビルの出っ張った部分に引っかかったようだ。風船に一番近い窓から手を伸ばせば届きそうな気もする距離ではあったが、危ないし彼女もあきらめるだろう、かわいそうだけど。
そう考えていると、京子から電話がかかってきた。
「ナギサちゃん! ごめんなさい! 伝え忘れてたんですけど、明後日一個仕事の依頼が来てまして!! 警察の一日署長なんですけど……」
「えっ?そんな急に来るもんなんですか?」
「ちょっと普通の一日署長とは違って、最近現れた奴らに対する対策であったり注意を呼びかけるためのイベントみたいな感じですね! 被害が急に広がっているらしいので、急遽決まったらしいです!」
「そういうことなら明後日あいてますし大丈夫ですよ! よろしくお願いします-!」
ちょっと急だったので驚いたが、快く引き受けた。そろそろ控室に戻ろうかなーと思っていると、外から悲鳴が聞こえた。奴らが現れたのかと思って外を見たが違ったようだ、さっきの女の子が風船を取ろうと、今にも落ちるかと思うほど、窓から身を乗り出している。
そのとき女の子がバランスを崩し、落下した。いや、手すりに何とかつかまったようだ。しかし宙ぶらりんであり、いつ落下してもおかしくない。4階の高さから落ちたらさすがに無事では済まないであろう。
わたしは走り出していた。息を切らしながら女の子が落ちていないか時々チェックし、何とか渡り廊下を渡り彼女のぶら下がっている窓の近くまでたどり着く。
「はぁ……はぁ……もう大丈夫」
そうして、女の子に手を伸ばそうとした瞬間、女の子も安心してしまったのだろうか、手を手すりから放してしまった。
--落ちる
わたしは窓から身を乗り出し、何とか女の子の手を掴んだ。夢中であったのだろう。わたしが違和感に気がつくまで少し時間が掛かった。
--やばい
女の子ごとわたしも宙に乗り出していた。人だかりの方から悲鳴が聞こえる
頭は真っ白になり、目をつぶってしまう。落ちる……!
しかし待てども待てども地面が近づく気配はない。わたしは静かに閉じていた目を開く。浮いている。地面から1m位のところでわたしの体は完全に宙に浮いていた。
何で浮いているのか自分でも理解はしていなかったが、浮いている。そして、次の瞬間、浮いていた体は再び重力に引っ張られた。
「いったい!!」
1mの高さからわたしは地面へと落下した。まあ、大きな怪我はなかったからよしとしよう。
女の子の母親だろうか、一人の女性が泣きながら走ってくる。
「なぎさ……! なぎさ……! 大丈夫……?」
ん……?わたし……?
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
よく見るとその母親の顔はどこかで見覚えがあった。
騒ぎになったからであろうか、彼や京子も様子を見ていたのだろう。2人がこちらの方に走ってきた。
「ナギサちゃん!! 大丈夫ですか……!! 落ちちゃったかと思いました……!!! うわあああああああん!!」
京子は大泣きしながら駆け寄る。彼も息を切らしている様子がわかった。
そして、京子は泣いていた母親の顔を見て一言
「お姉ちゃん……?」
合点がいった。この女の子がなぎさちゃんだったのだ。なぎさちゃんも彼のファンなのね……
「おねえちゃん…… ありがとう……」
泣きながら、なぎさちゃんがわたしに声をかけてきた。なんて可愛いのだろう。食べてしまいたいくらい、なぎさちゃんはかわいらしかった。
「おけがはなかった……?」
もう、痛いのなんて吹き飛びましたよ。ええ。
「あのね…… なぎさ、奏おにいちゃん好きなんだけど、ナギサおねえちゃんのことも同じくらい好きなんだよ……!」
わたしのハートはこの幼女に打ち抜かれてしまった。
「お姉ちゃん魔法使えるんだよね……?」
わたしの魔法なんて、なぎさちゃんの魔力の前ではゴミくずみたいなものよ……
「なぎさね…… おねえちゃんみたいになって、いろんな人をね助けたいって思ってるの!」
なれますとも!ええ!なぎさちゃんならなれますとも!
「それでね、おねえちゃん、よかったらなぎさにさいんしてほしいの!」
サインくらいいくらでもしますとも!!ええ!しますとも!!
なぎさちゃんは奏君Tシャツにわたしのサインがほしかったらしい。わたしは大丈夫なのかなと彼の方を見ると、にっこりと笑っていた。そしてわたしはあいていたスペースに大きくサインを書いた。
「わーい、ナギサおねえちゃんありがとう! なぎさもおねえちゃんみたいになる!」
なんて幸せなときだったのだろうか。わたしと彼となぎさちゃんを尻目に、京子さん姉妹は未だなお、号泣していた。それはとてもカオスな光景だったという。
「ばいばーい奏おにいちゃん! ナギサおねえちゃん! らいぶいくねー!」
そう言って天使は母親と共に去って行った。
--どうやって飛んだのだろう
夜、わたしはベッドに転がりながら、あのときの感覚を再現しようとする。しかし夢中だったのだろう。全然、しっくりこない。
やっぱり飛ぶのは難しいな……
そう思い、わたしはもう寝ることにした。




