55、日焼け止め
茅ヶ崎海岸の側にある茂みに転送した。
近くに公園があり、その中にある野球場からの声援が小さく聞こえてくる。
真夏の日差しの下、僕達は歩いて海水浴場に向かう。
道路を横断して砂浜に出ると海の家があったので、そこに入った。
荷物をロッカーに入れ、借りたシートを砂浜に敷いてパラソルを突き立てる。
「ああ、これがニホンの海なんだ。向こうと同じだね」
ワンピースの水着のクリスが目を輝かせて言った。背中が広く開いているピンクの水着は彼女に良く似合っていて、近くにいる少年達の心をときめかせているだろう。
彼女は赤いマイクロビキニが気に入ったようで、それを着て海に行くつもりだったようだが、僕とスザンヌが強く止めたのだ。
潮の香りがする青い海だが、水は田舎と比べて、きれいだとは言えない。
クリスが海に歩いて行くので、スザンヌが付いていった。途中で振り返って僕の方を見る。
地味だと思える薄いブラウンの水着。それでもボリュームのある体をしているので、人目を引くだろうな。
「トウヤさんは?」
「ああ、僕は荷物の番をしているから二人で行ってきなよ」
「そうですか」
ちょっと不安そうだ。まあ、目の届くところなら構わないだろう。
スザンヌ達は海に入ってはしゃいでいた。二人は泳げたようで、平泳ぎで浅瀬を回っている。異世界でも泳ぎ方は日本と同じなのか。
しばらくしてから男達が数人、スザンヌに寄ってきた。
ナンパしているようなので、僕は立ち上がって海に向かっていく。だが、彼らは首をかしげてスザンヌから離れていった。
言葉が分からなくて諦めたのか……。
僕は息を吐いてシートに戻った。泳いでいるスザンヌ達をずっと見守る。
水滴を垂らしてクリス達が戻ってきた。
「お兄ちゃん。喉が渇いた」
「はい、はい」
バッグの中から缶ジュースを取りだして、クリスとスザンヌに渡す。
「トウヤさん。男達が近寄ってきて話しかけてくるし、私達の体を遠慮なく見ているんですけど、これがニホンの風習なんでしょうか?」
「あ、うん、風習と言えば、そうなのかなあ……」
僕はジュースを飲む。
これ以上、彼女の水着姿を他の男達にさらしたくない。どうしようか。
「ああ、疲れたぁ」
両手を伸ばしてクリスが寝転がった。
「日焼け止めを塗った方がいいよね」
僕はバッグから紫外線カットクリームを取り出す。
「スザンヌ。クリスに日焼け止めを塗ってあげてよ」
「あ、はい」
怪訝そうな顔で容器のキャップを開けて、ジェルをクリスの背中に広げた。
「これで良いんですか。トウヤさん」
「ああ、そんな感じ」
背中を塗りおえて、容器をクリスに渡した。
「後は自分で塗りなさい」
「はーい」
クリスは恥じらうこともなく、足を上げて大胆にジェルを体に塗りたくる。
回りの男がじっと見ていたので、僕が睨んでやるとサッと目をそらした。
「はい、お姉ちゃん」
クリスが容器を手渡す。
スザンヌは手足にジェルを伸ばしながら、チラチラと僕を見ている。
「あ、あの、スザンヌ。背中に塗ってあげようか……」
「はい!」
笑顔で容器を僕に突き出す。
僕はジェルを手に取ってスザンヌの白い背中に付けた。ビクンと震えたが、何も言ってこないので、そのまま柔らかい肌に手を滑らせる。
定番としては、うつ伏せに寝かせてからブラジャーのヒモをほどいて背中に塗るのだろうが、そこまで要求するのは僕にはできない。
気がつくと、周りの男達が親の敵を見るような目で僕を睨んでいた。
得意になるような気分だが、スザンヌの水着姿を公衆の面前にさらすのは不愉快。
「スザンヌ、場所を移動しようか」
「あ、そうですか」
「近くのホテルにプールがあるから、そこに行こうよ」
日焼け止めを塗っている手を止めてスザンヌは横目で他の男達を見る。
「そうですね。落ち着く場所に行きたいですね」
僕達はシートなどを片付けて、近くのホテルに向かった。
そこは前に、美代子さんと時間を過ごした場所。
チェックインして部屋に向かう。
一泊するつもりなので、二部屋を借りた。
水着に着替えて、プールに出た。
建物側にシャワー室があるので、そこで体を洗ってからプール横のテーブルに荷物を置く。プールには家族連れが一組いるだけで貸し切り状態。
「トウヤさん、これは人工池のような物ですか?」
スザンヌ達がプールを見るのは初めてだろう。
「うん、そうだね。真水だから泳いだ後も体がベトベトすることがないよ」
クリスは片足を水に入れて様子を見てから、ドブンとプールに入った。
