47,人生のコツ
スキルをドレインしてやった井上は会社を辞めた。
やつは再度、努力することをしないで逃げていったのだ。工務スキルは後からでも身につけることができるので、やり直そうとすればできるのに。
ホームセンター小次郎の仕事は多い。
井上が辞めた穴を埋めるために、畑山作治という老人がやってきた。
その人は七十歳くらいで、この会社でリフォームを担当していたベテラン。定年退職して余生をのんびり過ごしていたのだが、所長に頼まれて嘱託として復帰することになったのだ。
休憩室でテレビを見ていると、畑山さんが近づいてきた。
「やあ、冬也君。久しぶりだなあ」
くったくのない笑顔で声を掛けられた。
背は高い方だが体は細くて引き締まっているよう。顔にシワは多いが、元気そうな感じだ。井上に代わって僕の指導を担当することになっていた。
「ああ、畑山さん。どこかで会いましたっけ?」
「光代さんの葬式で会っただろう」
ああ、そういえば、おばあちゃんの葬式のとき見かけた覚えがある。
葬式の喪主は叔父さんがやった。僕の父さんは忙しいと言って葬式に出席しなかったのだ。母と兄は来ていたが、火葬が終るとすぐに帰ってしまう。それを見て僕は彼らを薄情な人間だと思っていたのだ。
「ああ、そうでした。そのときはどうも……」
そう言って頭を下げる。畑山さんは笑いながらうなずく。
「井上が抜けたんで君も大変だろう。まあ、あいつは昔から適当な性格をしていたからなあ」
「ああ、そうですね……」
「まあ、これからは俺がきちんと教えるからさ。まあ、頑張ってくれ」
そう言って小さく笑う。僕は笑顔を浮かべてうなずいた。
井上と違って畑山さんは親切に仕事を教えてくれた。
実際に作業している現場を見せて手順を教えてくれる。その作業の意味も細かく説明してくれるので、僕の理解も深まった。
井上から吸い取ったスキルもあるので習得するのも早い。畑山さんは僕の手際を見て、アルバイトとは思えないと感心していた。
畑山さんの勧めでユンボの教習を受けた。
二日間のカリキュラムで、学科と実技の教習がある。僕は事前に畑山さんからユンボの使い方を教わり、テキストなども用意してもらったので比較的簡単に取得することができた。
これで、スザンヌの家のリフォームも合理的に進むだろう。
倉庫の片隅。在庫のチェックが終ったので、畑山さんと二人で缶コーヒーを飲んでいた。
資材に腰掛けて、僕はコーヒーをクイッと飲んでから畑山さんに声を掛ける。
「畑山さんは、おばあちゃんと仲が良かったんですか」
「うん、そうだね……」
彼は倉庫の大きな搬入口をボンヤリ見ている。そこは大型トラックが入るような大きさで、その先の広い駐車場にお客の車が並んでいるのが見えた。
「光代さんとは古い仲でね、家の修繕なんかもやってあげていたんだ」
「ふーん、そうだったんですか」
だったら、あのことも知っているだろうか。
「畑山さんは洞窟のことを知っていますか」
ゆっくりと僕の方に顔を向けた。にこやかな笑顔は消えて、目を細めている。
「君は裏山の洞窟のことを知っているんだ」
「ええ……まあ……」
「洞窟をふさいでいる小屋は光代さんに頼まれて俺が建てたのさ」
「ああ、そうだったんですか」
「それで君は、奥にある鳥居を見たことはあるのか?」
この人は鳥居を知っていたのか。
「ええ、まあ……」
畑山さんは大きなため息をついた。
「前に光代さんと一緒に洞窟に入ったことがある。誰が作ったのか分からないが赤い鳥居があったな」
「そうですか、それで鳥居の中に入ったんですか」
「中に入る……というより、鳥居をくぐったんだが……」
「それで?」
「それで、と言われても、別に何もなかったよ」
「そのとき、おばあちゃんはどうしたんですか? 一緒に鳥居に入ったんですか?」
僕が追求するので、いぶかしげな表情になる畑山さん。
「光代さんは鳥居に近づかなかった。そこは加賀家の人間でも、滅多に立ち寄ってはいけない場所だそうだ」
「ああ、そうだったんですか……」
そのとき、おばあちゃんは能力を持っていたのだから、鳥居に入ったら異世界に転送してしまう。
それから、畑山さんは無言になった。洞窟と鳥居の件は他言しないように注意されていたのだろうか。
