【5】
いつもはシャレット伯爵家の王都の別宅から宮殿に通っているマリオンが、王都の本宅に帰るのは久しぶりだった。本当に待ち構えていたイレーヌと手をつないでの帰宅である。庇護欲を誘うような容姿でありながら、なかなかどうして頭のまわる少女である。
「ただいま戻りました~」
「遅かったわね……ああ、マリオンが一緒だったのね」
出迎えた母はイレーヌと一緒にいるマリオンを見てなら大丈夫か、というような表情になった。少し複雑な気持ちを抱えながら、マリオンは「ひさしぶり」とあいさつする。
「本当ね。もう少し早く顔を見せてくれればよかったのに」
「ごめん。ちょっと忙しくて……」
というのはいいわけだ。母は「そうね」とだけ答えた。すぐにイレーヌに向き直る。
「イレーヌ。遅くなるときは連絡くらいしなさい。心配したでしょう」
「ごめんなさい。お姉様が一緒だからいいかなって」
ちなみに、まだ日も暮れていないし言うほど遅いわけでもない。
「まあ、それはそうだけど」
と、母は顔をしかめる。マリオンは苦笑して「次からは連絡しな」と言った。イレーヌは「はーい」と返事をする。何故かイレーヌはマリオンの言うことは割と素直に聞く。
「すぐに夕食よ。二人とも、着替えてきなさい」
「はぁい」
イレーヌが返事をする。マリオンもうなずき、自室に室内用のワンピースがあったかどうか思い出せなくてちょっと戸惑った。どれだけ帰ってきていないんだ、自分。
マリオンは中途半端に背が高いため、オーダーメイドでなければ服が微妙な感じになってしまう。幸い、きられるワンピースがあったのでそれを着て、マリオンは食堂に向かった。
「全員そろうのは久しぶりだな。マリオン、普段はともかく、社交シーズン中くらいはこちらに帰ってきたらどうだ」
と、言ったのはマリオン、イレーヌの父親シャレット伯爵ギヨームだ。ちなみに、母はタチアナという。父は黒髪、母は栗毛なので、姉妹が黒髪なのは父親譲りだ。
「ごめんなさい。でも、社交シーズン中って意外と忙しいのよねぇ」
今年はないが、来年のこの時期には論文を提出しなければならない。医師免許の更新のために、二年に一度論文を書くことになっているのだ。
久々の本宅での食事はおいしかった。自分がやや居心地悪いことをのぞけば。
まあ、めったに帰らないマリオンにも原因があるのだが、それだけではない。
「ねえイレーヌ。あなたにいい縁談があるのだけど、お見合いくらいしてみない?」
「またその話~?」
イレーヌがうんざり気味に母タチアナを見る。イレーヌのスプーンががすっとデザートのジェラートをつきさし、隣にいるマリオンはびくっとした。
「タチアナの言うとおりだぞ、イレーヌ。結婚しろとは言わないが、うちにはお前たち二人だけなんだからな」
そう。ギヨームが言うように、シャレット伯爵家には男児がいない。マリオンとイレーヌの姉妹二人きりだ。だから、どちらかが爵位をついで結婚するか、その結婚相手が爵位を継ぐか。どちらにしろ、二人のうちどちらかが結婚しなければならいという状況なのである。まあ、養子をとると言う手もあるが、せっかく娘がいるのにそれもどうかと言ったところなのだろう。
「じゃあさ。お姉様でもいいじゃない」
「マリオンはしっかりしているからな」
それでは答えになっていない。タチアナがイレーヌを見て「心配なのよ」と言う。
「あなたがいつまでも結婚しないんじゃないかって……」
「結婚だけが幸せじゃないでしょ。ねえ?」
「いや、私に振らないでよ……」
突然イレーヌに話をふられ、マリオンは戸惑い気味に言った。彼女は肩をすくめると、スプーンを置いて立ち上がった。
「ごちそう様。明日も仕事があるから、先に失礼するわ」
「あ、待って。私もっ」
マリオンに続くようにイレーヌも立ち上がる。そこにタチアナが「待って」と声をかける。
「ちょっと待ってちょうだい。マリオン。最近、足が痛いのだけど……」
「足のどこが痛いの?」
医師として聞き返してしまう自分が悲しい。
「親指の付け根あたりかしら。骨が出てきて……」
「まるっきり外反母趾じゃない。靴のヒールを低くして、足にあった靴を履かないと」
「治せないの?」
「対処療法はあるけど。まあ、過去には出てきた骨を削った人もいるみたいだけど……」
「それいいじゃない」
「ダメに決まってるでしょうが。親指の関節、機能しなくなるわよ」
せめて家にいる時くらいは、足の指を広げるサポーターをして足にあった平たい靴を履くべきだ、とマリオンは切り捨てた。
「どうにもならないの……」
「……一応魔法で無理やり元に戻せるけど、痛いよ」
過去の記録によると、十人やれば九人が痛いと言うのだそうだ。
「まあ、対処療法で結構よくなるらしいから、先にそっちを試してみるべきね。お母様、今ヒール何センチ?」
「さあ……八センチくらい?」
「十二センチはあるでしょう。せめて半分にすべき」
