52、東京見物
朝、クリスとスザンヌを伴って日本に転送した。
スザンヌの家から、おばあちゃんの家に転送するとクリスが歓声を上げる。
「すごい! お兄ちゃんは、いつもこうやってニホンに飛んでいたんだね」
クリスが日本基地の庭を珍しそうに歩き回っていた。
「クリス、とにかく家の中に入りなさいよ」
スザンヌが玄関に入っていく。慌ててクリスも続いた。
しばらく家で休んでから、クリスが期待していた回転寿司に行く。彼女は注文した寿司をおいしそうに頬張っていた。
僕がタブレットで注文するのをまどろっこしいと思ったのか、クリスはタブレットをひったくって自分で注文した。表示されている日本語は理解できないのだろうが、写真などで直感的に分かるらしい。
翌日は皆で東京に行った。
それは叔父さんにスザンヌとクリスを紹介するため。
スザンヌたちは車に乗るのも高速を走行するのも初めてだったので、こまめにパーキングエリアで休んだ。
夕方に叔父さんの会社に着いた。
社屋は高層ビルのワンフロア―を独占している。
スザンヌ達を叔父さんに紹介した。
「おお、美人だなあ。ボウズにはもったいないな」
ニヤついてスザンヌの体を無遠慮にジロジロ見る。
「いや、そんな……」
僕は照れ笑いを浮かべた。
「ボウズよりも俺の彼女にならないか? 贅沢させてやるぜ」
「社長!」
秘書の真美さんが横目で睨んだ。
スザンヌは叔父さんが何を言っているか分からないので、ジッと僕を見る。
「叔父さん……」
「ははは、冗談だよ。ボウズ、そんなに怖い目で見るなよ
そう言って、叔父さんは大声で笑う。
昔から叔父さんはプレイボーイだというので何をするか心配。
「これは、いつもの手数料です」
僕は金貨が入っている布袋を真美さんに渡す。彼女は表情を変え、ニンマリとした顔で金貨を受け取った。
この人は金貨を見ると性格が変わるのか。
「冬也君、いつか私を異世界に連れて行ってくれないかしら」
そう言う真美さんの目が光っている。
「ええ、まあ、機会がありましたら」
「そう、そのときはよろしくね」
「ああ、はい……」
彼女を異世界に連れて行くのは、なんか不安な感じがするんだよな。
用意してくれたホテルに行こうとしたら真美さんに呼び止められた。
「ちょっと、AIで翻訳ソフトを作りたいんだけど」
彼女は異世界語の翻訳ソフトを構成したいという。
会社のAIソフトにスザンヌの異世界語を聞かせて、僕が日本語に翻訳する。文字を読み込ませて日本語に翻訳したワードを真美さんがパソコンに入力した。
しばらく翻訳AIに取り組んでいると、やがて、ある程度の翻訳機能が確立した。
「異世界の言語は、日本語と似てるわよねえ」
真美さんは、パソコンを操作しながら言う。
「主語と述語が離れている。英語とは違うようね」
キーボートをカタカタと叩きながら目を細めた。やはり、真美さんは優秀なようだ。さすが、叔父さんの秘書を務めているだけのことはある。
スザンヌは真美さんからAI機能をインストールしたスマホを受け取った。
「使うたびに学習するから、しばらく使ってみてね」
スザンヌは不思議そうにスマホを見ていた。
外は暗くなっていたので、僕達は叔父さんが予約してくれたホテルに向かう。
それは会社の近くにあって、名前を言うと部屋に案内してくれた。叔父さんが気を遣ってくれたのか、ホテルの従業員はスザンヌに素性などを聞くことはしない。
スザンヌ達の部屋は僕の部屋の隣。
すぐにホテルのレストランに行って夕食を食べた。
翌朝、ホテルのバイキングで朝食を食べてからスザンヌたちを連れて東京見物をした。
車の助手席にスザンヌが座り、クリスは後ろの席。首都高速に乗って遊園地に行った。観覧車やジェットコースターに驚く姉妹。クリスがねだるので片っ端から攻略する。ジェットコースターは苦手の僕だったが、スザンヌたちは大声を上げて喜んでいた。
熱い日差しの下、遊園地で遊びまくった後に外に出る。野球場のそばを通るとダフ屋のおっさんがウロウロしていた。
ハンバーガーを食べてから、高速横羽線を通って横浜公園に着く。
平日なので公園は空いていた。赤レンガ倉庫に行ってみたが、スザンヌ達は特に感想はなかったようだ。
湾岸道路を通って大黒ふ頭に行く。海の上を走る道路に姉妹は驚いていた。
夕方になったので、ふ頭内にある食堂でカレーを食べる。三人が食事をしている姿を他の男達がチラチラと盗み見ていた。
クリスが遊び疲れたようなのでホテルに帰ることにした。
