49、ショッピング
「えー! お姉ちゃんだけがニホンに行くの」
クリスが口をとがらす。
「ええ、クリスはお留守番よ」
スザンヌは白いブラウスに花柄のフレアスカートだった。それは秘書のお姉さんからもらった物だが、サイズが合っていないので胸がキツそう。下着も日本の物に変えたのか気になるのだが、聞く勇気は僕にはない。
「うん、とりあえず、スザンヌだけを転送することにしたんだ。何かあったら困るからね」
盗賊を北海道に転送しているので、人間を連れていっても問題がないことは確認している。でも、万が一ということがあるから。
「また、変なやつが来たらどうしたらいいのよ。クリス、怖いなあ……」
「盗賊やキングボアが来たら、例の洞窟に逃げるのよ。あなたのサーチ能力なら、敵を察知して回避できるわよね」
「そうだけど……、いいなあ、お姉ちゃんだけ」
まだ、クリスは不満そう。
「すぐに帰ってくるよ。次はクリスも連れていくからさあ」
クリスは小さくうなずいた。
「じゃあ、行ってくるわね、クリス」
そう言ってスザンヌは僕の手を握る。
「ああ、じゃあ、行こうか」
気持ちを集中して日本の基地を思い描く。クリスはツインテールをいじりながらジト目で僕達を見ていた。
*
おばあちゃんの家の前に転送。
春の日差しに照らされた木造二階建てが目の前にある。
「あー! ここがニホンですか……」
スザンヌが大きな目を丸くして家を見ている。
「ニホンの家は変わっていますね」
異世界の建築技術は日本に比べて遅れているから、日本の家は変に感じるのだろう。
僕達は玄関に入った。
「ああ、スザンヌ。靴は脱いでくれるかな」
玄関から、そのまま上がろうとしたスザンヌに注意する。
「えっ、家の中では靴を履かないんですか?」
「うん、日本では、そういった風習なんだよ」
居間に彼女を通す。
僕が座布団に座ると、スザンヌも同じように座布団に座った。横座りしているスザンヌの姿も新鮮な感じ。
僕は冷蔵庫からコーラを持ってきて、コップに注ぐ。
スザンヌがコーラを飲むのは初めてではないが、日本に来て緊張しているのか、コップに唇を当ててチビチビ飲んでいた。
「もうすぐ、秘書のお姉さんが来るから、少し待っててね」
用意した部屋にスザンヌを連れていって荷物を置いてから、トイレなどを案内した。
しばらく待っていると、車の音がして庭先で止まり、玄関のチャイムが鳴った。
玄関に出ると、灰色のサマースーツを着た秘書のお姉さんが無表情で立っている。
彼女の髪は肩を少し過ぎ、目は少し細目で猫のよう。背は僕と同じくらいかな。美人の部類に入ると思う。叔父さんから25歳だと聞いている。
「ああ、どうもすいません。お手数を掛けます」
「いえ、どういたしまして」
彼女は軽く会釈すると、靴を脱いで無言で居間に入っていく。
いつも思うが、あまり愛想がない人だな。
秘書さんは座卓の前に座り、スザンヌに軽く頭を下げた。
「高橋社長の秘書をやっております、佐野真美と申します。よろしくどうぞ」
そう言って、掛けていた眼鏡の位置をクイッと調整した。
ああ、この秘書さんは真美さんというのか。やっと名前を知ることができたなあ。
スザンヌは真美さんの言葉が分からないので、僕の方を見ている。
「スザンヌ。この人は真美さんと言うんだ。例の服をくれた人だよ」
「マミさんですか。どうもありがとうございました」
そう言って丁寧に頭を下げた。つられて真美さんもお辞儀をする。
「冬也君は異世界の言葉を話せるのね。私は何を言っているか分からないわ」
そうか、僕がスザンヌに話しかけているときは異世界の言葉で、真美さんと話すときは日本語になっているのか。
じゃあ、二人に向けて話しかけたら、どうなるのかと思うが、そんな面倒なことは考えても仕方がない。
「じゃあ、真美さん。今日はよろしくお願いします」
「ええ、スザンヌちゃんの服を選ぶのよね」
「はい、そうです」
「前にあげた服はどうだったの?」
「ああ、あれはちょっとサイズが合わない物がありまして……」
「そう……」
真美さんはスザンヌの胸をチラリと見てから、無言で玄関に向かった。
真美さんは銀のコンパクトカーに乗って大型モールに向かう。僕達は軽自動車で真美さんの車に付いていった。
