【7】
現場を押さえたい、とだけ言ったリシャールであるが、実際のところはおとり捜査である。マリオンはおとりだ。誰も止めなかったのは、彼女が近接戦闘を会得しており、同時に魔導師であるからに他ならない。普通だったら止める。
仮装舞踏会に行くにあたって着替える必要があるが、その集合場所となったのはマリオンが現在寝起きしている王都のシャレット伯爵家の別邸だった。他の三人は家族と同居しているので、一番都合がよかったのである。まあ、少々使用人が少ないのが難点だが。
「はじめは騎士服でもいいかなぁと思ったのですわ。お二人とも、すらりとしていますし。ですがやっぱり、こちらの方が目立つと思いまして」
と、ロシェルは微笑む。
「どうですか? 大陸の東側に住む騎馬民族の民族衣装をモチーフにしているそうなのですが」
「いや……確かに可愛いし、見た目より動きやすいけど」
マリオンは自分が着ているワンピースを見おろし、それから右腕を上に向けて曲げた。肘から手首にかけて入ったスリットから腕が見えるようになる。そして、足を広げるとやはりスリットがあり、しかしこちらは足がさらされることはなく、スカートのひだが広がる。スリットのところに柔らかいフリルがあしらわれているのだ。どう考えてもこの辺りは、大陸の西側風だ。
ちなみに、色はシルバーでなかなかマリオンに似合っている。首元まで覆われ、上半身はぴったりと体に沿っている。足元はどうしても華奢なパンプスになるが、結構動きやすい。
「髪飾りをカンザシにすれば武器にもなるんじゃない?」
と、カロンがハーフアップにしたマリオンの髪をいじる。マリオンはその手を払いのけながら言った。
「それはちょっと雰囲気違くない?」
「そう? まあ、すぐに用意できるものじゃないしね」
「一応ありますわよ」
と、ロシェルが銀に青の花を飾ったカンザシをふる。マリオンを含めた三人は「あ、あるんだ」となった。
ちなみに、マリオンと対になるカロンは東洋風のゆったりした服を纏っているが、マリオンのドレスと同じく、モチーフにしただけなので、原型がほとんどない。なんと言うか、この国の軍服に近い気がする。色は藍色である。
「……カンザシはいいわ。使える気がしないし」
逆に危ない気もする。マリオンは苦笑して断った。
カロンとマリオンが対なら、今回、ロシェルとリシャールが対である。リシャールは図らずも好きな女性とパートナーとなったわけだ。この二人はどこかの童話からの仮装らしく、ロシェルがお姫様、リシャールが王子様だ。ロシェルのドレスはふんわりしているが、色は淡い青だ。ハイヒールを履いているがリシャールより小さい。リシャールは『王子様』的なところを前面に出すためか、白い騎士服のような格好だ。
「……お似合いね……」
「変なことを言わないでください」
マリオンの言葉に、ロシェルが目を細めて言った。その背後でリシャールがうなだれている。
「……とりあえず、私はディルマン公爵の息子に引っ掛けられればいいのね。名前なんだっけ?」
「シルヴァンだよ」
「シルヴァンね。わかった。……でも、私、どうすればいいかとか、よくわからないわよ?」
マリオンが小首をかしげると、「初々しい感じがいいんじゃない?」とカロン。
「この、ちょっと突っつきたくなる感じが」
「……なるほど。次にあなたが怪我したとき、痛いように治療してあげるわ」
「どっちもサディストで収拾がつかなくなってるぞ……」
リシャールのツッコミが入った。落ち着いたので、そろそろ向かうことにする。
「どうぞ。お嬢様」
馬車の前でカロンがマリオンに向かって手を差し出した。マリオンは思わず睥睨してその手を取ってマリオンは馬車に乗りこんだ。ちなみに、ロシェル、リシャール組とは別の馬車で行く。マリオンはカロンと、ラリュエット侯爵家の馬車でディルマン公爵の屋敷に向かう。いわく。
「マリオンを連れて行くって言ったら、快く送り出してくれたよ」
とのことらしい。何でこう……マリオンはカロンの家族に気に入られているのか。
「ヨアンもまた会いたいって言ってた。今度会ってやってくれる?」
「それは構わないけど」
マリオンはカロンの弟、ヨアンを思い出す。まだ十三歳の彼にはまっすぐに育ってほしいものだ。
ディルマン公爵家に到着すると、カロンは再びマリオンに手を差し出して馬車から降ろした。マリオンは馬車から降りて……少し慄いた。
「や、やっぱりやめとこうかな……」
「ここまで来て何言ってるの。行くよ。大丈夫。可愛いから、不審者だけには注意してね」
「その不審者を引っ掛けに行こうとしてるんだけどね……」