ホテルに着くと、クリスは後部座席で寝ていた。僕が背負って部屋まで連れて行く。
クリスをベッドに運び、自分の部屋でくつろいでいると、ノックがしたのでドアを開けるとスザンヌだった。
「トウヤさん。少し外を歩きませんか」
「あ、うん、いいよ」
そういえば、しばらく、二人きりの時間はなかったな。夜の散歩も良いかもしれない。
僕達はホテルを出て、隣にある公園に行った。
初夏の熱気を含んだ風が緩やかに流れている夜の広場。
照明から離れている、暗がりのベンチに座った。
「今日は疲れましたね」
「うん、そうだね」
スザンヌは僕にもたれかかってきた。
それを僕は両腕を回して優しく抱きしめる。彼女の長い髪がサラサラと揺れて僕の手をくすぐり、悩ましい体温が僕の皮膚に伝わってきた。オーディコロンの甘い香りは真美さんが選んでくれたのか。
この状況なら胸くらい触ってもいいよな……いや、それはホテルに帰ってから、という妄想が頭をグルグルとかき回す。
「そこにいるのは加賀じゃん」
聞き覚えのある声に、ハッとして相手を見た。
照明の下に立っていたのは、高校で僕を苛めていた後藤。前は小太りだったが、今はブクブクに太っていて、肩まで伸びている髪はボサボサだ。シワだらけで汚れたシャツにトレーナーのズボン。服装とボンヤリとした目つきが、未だにニートであろうことを示す。
上からのライトが表情に不気味な影を表して、まるでゾンビのような雰囲気を出していた。
「何だよ、そんなに可愛い女の子と仲良くしやがって。この泥棒やろうがぁ」
たるんでいる顔。その目が鋭くなって僕を睨む。そして、ユルユルとベンチに近づいてきた。僕とスザンヌは体を離す。
「泥棒はひどいなあ。卒業式ぶりだよね、後藤君。で、今は何をしているの?」
実家に引きこもっていることは容易に想像できるのだが、わざと嫌みを言う。
後藤は下を向いてから、キッと顔を上げた。
「うるせえ! このワンコロ野郎が。高校のときに、もっと苛めておけば良かったじゃん」
その台詞に僕のトラウマがチクリと痛む。
隣のスザンヌはスマホを操作している。後藤の台詞を異世界の言葉に翻訳しているようだ。
「ところで、後藤君。高校のとき、どうして僕を苛めたの? 君に悪いことをした覚えはないんだけど」
後藤は、フンと鼻で笑う。
「それは、てめえが美代子さんと仲良くしてやがったからだよ」
「僕が清水さんと?」
彼女と一緒に図書委員をやっていたので、話す機会は多かったけれど。
「ああ、お前みたいなワンコロが可愛い子と仲良くしているのがシャクに障ったじゃん」
僕は言葉を失う。
たった、それだけ……たった、それだけのこと……。そんなことで僕は苛められて死にたいような思いをしたのか。こいつは人を何だと思っているんだ。
「それよりよぉ。ちょっと、お金を貸してくれねえかな。親が小遣いをくれなくなったじゃん。だから、頼むよぉ、ワンコロ」
後藤は目を細めて僕を睨んでいる。場合によっては力尽くでカツアゲする気か。
「断る! 社会人はさあ、働いてお金を稼ぐものなんだよ。自分のお金は自分で苦労して、汗を流して手に入れる物だ」
ド正論を言ってやった。だが、腐った人間には伝わらない。
「うるせえ! このワンコロ」
僕につかみかかってきた。思い切り首を絞められる。
「何をするの!」
スザンヌがポケットからスタンガンを取り出す。それを僕が手を上げて制止した。
後藤にドレインのリンクを繋ぎ、エナジーを吸い取る。やつのエナジーは思ったよりも少ない。
「なあ、お金を貸してくれよ。少しでいいからさあ。でなければ、そのエロい女を俺にくれよ。なあ、自分ばかり良い思いをしてんじゃねえよ」
首を絞めていた手に力がこもる。苦しいが、それよりも後藤の身勝手さに体の神経回路が変わるほどに怒りがこみ上げてきた。
僕は後藤の手を払いのけて突き飛ばした。家に閉じこもって体力不足の上に、エナジーを吸引されたので、やつは簡単に後ろに飛んで後頭部を打つ。
「いてて……」
頭を押さえて起き上がろうとする後藤をうつ伏せにして首を押さえた。
「離せ、離しやがれ、このワンコロ野郎」
もがくが、やつの顔面を地面に押しつけている手を離すことはしない。
こいつには劣等感がある。それを解消するために満たされた人間を攻撃するのだ。自分がカーストの上位にいるために弱い人間を自分の下位におとしめるのだ。
自分で努力して自分を高めるということをせずに、他人を蹴落として自分が優位になると感じたい。それがこのクズ野郎。