幹線道路の側に建っている総合デパートのゼノンモール。そこは大型駐車場を手前にして、スーパーや雑貨店、ブティック、ファッション専門店、自転車店、映画館などが一つの建物に集合していた。
僕達はブティックに入り、スザンヌの洋服を選ぶ。スザンヌは服飾に興味があるようで、目を輝かせていた。女の子は日本も異世界も同じなんだな。
そこは女性服の専門店なので、僕は気まずい思いをしている。デートでブティックに入る男は、皆がこういった思いをしているのだろうか。
だが、スザンヌの通訳をしなければならないので、彼女の近くにいるしかない。
十着以上の洋服を買い、靴下や靴なども買った。
大量に買ったので一度、精算してくださいと店員に頼まれたので、僕はレジに向かう。
店員が示した合計は二十万円を超えていた。女の服という物は、こんなに高いのか。
札入れを開いて、値段分のお札を取り出す。札入れには百万円くらいを入れておいたので、それを見た女性店員が目を丸くしていた。
今度はクレジットカードを作ろうかな。
「次は下着ね」
真美さんが店内の下着売り場にスタスタと歩いて行く。僕とスザンヌはチョコチョコと付いていった。
そこには色とりどり、多種多様の下着が展示されている。僕にとっては針のむしろに座っている様な居心地の悪さ。
カラフルな下着や布面積が小さい物、レースの様に透けている物など、誰が着るのだろうと思うような派手な下着がワンサカそろっている。
「じゃあ、サイズを測りましょう」
店員からメジャーを借りて、真美さんがスザンヌと一緒に試着室に入った。
「何これ! これじゃあ、胸の形が崩れちゃうじゃない」
真美さんの声が聞こえ、彼女がカーテンの隙間から布のような物を僕に差し出す。
「冬也君。持ってなさい」
渡されたのは、いつもスザンヌが着けている胸当てだ。それは、サラシのように胸に巻いている物。手に胸当ての温かさを感じる。
サイズを測った真美さんが下着をいくつか選んで試着室に入った。
「うーん、スザンヌちゃん。結構デカいわね」
「あっ、きゃっ、イヤー」
スザンヌの声。僕はカーテンに近寄った。
「大丈夫? スザンヌ。何かあったの?」
カーテンが少し開いて真美さんが顔を出す。ピンクのブラジャーを着けているスザンヌの姿が見えた。彼女は赤面して顔が汗のためにテカっている。
「ちょっと、冬也君。スザンヌちゃんに平気だって言ってやってよ。胸の肉を集めてカップに集めるのが普通なんだって」
「ああ、そうなんですか……」
今まで知らなかった。
そのことを僕は、どもりながらスザンヌに説明する。カルチャーショックを受けている異世界の少女は何とか納得してくれた。
たくさんの下着を買い、支払いは僕。
レジで女の子が買った代金を払っている僕は、店員から見たら彼女の機嫌を取ろうとしているミツグ君と思われているのだろう。
ブティックを出て、高級そうなレストランに入る。僕は買った物を車に置いてから戻ってきた。
真美さんは遠慮なく高価な料理を注文していた。その代金は今日のお礼として僕の負担となることが決まっているのだろう。
メニューを見て、スザンヌのために旨そうな料理を選んであげた。
レストランを出て、駐車場に行く。
シルバーの車の前で真美さんが振り返った。
「それで、二人は一緒に住むのよね」
「う、うん」
心臓がドキンとした。異世界でも同じ家に住んでいたが、そのときはクリスがいた。しかし、今回は日本基地に二人きり。
「まあ、避妊はしなさいよ」
「は、はあ?」
僕が取り乱しているのを見てスザンヌが脇腹をつつく。
「マミさんは何て言ったんですか?」
「あ、あの……男と女が二人きりで、その……子供ができないように」
スザンヌの頬が紅潮した。
「あ、あの、トウヤさん……。私のヒーリング能力を逆に使えば排卵しないようにできるんです。だから、その……」
「ああ、そうなんだ……」
魔法も便利に使うことができるらしい。
「でも、前もって言ってもらわないと困るので……」
「ああ、そうだよね……」
僕達の様子を見て大きなため息をつくと、マミさんは車に乗り込む。
「じゃあ、頑張ってね」
そう言うと彼女は車を走らせた。
黙って見送る僕達。
「僕達も帰ろうか」
「ええ、そうですね……」
軽自動車の運転席に座ってエンジンを始動する。後部座席には買い物袋がたくさん。
これから、しばらく二人きりだ。
まるで新婚生活を送る夫のように僕は少なからず興奮していた。