これ、大丈夫だろうか。ここまで来てマリオンは不安になる。しかし、ここまで来たら引くに引けない。
カロンとリシャールが目を見あわせてうなずく。
「ようこそいらっしゃいました」
ディルマン公爵の屋敷の使用人がカロンと、そして少し遅れてきたリシャールにそう言って頭を下げる。マリオンは不安からカロンの手を握る。カロンはとんとん、と彼女の手の甲をたたいた。
一応、数えるほどであるが社交界を経験しているマリオンであるが、久々の華やかな場所は目がくらんだ。宮殿などで行われる夜会では、マリオンは待機医であることが多い。どう振る舞えばいいのかわからない。
美人で女好きであるカロンが連れている女性ということで、マリオンは注目を浴びた。それが良くわかる。ともにいるリシャールとロシェルも同じくらい注目を集めているけど。
こうしていると、自分はこんなに有名な人と友人だと言っていたのか、と思う。
自分がこんな場所にいるのが不安で不安でたまらず、マリオンはカロンを見上げた。カロンがマリオンを見下ろして微笑む。
「大丈夫大丈夫。ホールにいる間は僕から離れないように。うまく相手を引っ掛けられたら、容赦なく攻撃する。いいね?」
「う、うん」
緊張に強張った表情でマリオンはうなずく。一応、カロンは軍務省の作戦指揮官のような立場だ。言うことは信頼できる。……たぶん。まあ、彼もマリオンに無理、と思うことはやらせないだろう。
カロンはカロンで、見かけない女性を連れているので驚愕の視線を集めていたし、ロシェルもロシェルでリシャールと言う男性を同伴していたので、驚愕の視線を集めていた。
「……マリオンじゃないが、私も刺されるかもしれん……」
リシャールが青くなっていった。ちなみに、この四人の中でリシャールは一番戦闘力が低い。一番高いのはカロンだろう。
「ひるむことはありませんわ。そんな事しかできない殿方より、リシャールの方がよほどましですもの」
……なんだか、ロシェルの中でリシャールの評価が上がっている気がした。リシャールがうれしそうな顔を隠すためにうつむく。
まあ、男性の場合は正面からぶつかってくることが多いのでまだましだが、女性の場合は陰湿だ。すでにマリオンに対して嫉妬の視線が向けられている。耐性のないマリオンはそれを避けたいのだが、カロンにすがれば逆効果であるし、ロシェルに引っ付けば当初の目的の趣旨から外れる。結局、カロンの側にいるしかない。リシャールを頼ると言う選択肢ははじめからない。
「とりあえず主催者に宣戦布告……もとい、挨拶をしに行こうか」
カロンが言った。ロシェルが隣のリシャールに向かって「そろそろ顔を上げてはどうです」とツッコミを入れている。いつもならマリオンが「いつまでそうしてるのよ。顔あげなさい」などと言うところだが、今の彼女にそんな余裕はない。
「ああ、これはリシャール殿、カロン殿。お越しいただき光栄だ」
近づいていくと、自分から挨拶してくれたディルマン公爵である。リシャールとカロンがそろって礼をとる。
「お招きいただき光栄です、ディルマン公爵」
「たまにはこう言った遊びも楽しいものですね」
「気にいっていただけたならよかった。お二人とも、よくお似合いですぞ。もちろん、ロシェル嬢も」
「ありがとうございますわ」
ロシェルがスカートをつまんで膝を折る。さすがに優雅だ。
「それで……カロン殿がお連れの、そちらの方は?」
問われることはわかっていたが、実際に問われるとマリオンはびくっとした。カロンがマリオンを紹介する。
「彼女はシャレット伯爵家の長女で、マリオンです。大学の同窓生なんですよ」
「ほう! 才媛と噂の! 妹君の方はよく見かけるが、姉君とお会いするのは初めてだな。ラザール・ディルマンだ。よろしく」
「ええっと。マリオン・ド・シャレットと申します。どうぞお見知りおきを」
マリオンが着ている東洋系のドレスではロシェルが行ったような挨拶ができないため、妥協案として魔法研究所式の挨拶をした。シャレット伯爵家の長女が魔法研究所の医師であることは、貴族界では有名なので問題ないだろう。
緊張が丸わかりの硬い口調での挨拶を聞いて、ディルマン公爵は笑った。
「才媛の上に美人で礼儀正しい。うちの愚息にも見習わせたいものだ」
なあ、とディルマン公爵は先ほどから自分の背後でカロンを睨み付けている息子を振り返った。すでにマリオンは嫌な予感しかしなかった。
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捕り物めいてきました。




