54、海水浴
僕は車で東北自動車道を飛ばしていた。
飛行機で行こうかなと思ったのだが、羽田からモノレールなどに乗って移動するのも面倒なので、車で行くことにしたのだ。
朝、家を出て東京のホテルに着いたのは日が西に傾いた頃。
そこは前にスザンヌと一緒に泊まったホテルだ。
一泊し、朝食は1階のレストランでバイキングを利用。
チェックアウトして、横浜方面に車を走らせた。
茅ヶ崎の海辺に到着し、約束した駐車場に入る。ラインで美代子さんに連絡すると、しばらくして陽光の下に白いワンピース姿の彼女がやってきた。
「加賀君、久しぶりね」
茶色のUVカット帽子をかぶり、丸いレンズのサングラスを掛けて細い目を夏の日光から保護している。僕が好きな長いポニーテールは健在だ。
スザンヌほどではないが、標準よりは盛り上がっている胸。全体的にスタイルは良い。
「やあ、美代子さん。卒業式以来だよね」
なぜか、彼女の体をスザンヌと比較している僕。
「海水浴をしようと思ったんだけど……少し混んでいるようね」
そう言って美代子さんは、客でごった返している砂浜を見た。
「男から水着をジロジロ見られるのも嫌だからホテルのプールに行かない? ちょっと高いからワリカンでね」
笑顔で小首をかしげる美代子さん。
「いいよ、僕が払うよ」
彼女は少し黙ってから笑顔を浮かべた。
「あら、社会人になると違うのね。働いているから加賀君の財布は暖かいんでしょ。でも、ここはワリカンにしましょう。そんなに深い仲じゃないんだし」
「……うん、そうだね」
そうだよね、特別な関係ではない。でも、その言葉が寂しいと感じるのはなぜ?
近くのホテルに入り、一つの部屋を借りた。
「日帰りだから、部屋は一つでいいわよね」
「あ、うん」
美代子さんも無防備だなあ。まあ、それだけ僕を信用しているのか、それとも、度胸がない草食系の坊やだと思って心配していないのか。
部屋に入って早速、着替えることにした。
「私はバスルームで着替えるから、加賀君は部屋で着替えてね」
そう言って美代子さんは個室に入っていく。
僕はベッドの上にバッグを置いた。
二つ並んでいるベッド。僕の頭にスザンヌの姿がクルクルと回った。彼女と一緒に、こんなホテルに来るようなシチュエーションがあるだろうか。そして、スザンヌを押しのけるように美代子さんが水着でクルクルと踊る。あれ、どうして彼女が出てくるのか。
僕は水着に着替えて、サマーカーディガンを羽織った。
「お待たせ」
それは水玉模様のビキニだった。その布面積は大きい。今まで学生服や普段着姿しか見たことがなかったので、美代子さんの水着姿にはグッとくるものがある。
「あまり、見ないでよ」
笑いながら彼女は、シックな柄のパレオワンピースを羽織って、ビキニの水着姿を隠した。
「ああ、ごめん」
慌てて目をそらす。だったら、最初からパレオを着て出てくれば良いのにとも思うが。
シャワー室で体を洗ってからプールに出る。
そこは空いていた。家族連れが二組いるだけで、25メートルのプールは貸し切り状態。
向こうに海水浴場が見えて、浜辺には海水浴客がひしめいていた。夏の日差しがプールの水面に反射してバラまいた宝石のようにきらめく。
美代子さんはパレオを脱ぐと、折りたたみ式のビーチベッドに放り投げ、プールに入っていった。
クロールで向こう側を目指す彼女を追いかけるように、僕も水をかいて続く。ふと、学校でプールに突き落とされた記憶がフラッシュバックした。
あのときに比べると、今の状況は夢のようだ。苛められていた嫌な記憶など美代子さんの水玉ビキニを見れば水に流れていくよう。あの頃は死のうかなと思っていたが、人生を続けていて良かったと今は思う。
しばらく泳いでから、パラソルが付いているテーブルのイスに腰掛けた。
「何か飲み物を買ってくるわね」
「じゃあ、僕が……」
「いいから、いいから」
彼女はパレオを着て、向こうにある自動販売機に歩いて行く。
しばらくして、缶ジュースを2本持って帰ってきた。
どうぞといって美代子さんは、テーブルにジュースを置く。
「ああ、ありがとう」
僕はジュースを持ってプルタブを開け、ククッと喉に流す。