「うわ! 冷たい。お姉ちゃん、海よりも水がきれいだよ」
そう言って泳ぎ出す。
スザンヌもプールに入った。
「ほーら、お姉ちゃん」
クリスが水を掛ける。
「あー、もう!」
スザンヌも水面を叩いて、しぶきの攻撃だ。
女の子同士の水の掛け合い。これはアニメでしか見たことがないシーン。この世に実在したんだなあ。
イスに座ってボンヤリ見ているだけで幸せな気分になる。
「トウヤさんも来てください」
スザンヌがプールから僕に手を差し出した。
「ああ、行こうかな」
パーカーをイスに掛けてスザンヌの方に向かう。
「えーい」
後ろから突き飛ばされた。ガバガバと息を吐きながら水面に出ると、プール側でクリスが笑っている。
僕もつられて、エヘヘと笑った。
学校では、苛めでプールに突き落とされたこともあるが、それに比べると別世界のような楽しさ。
「トウヤさん、競争しましょうよ」
「ああ、いいよ」
プールの端に並んでスザンヌと対決だ。
「じゃあ、行きますよ」
彼女が平泳ぎでスタート。僕も同じ泳法で追いかける。本当はクロールの方が得意なのだが、ここは空気を読んで対等にいかなければ。
スザンヌのスピードは落ちない。僕は彼女の後ろに付いていった。足を突き出して開く。それを水中眼鏡によって見ながら追尾したくなるのは、僕だけではないだろう。
勝負にはスザンヌが勝って、僕達はプールから上がった。
「ジュースを買ってくるよ」
僕は向こうの自動販売機に向かう。
美代子さんのときと同じ缶ジュースを買ってテーブルに戻ってきた。
「トウヤさん」
「んっ、何?」
缶ジュースをスザンヌとクリスの前に置く。スザンヌはスマホの画面を指で操作していた。
「トウヤさんは、女の子と一緒に、このプールに来たことがあるんですか?」
「えっ」
スザンヌは目を細めて僕を見ていた。夏の気分に秋風が吹く。
「どうして、そんなことを……」
「向こうの女の子が私達を指さして言っていたんですよ」
そう言ってスマホの画面を僕に突き出す。
そこには、『あの男は、前と違う彼女を連れてきてる』と、日本語と異世界語で表示されていた。異世界語の翻訳アプリか……。もう……真美さんは余計なものを作ってくれたよな。
向こうを見ると、浮き輪を使っている小学生くらいの女の子が僕を見て笑っている。
「お父さん、あれってチャラ男だよね」
父親は気まずそうに浮き輪をつかんで向こうに引っ張っていく。
僕も気まずそうに言い訳を始めた。
「いや、違うんだよ。彼女は高校の同級生でさ。ただの友達なんだ。一人で海水浴をするのが嫌だからと言って、僕に頼んだだけなんだ」
「そうですか」
「そうなんだ。多分、スザンヌが考えているのとは違うものだよ」
「ふーん……」
クリスは痴話げんかに興味はないというように、そっぽを向いてジュースを飲んでいる。
「泳ぎましょうか」
スザンヌが立ち上がって僕の腕をつかむ。
「えっ、ああ、いいけど」
異様に喉が渇いたのでジュースを飲みたいところだが……。
スザンヌは僕の左腕に右腕を絡ませてグイグイと水に近づく。
「えいっ」
僕はプールに飛ばされた。目の前に水面が広がり、水中に突入する。いきなりなことに鼻から泡を吹きながら水面に出た。
顔の水を拭うと目の前にはスザンヌの顔。
「浮気してはダメですよ」
そう言って両手を僕の肩に乗せた。美代子さんが僕の肩に手を置いたシーンを思い出す。
「そ、そんなことはしてないよ」
「そうですか」
「う、うん。絶対にそんなことはない」
彼女は僕の首に腕を回した。
「私達を捨てないでくださいね」
「そ、それは、そんなことはしないよ。僕にはスザンヌとクリスしかいないんだ」
「そうですか」
首に回っていた腕に力がこめられて、僕達は水中に沈む。
状況を把握できない僕の唇に柔らかい物が押し当てられた。僕とスザンヌは水の中でキスをしている。何というレアな状態だろう。
僕達はプールから飛び出て、抱き合ったまま激しく呼吸をする。
「何をやってんのよ、お姉ちゃん達」
缶ジュースを持ったクリスがあきれたように言った。
「あ、あの、これは息をどれだけ止めていられるかの競争よ。ね、トウヤさん」
「あ、うん、そう、そうなんだ」
クリスは大きなため息をつく。
「だったら、別に抱きしめなくてもできるでしょ」
僕達はサッと離れる。
遠くでは女の子が面白そうにこちらを見ていたが、見ちゃダメ、というように父親が浮き輪をグルグルと回し始めた。




