【6】
「マリオン! すまん!」
「ノックしろ」
何故誰も彼もマリオンの診療室の扉をノックなしに開けるのだろうか。マリオンが本気で怒らないから悪いのか?
今回、診療室の扉を思いっきり開けたのはリシャールだった。そして、中にもマリオン一人ではなく、ロシェルがいる。
「ああ、ロシェルもいたのか。失礼した」
「構いませんわ。急ぎなのでしょ」
ティーカップを両手で持ったロシェルが寛容に答えた。どうやら、この二人の間ではちゃんと信頼関係が成り立っているらしい。まあ、リシャールは天然だが誠実なので、ロシェルが信用する気持ちもわかる。その割には、ロシェルはカロンを敵視している感じがあるが。妙に意気投合している面も見られるけど。
「マリオン、協力してほしい」
「内容によるけど、風邪は治った?」
「あ、ああ。風邪はよくなった」
マリオンが問い返すと、リシャールは戸惑い気味に答えた。それから協力内容について語りだした。
「ひとり、現場を押さえたい人間がいる」
「……意味が分からないんだけど」
マリオンは組んだ膝の上に頬杖を付き言った。とりあえず座るように言うと、リシャールは定位置であるベッドの上に腰かけた。
「……私の仕事は知っているな」
「もちろん。魔法省の役人」
マリオンが簡潔に答えた。この対象がマリオンだったら、魔法研究所の医師、となる。
「……まあそうだ。それで、一人魔法を不適正使用している貴族がいる」
「がんばって検挙してきなよ」
と、マリオンは投げやり気味にエールを送るが、リシャールは「それができたら苦労していない」と顔をしかめる。
「どうしても証拠がつかめない」
「ああ、それで現場を押さえたいのね」
得心がいってマリオンがうなずいた。
「それで? 患者の情報だったら渡さないわよ」
相手がだれかわからないが、マリオンの元にはかつてのアニエスのように、夫に暴力を受けたなど、周囲に知られたくない事情を抱えた女性が多く訪れる。てっきりその関係かと思ったのだが。
「いや。マリオンには現場を押さえてほしいんだ。探したんだが、武術と魔力の心得があって信頼できる適齢期の女性と言うのが、マリオンくらいしか思いつかなかった」
「わたくしでもよいですわよ」
と、ロシェルが志願するが、リシャールは首を左右に振った。
「いや。ロシェルは顔が知られ過ぎている。その点、マリオンは社交界にあまり知られていないからな……」
しいて言えば、マリオンの妹イレーヌが美少女であると有名であるが、マリオン自身の顔は確かに知られていないだろう。イレーヌとマリオンは姉妹とわかるくらいは似ているが、単体で見たらわからないだろう。
「……ねえリシャール。あなた、私にどんな場面で現場を押さえてほしいの?」
とても嫌な予感がして尋ねると、リシャールはしれっと答えた。
「ディルマン公爵家の仮装舞踏会だ」
「……いやよ。仮装舞踏会ならロシェルを連れて行ってよ」
「わたくしでよければ協力しますわよ」
にっこりとロシェルは微笑んで請け負ったが、リシャールはいい顔をしなかった。彼がロシェルに惚れているからとか、そう言う理由ではなく、やはり、彼女だと正体がばれやすいからだ。絶世の美女と言うのはどうしても目立つ。仮装をしていてもわかるに違いない。
マリオンが都合がよいと言うのもわかる。顔を知られていないがデビュタントを済ませた貴族の娘で、戦闘力もそこそこある。さらに、彼女は魔法研究所の医師。つまり、広義で見れば宮廷の役人なのだ。都合がよいにもほどがある。
「マリオン、頼む!」
リシャールが誠意をもって頼んできたことだ。さしものマリオンも断りきれない。カロンのように私的な頼みなら断れるのだが……。
「仮装舞踏会なら、男装していっていい?」
妥協案である。ドレスだとダンスに誘われることもあるだろう。だが、男装ならそんなこともない。仮装舞踏会と言うことは、遊びも入っているはず。まあ、正体がばれないようにするためかもしれないけど。
「まあっ。いいですわね。それならわたくしをエスコートしていただきたいですわ」
と、ロシェルもノリノリであるが、リシャールが言いにくそうに言った。
「あー、申し訳ないんだが、私ははじめに『武術と魔力の心得があって信頼できる適齢期の女性』と言ったよな」
「……そう言えば」
嫌な予感がした。
「相手は、カロンに敵対心を持っているんだ」
