ティルフィーネ・エヴァ・バケンティアの奮闘記 2
ティルフィーネ・エヴァ・バケンティアは、前述した通り公爵令嬢である。
髪の色は黒に近い焦げ茶色。瞳の色は、バケンティアの家系に出やすい深紅というより、若干明るい苺色だが、由緒正しい公爵令嬢である。
バケンティア公爵家は上には跡取りであるうんと年の離れた双子の兄(既婚者)と姉(既婚者・嫁ぎ済み)が1人ずつと、その兄と歳の近い次兄(婚約者有未婚)。
それから末に生まれた彼女の4人兄妹である。
長男と次男は、それぞれ騎士になったり文官になったりとして、既に国に仕えて働いているし、公爵である父は近衛騎士団の隊長職の一つを現役で担っている。
なお、雷の天馬を祖とするバケンティア公爵家は軍馬を育成排出する名家だ。
王族の覚えもめでたく、12の公爵家の中でも上位に位置する公爵家。
その一家の最後に生まれたのがティルフィーネである。
そんなティルフィーネは幼い頃から体が弱かった。
母や乳母がどんなに気を遣っても、月の半分は熱を出し寝台から離れられないし、何度か生死の境をさまよったこともある。
な剣ティア公爵家専属の医師の診断によると、人より魔力が多い魔力過多の一方で、肺が人よりずっと弱く魔力過多に耐えられていないのだという。
食も細いから小柄で体力もない。油断すれば血を吐く有様だったので、両親も兄姉達もそれはそれは心配しながらその成長を見守った。
この国でも力の強い治癒魔法師にも働きかけたが、治癒の魔法は怪我や病を治癒することはできたが、元々の体の弱さを治すことはできない。
そのためティルフィーネは、物心ついた頃には王都から離れたバケンティア公爵家の南の領地で療養生活を送っていた。
その療養生活の最中に出会ったのがディシャール国が第二王子、クラウス・フォン・ランフォールドだった。
王家の証である金の髪に、青く輝く蒼玉の瞳を持った、3つ年上の彼との交流は病弱で外界との接触が乏しかった彼女にとって初めての経験で、新鮮で、恋をしても仕方のない状況だった。
なお、この時ティルフィーネは7歳でクラウスは10歳だった。無罪である。
短くない日々をすごしたのち、2人の別れの際、ティルフィーネはグスグスと泣きながらクラウスに縋りついていた。
「いつか、いつか。ティティが元気になったら、あなた様のお嫁さんにしてくれますか?」
「……うん」
重ねて言おう、無罪である。
さて、この幼い頃の約束は、病弱で後ろ向きだったティルフィーネを少しだけ前向きにした。
いつか元気になったらクラウスのお嫁さんになるという、可愛らしい夢を叶えるためティルフィーネは健康になろうと努力した。
辛い治療や投薬も、その夢の為なら頑張れた。
だから、母方の叔母が嫁いだという医療大国だという隣国で、治療のための療養を勧められた時も迷うことなく選ぶことができた。
「ティティ、パパとママもラウルもナリサもディンケルもついていけないのに、寂しくないのかい? たった一人で頑張れるのかい?」
「大丈夫よ、パパ! とっても寂しいけど、私元気になりたいの! 元気になってバケンティア公爵家の為にがんばりたいの!」
ティルフィーネのその訴えに感動した両親と兄姉達が、涙ながらにティルフィーネを隣国へと送り出したのがクラウスと別れて1年ほどした頃のこと。
それからおおよそ9年。
虚弱体質を克服し、17歳を迎える彼女はそうして帰路についた。
「おかえりティルフィーネ!」
「すっかり立派になって」
と、家族が涙ながらに迎えてくれる中、ティルフィーネの頭の中は、家族に会えた感動よりも幼い頃の初恋の相手クラウス殿下に会えることでいっぱいであった。
脳内に花が咲いているのは許してほしい、だってまだ17歳の、恋に恋する貴族令嬢だったのだから。
本来なら王立学院に通うまで1カ月ほど時間を置いてから、という話だったがティルフィーネは早く学院に通いたがり、わずか1週間で準備を整えると颯爽と王立学院へと向かった。
そうして向かった王立学院で、ティルフィーネはクラウスと仲睦まじいという噂の婚約者、キュリエ・クリステッド嬢の存在を知ることになるのである。