「ねえ、加賀君」
「ん?」
「スザンヌさんとはどういった関係なの?」
口に含んでいたジュースが少し吹き出た。咳き込んでから息を整える。
「別に、どうのこうのという仲じゃないよ」
「嘘」
「えっ」
彼女はパレオを脱いで隣のイスに掛けた。そして、ゆっくりとジュースを飲む。その姿をなまめかしいと感じるのは僕も男だということか。
「本当はスザンヌさんと付き合っているんでしょ」
彼女は缶をテーブルに置き、僕の方に向く。水玉模様のビキニが僕の目前に披露されている。ドキドキしているのは、スザンヌについて追求されたせいか、それとも、間近に見えているビキニのせいか。
「あ、あの、違うって。スザンヌとは友達で、東京の案内を叔父さんに頼まれただけなんだ」
「嘘よ」
彼女はイスを近づけ、身を寄せてきた。水着姿が目前に迫る。挑んでいるような視線が僕の視線を直撃していた。
水着という物は誰が発明したのだろう。ほとんど下着と変わらないし、体の線がくっきりと分かって裸と変わらないじゃないかよ。だから、水着姿が自動的に画像編集されて、美代子さんの裸が脳裏に浮かぶ。
「スザンヌさんは外国人よね。どこの国なの?」
言葉に詰まる。まさか、異世界人だと言うこともできない。
「ああ、どこだったかな。遠い国だったような」
夏の熱気のせいではない、嫌な汗が流れる。
「彼女のことを好きなんでしょ」
「えっ、いや、そんなことはないよ」
「嘘だわ」
彼女が腕組みをすると胸が強調された。髪から流れてきた水滴が胸の谷間を通過して腹部に到達する。
女というものは勘が鋭いのか。僕の心を見透かされているような。
「あ、あの、僕は、その、スザンヌとは友達というか、その……」
どうして隠すのか。スザンヌとは恋人で少しずつ仲を深めていこうと約束している仲だ。それなのに美代子さんの前では、ごまかしてしまうのは何故だろう。
「ふーん……だったら」
グイッと近づいてきて、僕の肩に両手を置いた。柔らかい手のひらが僕の皮膚に密着している。
彼女の体が目前にあって、彼女の顔が目前に迫っていた。猫のような目が、いたずらっぽく笑っており、柔らかそうな唇が開く。
「だったら、私と付き合ってくれる?」
「えっ」
体が硬直する。これは美代子さんから告白されたということ?
「えっ、あの、その……僕は……」
戸惑う僕の表情を見てか、彼女は小さく笑って手を放した。
「嘘よ。冗談、冗談。本当に加賀君は純情よね」
フフフと笑ってジュースを飲む彼女。
僕は固まったまま彼女を見ている。
ふと、向こうを見ると、小さな女の子が僕達を見て笑っていた。
*
「用意できた?」
居間で僕がスザンヌ達に言うと、クリスが大きくうなずく。
「オーケーだよ、お兄ちゃん。ニホンの海、楽しみだなあ」
大きなリュックを背負っている十五歳の少女。半袖のシャツに短パン姿だ。
「準備できていますよ。トウヤさん」
スザンヌは白いブラウスにチェックのスカート姿でニッコリと笑う。
今日は日本で海水浴を楽しもうということになったのだ。
「お姉ちゃんも中は水着なの?」
クリスがスカートをめくると薄茶色の水着があらわになった。
「ちょっと、クリス! やめなさい」
そう言ってスカートを抑えるスザンヌ。
「えー、どうして? 水着でしょ。なんで恥ずかしいの」
「これは気分の問題なの! 何となく嫌なのよ」
「ふーん……」
クリスは不思議そうに首をかしげている。
確かにそうだな。水着姿を見るよりも水着の上にスカートを着用して、そのスカートをめくる方が男としてはパンチラみたいでエッチに感じるかな。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「ええ、そうですね」
スザンヌが僕の手を握る。
「さっさと行こうよ。ニホンの海へ」
クリスが元気よく僕の腰に抱きついた。
茅ヶ崎の海辺は前に行ったので、異世界から直接、転送することができる。泳いだら、帰りはレンタカーを使って基地に帰るつもり。
「じゃあ、転送するよ」
僕は茅ヶ崎の風景を思い浮かべる。混雑していた砂浜と共に美代子さんの顔が浮かんできた。
そして、視界が歪んで真っ暗になった。




