ティルフィーネ・エヴァ・バケンティアの奮闘記 7
アヴェリナと交流を持ってから、ティルフィーネの環境は劇的に変わった。
それまで、無名の公爵令嬢だったティルフィーネだったが、アヴェリナの友人であるバケンティア公爵家の令嬢だという信用ができたからか、単独でお茶会への招待を求められたり、教室でもクラスメイトから話しかけられたりすることも増えた。
友達が0だったティルフィーネである。
花畑になりそうな心を、公爵令嬢としての矜持と理性抑えつけようとしたが、表情には見え隠れしていたらしく、アヴェリナは震えていた。もちろん笑いを堪えていてである。
「そ、そんなに表情に出ていましたか」
「やめてちょうだい、真っ赤になって照れているの可愛いが過ぎますわ」
「口元とお腹を押さえながら震えて仰るのをやめてください!!」
まぁまぁ怒らないでと言いながら、アヴェリナの手からティルフィーネの口もとに爆裂穀を一粒添えられる。
こういう時、アヴェリナは「あーん」と焦がし砂糖がけがされた、ほろ苦いそれを食べさせてごまかそうとしてくる。
最初は恥ずかしいですと抵抗していたが、食べるまで圧をかけてにやにやと笑うので最近は諦めて口に含むようにしている。まったくもって強すぎて、ティルフィーネはアヴェリナに勝てる気がしない。
「美味しいでしょティティ」
「ずるいわ、アヴェリナ様」
「アヴィって呼んでって言ってるのに」
アヴェリナは少しだけ不満そうに口を尖らせた。
表向きはしっかりした公爵令嬢だが、ここしばらく一緒に過ごしていると彼女はだいぶ強引で、面倒で、性格が変わっている令嬢なのだと思い知らされる。
「お嬢様」
「やだ、サラ。ちょっと面白がっただけじゃない」
ため息をつきながら、アヴェリナの専属侍女である橙色の髪をした女性、サラがアヴェリナを視線で窘めると「申し訳ありません」と頭を下げるので、いえいえと思わず声がでてしまう。
「それで、クラウスを諦める算段はついて?」
「……」
ぱくぱくと爆裂穀を食べながらのアヴェリナの言葉に、ティルフィーネは口を一文字にして視線を逸らす。
もちろん、まったく全然、ちっとも算段など付いていない。
それどころか、キュリエがあまりにも良い人で、それに対してクラウスがあまりにもキュリエを溺愛しているのを間近で見せつけられて、砂糖どころか血を吐きそうな思いをほぼ毎日させられている。
ティルフィーネ―が見る限り、キュリエは第一印象通りの裏表が恐ろしいほど無い、純粋無垢で汚れの無い女性だった。
ほわほわとした温厚な性格の持ち主で、どんなに怒りっぽい人でもキュリエが傍にいると彼女と同じようにほわほわとした気持ちになるようで、色々な人が彼女に相談したり、話を聞いてもらったりしているようだ。
王子妃となるべく国内各地の貴族と交流を得ているせいか、それぞれの相談事に的確な提案をしてはうまい落としどころを提案する。
頼られれば悩むことなく手を差し伸べ、それに救われた人がその次に困った人がいるとキュリエから聞いては、その時の恩を返そうとキュリエを手助けするのだ。
巡る善意の中心にいる存在、それがキュリエ・クリステッド辺境伯令嬢。
頭のネジを吹き飛ばしたとして、キュリエをうっかり貶めようものなら、ディシャール中の貴族を敵にするのは分かるはずだ。
同じ公爵令嬢と言えど、伝手も何もないティルフィーネが逆立ちしたって勝てるはずがなかった。
「あの子はクリステッド辺境伯譲りの人たらしだもの。勝てる人間なんて、ディシャール中探したっていやしないわ」
「……そんなに凄い方なのですか? クリステッド辺境伯閣下って」
恐る恐る聞いてみれば、アヴェリナは目を輝かせた。
聞けば、キュリエと同じ色の髪色と瞳を宿した美丈夫で、もう齢50を随分前に越えた方だが、とてもじゃないが13人の子持ちには見えないほど、今なお若々しい方らしい。
若い頃は、幼馴染でもあるアヴェリナの父、ハーヴェント公爵の側近として活躍し、更に当時第二王子だった先王の王弟であり、現在のフェルディナ侯爵とも友情関係を結び、先王からも一目置かれ、現在の王からは兄と慕われるような存在だったという所謂超人だという。