母タチアナは小柄なひとだ。イレーヌよりもさらに小さいだろう。マリオンのきつい口調にタチアナは「そうね……」とうなずいた。彼女もそれなりの年であるし、ハイヒールは気を付けるべきだ。
「マリオン。そんなにきついことを言わなくてもいいだろう」
「医師としての見解よ。はっきり言わないと『そんなこと言わなかったじゃない!』っていう患者さんが多いのよね」
特に女性。それに、医者にかかれば何でも治るわけじゃない。たぶん、患者たちもわかっているのだろうが、それでも文句を言われるので、マリオンはバッサリ切ることにしている。
もちろん、他の患者ならもっと柔らかい言葉で言う。だが、マリオンは自分の両親にはこれくらい言わないと伝わらないとわかっている。
「まあ、どうしても痛いようなら、痛み止めくらいなら処方するよ。じゃあ、おやすみなさい」
マリオンは一方的にそう言って食堂を出た。すぐにイレーヌも追ってくる。マリオンはイレーヌを見て苦笑した。
「二人とも、相変わらずね」
「そうね……私も、できれば帰ってきたくないかも」
と、イレーヌはおどけて言った。もちろん、本気ではないだろう。
マリオンが風呂に入っていると、イレーヌが「一緒に寝ましょう」と押しかけてきた。ベッドは広いので問題ないが、何故わざわざ入浴中のマリオンを見物に来るのか。
「お姉様、スタイルいいね。隠れ巨乳ってやつだね」
「イレーヌ。そんな言葉をあんたが知ってるって知ったら、お母様卒倒するよ」
ベッドの上で並んで横たわりながら、マリオンは苦笑して言った。イレーヌはマリオンの隣でぷくっと頬を膨らませる。
「過保護過ぎなのよ。大丈夫か、今何してるって、過干渉!」
「愛が重たいねぇ」
「と思ったら、お姉様には無関心でしょ」
「それはそれで気楽でいいのかもしれないけどね」
と、今ではマリオンも思える。しかし、小さなころはそう割り切ることはできなかった。
どうして自分だけ、どうして妹ばっかり。そればかり考えていた。イレーヌがマリオンを純粋に慕ってくれたので、妹との関係がこじれるようなことはなかったが、両親にかまわれるイレーヌを見て、マリオンは劣等感を覚えたものだ。
マリオンは昔からなんでもそつなくこなすような子だった。対してイレーヌは少しで気が悪かったと言っていい。今もそうだがちょっとどんくさいところがあり、よく転んだ。そんな姉妹だったら、当然、両親も妹の方をかわいがる。そつなくこなすマリオンは、ありたいていに言ってかわいくないからだ。
放っておいてもマリオンは大丈夫。だから、両親は妹ばかりを構った。それがイレーヌはうっとおしくてたまらないらしいが、幼いマリオンは純粋に彼女がうらやましかった。
両親に自分を見てもらいたくて勉強も頑張ったし、十五で大学だって卒業した。しかし、両親は言うのだ。マリオンなんだから、出来て当たり前でしょう?
本当に幼いころ、何でもできてしまうマリオンを見て「すごい、すごい!」と感動していたイレーヌは、自分が教養学校に行くようになってマリオンがどれだけ努力していたかわかったと言う。何も考えずにすごいなんて言ってごめん、と言われたころには、マリオンは大学を卒業していた。
自分を顧みない両親の元を訪ねて、何が面白いのか。王妃にも言われたが、自分が世間を斜めに見ている自覚はある。ひねくれたのは絶対カロンのせいだ。と、責任を押し付けてみる。
だが、こうして開き直れたのもカロンのおかげだ。カロンと、リシャールと、そして教養学校時代に出会ったロシェルの存在も大きいだろう。親には恵まれなかったが、友人には恵まれたと思う。
「お姉様はさ、カロン様のこと好き?」
「どうして?」
仰向けのマリオンは、視線だけ動かしてイレーヌを見た。イレーヌは横向きにマリオンの方を向いている。
「何となく。直感」
「いい直感ね。まあ、私の妹だし、魔法的素養がるのかもね」
魔導師の勘はよく当たると言われる。
「……好きよ。でも、私は親愛と情愛の違いがよくわからないから」
「ごめん。私も意味わかんなかった」
イレーヌが真剣に謝った。マリオンは笑う。
「私もそう。カロンのことを家族として好きなのか、一人の男性として好きなのか、わからない」
好きなものは好きなのだ。一緒にいたいと思うし、何故自分はこんな男が好きなんだろう、と思ったこともある。
しかし結局、その愛情が何なのかを、マリオンは理解していない。過去に親に愛されたことがないから、家族の愛と言うものがわからない。だから、恋心を含む愛と言うのもわからないのだ。
「……まあでも、カロン様と恋人になろうものなら、刺されそうだよね」
「……そうだね」
この辺の思考の近さがやっぱり姉妹だな、と思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
マリオンの両親は、姉には無関心、妹には過干渉です。