ふと、僕は自分のことを聞いてみたくなった。
「あの、話は変わるんですが、もしもですよ……、人のスキルや生命エネルギーを吸い取ることができたら畑山さんはどうしますか」
相手は首をかしげて僕を見た。何で、そんなことを聞くのかと考えているんだろう。
「そんな能力があっても使ってはいけないだろうな。他人のものを吸い取るというのは結局、泥棒と同じだ」
「はあ、そうですね……。でも、状況次第じゃないですか? 自分や家族を守るために使うのなら許されるでしょう」
畑山さんは苦笑いして首を小さく振る。
「まあ、そうかもしれないが……。まあ、そのときになってみないと分からないかなあ。でも、そんな能力は人間が持っていて良いものではない。人間の手には余る力だと思う」
「はあ、そうですか……」
僕は多くの人のエナジーをドレインしている。そして、それを売ってお金を儲けているのだ。これは悪党の所業なのか。人間がやることではないのだろうか。
「でも、どうして君は、そんなことを聞くんだい? もしかして、洞窟の鳥居と関係があるのかな」
この老人は察しが良い。
「あ、いえ……。それはライトノベルの話ですよ。異世界に行ってドレイン能力を使い、大活躍するという小説の話なんです。僕は、そういった子供向けの読み物にはまっていて、いつも、そういった能力について考えていたもので」
「ふーん」
「すいません、変なことを聞いちゃって……」
納得してくれたかな。
「まあ、若い者が色々と考えるということは良いことだ。全く考えないよりはな」
そう言って親しみのある笑顔を浮かべた。そして、畑山さんは話を続ける。
「まあ、もしもドレイン能力というものがあって、それを自分が使えるようになったのなら、それは何かの理由があるのかもしれないね」
「理由ですか?」
「うん、理由というか使命というか天命というか、特別な能力を授かったら、それに対応する責務が発生すると思うんだ」
「何かの責任というものですか? それは何でしょう」
畑山さんは笑いながら首を振る。
「それは分からない。それは当人が考えて当人が決めることかもしれないな」
「自分で決めるんですか? 天命を探すのではなく、自分で決定すると?」
「うん、神様というものは何も言ってくれない。ただ、人間を見ているだけという観念的なものなのだろう。だから、存在しているものを探すのではなく、何も無いところから自分で決めるんだ」
「はあ……」
つかみ所のない話だ。運命的なことに頼らないで、泥臭く自分で考えなさいということか。
「俺の人生は後悔ばかりだった。この年になっても結婚していないし、子供もいない。それに、人生は短い。アッという間さ。この前まで工事の見習いをやっていて先輩からガキンチョ扱いされていたのに、いつの間にかジイサンになっている」
畑山さんは自嘲するような笑いを浮かべ、高い天井を見つめていた。
「冬也君。ドレイン能力どうのこうのということを含めて、人生について一つ言えるとしたら、後悔しないように良く考えて方向を決めなければならないということだ」
「後悔しないことですか……」
「判断に迷ったら、それをやった十年後と、それをやらなかった十年後を想像するのさ」
「はあ……」
「それでも分からなかったら、やってみたらいい。やった後悔よりも行動しなかった後悔の方が大きい。とにかく、やってみる。これが人生のコツだな。まあ、冬也君は若いんだから失敗を考えないで冒険してみなよ」
そう言って畑山さんは大きな声で笑った。
*
ユンボの資格を得たので工事用ユンボを買った。
それは小型の物で、軽自動車の半分くらいの大きさ。狭い工事現場や家庭で使われるタイプ。
ユンボは畑山さんのツテで安く手に入れることができた。それは中古だが、畑山さんがメンテナンスしてくれたので、ディーゼルエンジンなどは快調。おばあちゃんの家まで、畑山さんがトラックで運んでくれたのだ。
何に使うのかと畑山さんに聞かれたので、庭の整地に使うと答えておいた。
とりあえず、この基地で練習してから異世界に持って行く。大きさ的に洞窟は通ることができないので、いよいよマジックボックスの出番だ。
ユンボを使えばスザンヌの家の生活環境も改善できる。
異世界でのスローライフも充実するだろう。




