1、伝説が始まる
再開します。
磯の香りがする。干物も作ってあって、僕が傍を通り過ぎるのを村の人は警戒している。
なぜなら、僕が黒猫だから。
もちろん盗み食いなんてしないよ。魂は人間だからね。
でも、美味しそうだ。こちらでは滅多に魚なんて食べれないし。元日本人として魚が好きだ。前世というか地球で、日本で生きてた頃はそんなでもなかったが。
船、いや舟がいくつか並んでいる。この世界には電力や蒸気機関なんてモノはないので、全部手漕ぎプラス帆と言ったものだ。
ちなみに僕はこの世界で船に乗った事はない。猫の姿で泳いだ事もない。オアシスで水浴びをしたことがあるくらいだ。
「現代日本で言うと、クエとかハタって魚みたいだね」
「どっちもよく知らない魚」
僕に暢気に話しかけてきたのが、僕が召喚した少女。長く美しい黒髪に、大きな黒い瞳の少女。名前はヒカリ。年齢は14か15くらいに見える。
ヒカリがする魚の解説に、魚に詳しくない僕は適当にしか返事が出来ない。彼女の前世の手掛かり? 漁師の娘だったとか、料理屋の娘だったとか。まあ、どっちでもいいか。
今夜、舟で出る。
漁師の親子と話をつけた。大金を積んだから話は早かった。何でも母親が病気なんだとか。
もちろん海賊ゴブリン達の島へ運んでくれたらすぐ逃げてと言ってある。
ん~、どう考えても無謀な気がするんだよな、今回の計画は。舟二艘で行って、舟一艘で帰ってもらい、一艘を残して置いておくっていう最初の部分から怖いものがある。
そして、規模がはっきりしない海賊ゴブリン、ネフタン族が相手。プリームス帝国の人にとっては、我等が盟友である深碧の銛・ナパート族も、海賊ゴブリン・ネフタン族も同じ扱いだが。ただ昔耳にした記憶ではナパート族より規模は大きかったはず。数千人は少なく見積もってもいるだろう。
フィート男爵が死んだ事が伝われば、今までの鬱憤を晴らす為にも海賊ゴブリンどもの悪行は激しくなるだろう。帝国にしたって手は打つだろうが――。
「あれ? 思ってたより数がいるわ」
ヒカリが瞼を閉じて、そう呟く。
「どうした? 」
僕の思考でも読んだのか?
「追っ手かも、騎馬隊が来る」
僕も耳に神経を集中する。かなり小さい音だが、確かに纏まった音が聴こえてくる。ただ馬の走る音かどうかはわからない。
「本当に騎馬隊? 」
「競馬のレースの時より馬の数が多いと思う。18頭以上いるね。倍はいるかな? 」
「競馬? 詳しかったの? 」
「凄いブームになった時に通い詰めたね~、『芦毛の怪物』って知ってる? 」
僕は首を振る。競馬は詳しくない。僕が知ってる怪物級の馬と言ったら、騎手を振り落としたり、コーナーをキチンと回らずに走ったりするくせに恐ろしく強かったと言われる『金色の暴君』くらいだ。テレビでなんか特集がやってた。ちなみに競馬場には行った事はない。
ヒカリの本当の年齢ってどれくらいだろう? 競馬場に行った事があるって事は成人してたって事かな?
異世界から召喚、つまり地球、日本から来ているのは間違いないが、姿かたちは変わっている事は普通にある。見た目通りの年齢ではない。何せ、僕自身が三流私大の冴えないオタクから、魔法がチートの化け物に生まれ変わったのだ。
「とりあえず隠れようか、あの漁師の家に入らせてもらおう」
僕はヒカリの後に付いていった。
ほどなく騎馬隊は漁村に到着した。最悪なのは、ただの騎馬隊じゃなかったて事だ。血で染め上げたかのような暗い朱色の鎧を身に纏った騎馬隊、『朱殷の鎧』だったのだ。
いやいや、何故ここに朱殷の鎧が来る? フィート男爵って帝国の重要な人物ってわけでもないだろ? もちろん港町バトゥラで海賊ゴブリンを撃退しまくってたんだから役に立っていたのは間違いないが、男爵程度だしなぁ。
「おかしい? 真っ直ぐこの家に来る」
ヒカリはまた瞼を閉じている。漁師の家はあばら家だ。僕は壁の隙間から覗いていたのだが、彼女は耳で情報把握に努めていた。
「ヒカリ、敵は朱殷の鎧だ」
僕達の隠れている漁師の家の戸が叩かれる。
はっきり言って逃げ場なし。朱殷の鎧達相手にヒカリが無双できるとは思えない。一対一なら勝てる可能性はあるが、部隊でいるんだ。
「捕まえに来たんじゃないんだ。ここに隠れている方に出て来ていただきたい」
狭い室内で戦うのはよくないとの判断をしたのだろう。本当に油断してくれない奴等だ。
「あら、久しぶり。あなたが来てくれたんだ」
ヒカリは戸に近付く。
「何、言ってる? 」
「敵か味方かわからないけど、以前お会いした偽物さんよ」
ヒカリは僕にウインクして戸を開けた。