主に先の大戦西南戦争で大活躍したが、その際に行方不明となり、誰もがその死を嘆き悲しむ中復活し、なんやかんやあって南の辺境伯家の生き残りであるキュリエの母と婚姻を果たし、戦争のせいで破綻間近だったフェニシオラ辺境伯領を建て直したという、物語であれば盛りすぎだろうという逸話の持ち主らしい。
「ハインリヒ伯父様は、人付き合いがとってもお上手でしたの! 行方不明の期間、敵国であった南大陸でお暮しになっていたそうなんだけど、その間にたくさんの人と知り合って、その魅力的な性格で敵国である南大陸の人々の信頼を勝ち得たのよ! 辺境伯となってからはその人脈をフルに使ってクリステッド家はもちろん、フェニシオラ領を建て直したんだから!」
もう何度と聞いたアヴェリナの伯父自慢を、ティルフィーネは「へぇ」と聞き流す。
アヴェリナと知り合って少なくない時間だが、彼女がこの伯父様が大好きなことだけはよく分かっているつもりだ。
「そんな伯父様に、あの子は本当にそっくりよ。本人謙遜しているけれどね」
「キュリエ様、あんなに素晴らしい方なのに、いつもどこか自信なさげですよね」
「そうよ、全部あのろくでなしがろくでなしのせいだわ」
「またそんなこと仰る」
キュリエが素晴らしいのは周知の事実であるが、クラウスだって負けず劣らず素晴らしい人だとティルフィーネは思った。
彼女がディシャールに戻って3カ月ほどたつが、その短い時間の中で新しい魔法を3つほど開発し、難問とされる数式の新しい公式を発見し、薬草学の新しい論文を2つほど発表したと聞いている。
頭が良すぎるばかりにティルフィーネにはついていけてないが、両親や次兄が褒めちぎっていたし、キュリエも「素晴らしいことです」と言っていたから、ティルフィーネの贔屓目を抜いても素晴らしいことのはずだ。
「そのうち分かるわよ。あれは本当にろくでなしよ」
にんまり笑うアヴェリナに、ティルフィーネはムっとした。その反応を見て、アヴェリナは大げさなほどに失礼なため息をつく。
「まったく、あの男のどこがいいのかしら。クラウスは本当にキュリエのこと以外どうでもいいのよ」
「それは、分かりますけど」
「分かってないわ、全然分かってないわ。あの男の本性はもっと恐ろしいのよ」
今度はアヴェリナがムッとする。
アヴェリナは本当にクラウスの事が嫌いなようだった。
その昔、おおよそ10年前のこと、アヴェリナはクラウスの婚約者候補だったらしい。
王都での高位貴族だったこともあって、物心ついた時から顔を合わせていたというが、アヴェリナ曰く兎に角相性が悪かった。
クラウスは普通だったらしいが、アヴェリナは本能的に「こいつきらい」と嫌悪したそうだ。
そのため婚約者候補として話が出た際も、癇癪を起して暴れたものだと、懐かしそうに窓の外を眺める様子にティルフィーネは「アヴェリナ様凄いな」とどうでもいい感想を持つ。
その婚約関係のあれこれから逃げて、南のフェニシオラ辺境伯領へやってきたアヴェリナが出会ったのがキュリエだった。
幼い頃からキュリエはキュリエだったようで、アヴェリナは初めて会う従姉妹をすっかり気に入り、楽しいフェニシオラ生活を楽しんだ。
けれど婚約者候補の立場は消えず、王都に戻されることになった際、駄々をこねまくった彼女が言った一言が全てを変えてしまった。
「キュリエと一緒じゃなくちゃ帰らないわ!」
アヴェリナの一言で、キュリエは初めて領地から離れ、王都へ訪れることになった。
適当にクラウスに会ったら、王都のハーヴェント公爵邸に立ち寄って、キュリエとちょっと観光するのもいいかもしれないとお気楽なことを考えていたはずなのに、キュリエはそこでクラウスに見初められてしまったのだ。
「あの日、クラウスに見初められさえしなければ、キュリエはずっと私のものだったはずなのに!」
「お気に入りのキュリエ様を奪われたせいで、お嬢様はクラウス殿下をより一層嫌いになってしまわれまして」と、侍女のサラの補足を聞くと、なるほどと頷くしかなくなる。
根っこはよほど深いらしい。
と、一連の会話の中で何か辻褄があわないようなことを言われた気がしたが、この時のティルフィーネが気が付くことは無かった。




