ティルフィーネ・エヴァ・バケンティアの奮闘記 6
「あはっは、へぇ。あの男がそんな真似をね。それはもう有罪だわ、最低じゃないあの男」
「もう遅い時間になりますし、どうせだから泊まっていきなさいな」というアヴェリナの申し出に、ティルフィーネはわずかに抵抗したものの、アヴェリナの押しに勝てるわけもなく、突然の泊り客に困惑されることもなく、あっという間に夕食までご馳走になり、更にあっという間に湯あみ迄終わらせられて、アヴェリナの私室に敷かれたもふもふのカーペットの上で、冷やされたレモネードを両手で持ちながら、渡された絹の寝衣を身にまとって、拷問のような面持ちで懐かしい初恋の話を強制されていた。
「お泊り会ですわ!!」という甘美な響きに釣られてしまった自分が悪いのは分かっているが、友達0のティルフィーネが断れるわけがなかった。
真っ青な顔で話し続けるティルフィーネを意に介さず、アヴェリナはケタケタと笑いながら、ティルフィーネの話を聞いている。
その様子があまりにもひどくて、爆裂穀という、アヴェリナの家、ハーヴェント公爵家が治める領地の特産物だというそれを、薦められるままに食しながら、ティルフィーネは口を尖らせて反論する。
「そんな言い方なさらないでください。幼くて病弱だった私にとって、あの方はとても優しくて素敵な方だったのです」
「ティティにとってはそうかもしれないけどね、あの男は最低のろくでなしよ。キュリエがいなかったら何もできないんだから。それにしても10年……、10年ね」
ふむふむと、なにか納得するように頷くアヴェリナに、ティルフィーネは少しだけムッとする。いくらなんでも好きな人を馬鹿にされ続けるのは辛いし腹立たしいものだ。
長年慕っていた自分の気持ちを馬鹿にされたような気もしてきて、むかむかと嫌な気持ちが流石に芽生えてくる。
用意されている、大きなクッションにだらしなくもたれかかりながらの姿勢だから、アヴェリナが余計に不誠実に見えたのも、その気持ちに拍車をかけた。
「さすがに言いすぎですわ。クラウス様は今も昔も立派な方です」
「そうね、第二王子として生まれたのに頭脳明晰で、魔法の才にも剣舞の才にも恵まれて、あの若さでありながらいくつか国交も締結してるし、先進的な論文を三カ月に一度は提出。在学中には博士号までとった誰もが羨み、嫉妬する大天才だもの。それは認めてよ」
「なら、そのような言い方は……」
「でもね、私はあの男の本質を知っているから言うわ。あの男はキュリエがいなきゃ何にもできないろくでなしよ、ティティもそのうち気が付くわ。私、嘘は何一つ言ってないもの。私、あの男が嫌いなことと同じくらい、どうでもいい悪意ある嘘は嫌いだから信用してよろしくてよ」
自信満々とでも言いたげに胸を張るアヴェリナに、ティルフィーネはますます困惑した。
現在のディシャール社交界の赤薔薇とも謳われるアヴェリナなのに、今目の前にいる彼女はなんだかとても貴族令嬢らしくなくて、社交に不慣れなティルフィーネにはどうするのが正解かちっともわからない。
家格が上の相手なら、おだてたり、媚びたりするのも手かもしれないが、アヴェリナはティルフィーネと同じ公爵令嬢なのだ。社交に不慣れだからと言って、ティルフィーネがアヴェリナに過度にへりくだったりするのは、家門の立場的にいただけない。
かといって、真っ向から対立するわけにもいかないから悩ましい。
悶々と悩む顔を隠せないティルフィーネに、アヴェリナはにやりと意地悪く見えるように笑った。
「私、貴女のこと気に入ってよ。社交に自信が無いなら、しばらく私と一緒にいたらいいわ、お友達になりましょう」
「お友達……」
お友達、という甘美な響きにティルフィーネは心をときめかせる。
17年という人生において、ティルフィーネの友達と呼べるような存在は幼い頃に恋をしたクラウスだけだった。
忘れられているということが確定した今となっては、彼女の友達は0と言って差し支えない。
いくら、お喋りしただけでお友達認定してしまうティルフィーネでも、公爵令嬢アヴェリナ・ハーヴェントとちょっと話しただけでお友達になれるとは思っていない。
それが……友達?
しかも王都で一番有力なハーヴェント公爵家のアヴェリナと?
「いいのですか!?」
「同い年の公爵令嬢同士なのよ。貴方が療養で隣国に行ってなかったら、普通にお茶をする仲になっていたのだから誤差よ、誤差。それに、私と仲良くすれば……」
「仲良くすれば?」
「もれなくキュリエともお友達になれるわ」
あの心優しいキュリエともお友達に? なんて甘美な響きだろう。
いや、だけれども。
「……ダメです、私まだクラウス様の事を諦めきれないですもの。この感情に折り合いをつけるまでキュリエ様とお友達になりたいだなんて言えませんわ」
ティルフィーネは真面目だった。
純粋でお人好しで、ちょろくて、けれども生来死ぬほど真面目で、ディシャールの社交界から離れていたせいか、心根が純粋で綺麗すぎた。
そんなティルフィーネが友人の婚約者を略奪するなんて大それたことが、できるわけがない。
そんなものをやってのけるのは、相当の馬鹿だと思うし、勿論ティルフィーネは馬鹿じゃない。
けれど……
「もう少し。もう少しだけ抗うことをお許しください」
たとえ、自分が流行りの小説に出てくるような、悪役令嬢と謗られることになったとしても構わない。
諦めるだけの理由をちゃんと、飲み込んで見せるからと、決意をこめてティルフィーネはアヴェリナを見つめた。
「きっちりと、この初恋を終わらせて見せますから。それまでどうか……」
ティルフィーネの懇願に、アヴェリナはまた意地の悪そうな顔をする。
「私はね、愉快な方が大好きですのよ」
と、アヴェリナの深緑に輝く瞳が月のように弧を描いたかと思うと、彼女はやっぱりいたずらっ子のようににやりと笑ってみせた。




