ティルフィーネ・エヴァ・バケンティアの奮闘記 5
眩く輝く、金の髪。
蒼く光る、聡明な瞳。
完全無欠な私の王子様。
幼かった頃よりもずっと背が高く、がっしりとした体つき。紛うことなき美丈夫へと成長されたクラウス殿下を間近で見て、ティルフィーネは一瞬呼吸を止めた。
思い起こされる懐かしい日々。
療養中に咳き込む彼女の背をさすり、王都で流行りの冒険譚を読み聞かせてくれた優しいお兄様。
ティルフィーネにとって、家族以外で優しくしてくれて、楽しい思い出をくれた大切な人。
兄姉達はティルフィーネを愛し、慈しんでくれたが年が離れていたせいか目線はどちらかというと父母と変わらなかった。
長兄なんかはティルフィーネがディシャールを離れる前に結婚していて、ティルフィーネの甥っ子がもうすでに2人もいるので余計だろう。長男(7歳)の方は王家に珍しく生まれた第一王女(現在5歳)との婚約が内定しているとかいないとかの話も出ている。
……なお、余談ではあるがこの段階で、ティルフィーネがクラウスと結ばれるのは無理筋だと理解しても良さそうだが、脳内がお花畑だったティルフィーネは気が付かなかった。致しかたないことである。
とまぁ、話が逸れたが、久方ぶりに会う初恋の君に、ティルフィーネの鼓動は高鳴った。
側近と思われる黒い髪に黒い騎士服の美丈夫がちらりと視界を掠めた気がしたが、ティルフィーネの視界にはクラウスの姿しか映っていない。初恋ってすごい。
「ごきげんようクラウス様」
「キュリエ、会いたかったよ」
ティルフィーネもアヴェリナも視界に入っていないとでもいうような態度で、クラウスはキュリエに近づくとそっと手を取って口づけた。
カッと赤くなるキュリエと、それを見て世界で一番大事なものを見つめるような、蕩けた瞳をするクラウスを見て今度は逆の意味で息が止まりそうになる。
ティルフィーネにはあらゆる意味で致命傷だった。
「クラウス殿下、私達を無視してキュリエを口説くなんていい度胸していますね」
「なんだ、アヴェリナ。私が私の婚約者であるキュリエに愛を示して何が悪い」
「せめてご挨拶してくださらない? ほら、彼女だって驚いておりますのよ」
「……君は」
クラウスの視線がティルフィーネに向けられて、今度はぐっと心臓が掴まれたような気持になった。
慌てて、練習に練習を重ねた淑女の礼をしてみせる。
「ディシャール国が第二王子、クラウス・フォン・ランフォールド殿下に「ご挨拶を申し上げます。私はバケンティア公爵家が三子、ティルフィーネ・エヴァ・バケンティアでございます。お……」
「あぁ、はじめまして。君が隣国から戻られたバケンティア公爵家の至宝、ティルフィーネ嬢か」
おひさしぶりにございます、と続けようとした言葉をそう遮られて、ティルフィーネは頭が真っ白になる。
さすがにはじめましてと言われるとは予想していなかった。
「無事快癒されたと聞き、何よりだ。私はもちろん、ぜひキュリエとも仲良くしてほしい」
という言葉が聞こえていたが、ティルフィーネはそのあとどう返答したのか覚えていない。
日が傾き始める中、気が付いたらキュリエもクラウスもいなくなっていて、甘いジュースを飲むアヴェリナがじっとこちらを見つめているのと目が合った。
目があった瞬間、彼女の深緑の瞳が何とも楽しそうに弧を描き、ティルフィーネの心臓がどきりと跳ねる。
「まぁ、正気にお戻りになられましたのね。ティティ」
「アヴェリナ様……私」
「アヴィと呼んで頂戴。キュリエなら、あのろくでなしに連れられて帰りましたわ。貴女も趣味が悪いわね、クラウスのどこがいいのかしら」
その言葉に、更にどきりと胸が鳴って、顔が青ざめるのを感じた。
そんなティルフィーネを思いやっているのか、アヴェリナは用意されていた不思議な白い菓子を一つつまみながら「キュリエなら気が付いていませんわ」と付け足してくれる。その声音が責めるというよりは呆れたように聞こえたので、ティルフィーネはしゅんと眉を下げると「……そんなに分かりやすかったでしょうか」とつい言ってしまった。
「貴族令嬢として落第な程度には分かりやすくていらしたかしら。あの子はそういった恋愛事にだけ鈍いからいいけれど、敏い子は気が付くでしょうからお気をつけ遊ばせ」
「その……私、知らなかったのです。こちらに戻るまで、あの方に婚約者ができただなんて」
「あら、私が貴女を責めるとでも思っていますの」
「……違うのですか?」
「責めるもんですか、だいたいこういうのは全部あのろくでなしのクソ殿下が悪いわ。あの男は生きているだけで有罪よ。そういう男なの」
「そんな言い方、不敬ですわ」
「不敬なら不敬だと、私の事を断罪したらいいわ。まぁ、そんな勇気も覚悟もあの男には無いもの。それなのに涼しい顔で居座っていて。本当に忌々しい」
憎々しさを隠さずに言うアヴェリナにティルフィーネは思わず震えそうになる。
そんな青ざめたままのティルフィーネに、アヴェリナは面白そうににやりと笑うと「私ね、あのろくでなしが世界で一番大嫌いなの」などと、今にも笑いだしそうな様子で言ってのけた。
「大嫌いだなんてそんな」
「嫌いよ、私の大好きなキュリエを奪ったんだから、過去も含め未来永劫、生まれ変わっても嫌いに決まっているわ」
少しだけ鼻を鳴らしてそう言った彼女の様子に、ティルフィーネはようやく揶揄われているのだと気が付いた。
「もしかして、私のこと揶揄っていらっしゃいます?」
「あら、愉快な方だと思っていてよ」
にやにやと笑っているその様子に、ティルフィーネは恥ずかしくて赤くなるが、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
「ねえ、あの男のどこがいいの? あんなろくでなし、王子であること以外に惚れる要素ないでしょう?」
ぐいぐいと距離を詰められ、ティルフィーネは思わず身構える。……が、好奇心を隠さない美しい|深緑《エメラルド》の瞳で追及され、ティルフィーネはいつの間にか初恋の話から何から、すべて話をしてしまった。