思わず、マリオンはツッコんだ。
「そっちか」
△
検挙したい相手……というのがディルマン公爵子息らしいのだが、その子息がカロンに敵対心を持っている以上、マリオンはカロンと共に舞踏会に行くことになる。リシャールを含めた魔法省魔法使用監察局の職員の一致した意見として、『カロンが好きなものを奪おうとするのではないか』と言う意見が出た。正確には、『好きな女性』である。
カロンは女好きであると知られている。そんな彼が口説き落とした女性を横からかっさらうことで、彼が優越感に浸ろうとするのではないか、ということだ。実際に過去に例があって、カロンが連れていた女性を無理やり口説こうとしたことがあるらしい。単純に好みだった可能性はあるが。ちなみに、その時連れていた女性に、カロンは後日刺されている。
公爵家と言う力のある立場だ。違法行為の証拠をもみ消しているのかもしれない。どちらにしろ、現場を押さえてしまえばいいだけの話だが。
そして、話し合い現場にいなかったがさりげなく巻き込まれているカロンであるが、やつは二つ返事で了承した。
「うん、いいよ。まあ、作戦の一部だとわかっていても、マリオンと一緒にいられるのはうれしいからね」
と、カロンはにっこり。マリオンは思わず半眼になった。ちなみに、今日も今日とてマリオンの診療室である。今日はまた強引に迫られる女の子を救出した代わりに怪我をしたロシェルの治療を行いながらである。そんなことをするから、たまに『お姉様!』とか言われるんだ。まあ、本人嬉しそうだけど……。
「では! 仮装衣装を選ばないといけませんね!」
と、何故かロシェルもノリノリだ。しかし、ぽん、と手をたたいた時に手が痛かったらしい。少し顔をしかめたので、マリオンはロシェルの手を取って治癒魔法を使い始める。
「マリオンは何かしてみたい恰好とかあります?」
「えー。仮装でしょう? 普通に童話とか……いや、今のなしで」
カロンは王子様の恰好が似合うだろうが、そうなると自分がふりふりのドレスを着せられる可能性が出てくる。それは避けたい。たぶん、似合わないし。
「可愛いと思うけど、お姫様」
「そんなキャラじゃないから本気でやめて」
からかうように言うカロンに、マリオンはそう答えた。ロシェルの治療を終えたマリオンは腕と足を組む。
「っていうか、現場取り押さえるんだったら、動きやすい恰好がいいんだけど」
「マリオンが動く必要はないんだぞ?」
「それ、私が近接格闘術の心得があるのをわかって言ってるのよね?」
リシャールのツッコミに突っ込み返すマリオン。リシャールが「そうか」と口元を押さえた。素直でよろしい。
目の前で違法行為が起きたのなら、マリオンが取り押さえるのが一番速い。
「そうですわねぇ。ドレスでもあまりパニエが入っていなければ動きやすいと思いますわ」
と、ロシェルに言われ、マリオンは今自分が着ているスカートをつまむ。魔法研究所の制服に合わせた黒のスカートだ。もちろん、パニエなどはいっていない。スカートがまとわりつき動きにくい感はあるが、邪魔にはならない。羞恥心を捨てれば。
「本当は男装をした方がいいのかもしれませんが、今回の作戦を聞くと、マリオンは女性の恰好をしていた方がよさそうですもの。かわいらしく、かつ動きやすく、ですわね」
自分で言ったのだが、そんなことは可能なのだろうか。しかし、ロシェルは任せろ、とばかりに胸をたたく。
「マリオンこれから時間はあります?」
「残念ながら、午後から診察が一件入っています」
「そうなんですの」
おそらく、ロシェルはマリオンと共に仮装衣装を選ぼうとしたのだろう。だが、残念ながらマリオンの仕事は続く。
「では、わたくしがいくつか見立てておきますわね。カロンともそろいの方がいいでしょうから、そちらも」
「まさかロシェル嬢に衣装を見立ててもらえるとは。光栄だよ」
と、カロンはぶれない。ロシェルは「お任せあれ」と余裕だ。すごい。マリオンもそれなりにおしゃれをすることは好きだが、ここまでではない。どうしても使いやすさが優先となる。
「楽しみにしていらしてね、マリオン」
「うん……」
何となく趣旨がずれているような気がしたが、ツッコめないマリオンであった。
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