44、アルバイト
ホームセンター小次郎では、午前八時半に朝礼が始まる。
広い売り場の中央に社員達が集まり、石塚所長に注目していた。
注意事項などの説明が終わり、恒例である締めのコールを行う。
「では、今日も一日、頑張りましょう!」
「はい!」
広い店内に集まっている社員やアルバイトが同時に答える。
そして、三十人ほどの社員達は自分の持ち場に向かった。
「おい、冬也君。配管用のパイプを用意しておいてくれや」
軽い口調で僕に指示したのは、先輩の井上健一だった。
小太りで僕と同じくらいの身長。8歳年上で新人アルバイトの教育担当だ。僕は先週から、このホームセンターで働いており、彼の指導を受けてリフォーム工事などの指導を受けている。
僕は倉庫に入って、二メートルほどの鉄パイプやビニールパイプを担いでトラックに運んだ。パイプ同士を接続するエルボやニップルも段ボールごと荷台に載せる。
「じゃあ、行こうぜ、冬也君」
井上がトラックを運転し、僕が助手席に座った。
今日の作業は配管の水漏れ修理。井上がメインで僕は手伝いをしながら仕事を憶えるというオンジョブトレーニングがこの会社の教育方針だ。
ホームセンター小次郎は、広大な敷地の一角に建っており、敷地の中央は広い駐車場になっていた。その駐車場を取り囲むようにスーパーや百円ストアー、リサイクル店、スマホショップが並んでいる。
うちの会社の基本はDIY用品の販売なのだが、付帯業務として家のリフォームや水漏れ修理などの作業も受け付けていた。
社員専用の裏の駐車場から出て、作業場所に向かう。
僕は名目上、叔父さんの会社に正社員として在籍しているのだが、滅多に東京のオフィスに行くことはなく、自宅近くのホームセンターでアルバイトとして働いている。叔父さんへの謝礼は異世界で稼いだ金貨を渡しているのだ。
目的の住宅に到着した。
それは二階建ての一般住宅で、床下から水が流れる音がするので、調べて欲しいということ。
主人の許可を取って、井上は床板を外して床下に潜り込む。
しばらくして、汚れた作業着で彼が出てきた。
「配管のジョイントが劣化して水漏れしていますね。それを交換しないと」
「はあ、そうですか……」
家の主人である、おじいさんが無表情で答える。
「パイプは鉛管を使っているので、それも鉄の物に変えた方が良いでしょう」
「はあ、そうですか。それで、費用は……」
井上はメモに何かを書き込んでから、それを相手に渡して金額を言った。
「はあ、分かりました。よろしくお願いします」
おじいさんの承認を得たので、僕達は工事に取りかかる。
水道の元栓を閉めてからレンチでジョイントを外す。パイプを必要な長さに切って両端をねじ切りした。
配管の中をブラシで掃除しようとしたが、面倒だからやらなくて良いと井上に言われた。
井上が新しいパイプを取り付ける。僕は見習いという立場なので、床下の地面に這いつくばって、それを見ていた。
「よし、終了」
井上が床下から出ようとしたので、疑問に思ったことを聞いてみる。
「あのう……、防水テープは巻かなくて良かったんですか?」
通常、パイプのねじ切り部分に白い防水テープを巻いてからネジ締めすると僕は教わっていた。
彼は少し顔をゆがめる。
「いいんだよ。少しエルボをキツく締めておけば水漏れすることはない」
言い捨てて彼は上に出て行く。
釈然としない気分で僕は後に続いた。
会社に帰ってからは倉庫の整理や展示品のチェックだ。たまにレジの応援に呼ばれることはあるが、そういった軽作業は女子社員が担当していて、男は重量物の移動などの仕事をやっていた。
昼休みは交代制のシフトになっている。
スーパーで買った弁当を食べ終え、休憩室で缶コーヒーを飲んでいると、井上が話しかけてきた。
「おい、冬也君。君は一人暮らしだったっけ?」
「はい……そうですけど」
彼が作り笑いを浮かべて顔を近づけてきた。
「今度さあ……君の家に行ってもいいかなあ」
「はあ、まあ、いいですけど、何のお構いもできませんよ」
「ああ、いいよ。ちょっと世間話をして親睦を深めようと思っただけだからさあ」
「はあ、いいですよ……」
何だろう。嫌な感じがする。もしかしたら、こいつはホモなのかなあ……。嫌だなあ。
盗賊に襲われたことを思い出す。
しかし、会社の先輩の申し出を断ることもできない。
今度の火曜日に会う約束をした。
ホームセンターは年中無休なので、休日出勤のシフトがある。
僕は金曜から月曜の四日間の変則的なスケジュールだ。
*
火曜日の午後、自宅でのんびりしているとチャイムが鳴った。玄関に出てみると、井上をはじめとした中年の男、四人が立っていた。
「ああ、どうぞ、上がってください」
不審に思うのだが、門前払いすることもできない。
彼らは今のテーブルに着く。客のもてなしには慣れていない僕だが、接客用の茶碗などは用意している。
彼らの前に麦茶を出した。
井上の他は初対面だ。
しばらく僕と井上が仕事の話をしてから、突然、初老の男が笑顔で話し出した。
「君は宗教とかに興味はないかな」
返事に困り、居間は静かになった。四人が僕の方を見つめている。
そういう事だったのか。
「あ、いえ、特に……」
「私たちはS教会に入っているのだが、君も集会に参加してみないか。いろんな人と話ができて楽しいぞ。女の子もいるし」
「はあ……」
気が重くなった。
井上が僕を見つめる。
「冬也君。一度だけでも様子を見に来たらどうかな。悩み事があったら相談することもできるし、君の人生において有益だと思うんだけどなあ」
「そう、言われましても……」
井上から頼まれても宗教団体に入る気はない。
「冬也君。いつまでもアルバイトをしているわけにもいかないだろう。僕が正社員として雇ってもらうように頼むこともできるんだけどなあ」
そっちから攻めてきたか。
「いや、あの……、親から宗教関連には入らないように言われているので」
「あれ、冬也君は家族と絶縁状態にあるんじゃなかったの?」
ああ、そうか。以前、井上に身の上話をしたことがあるような気がする。
「いや、親というか親代わりの叔父さんからなんですよ」
「ふーん、そうなんだ……」
井上が目を細めて僕を見る。
言い訳していることがバレバレなんだろうな。
初老の男がため息をついた。
「まあ、後は井上君と会社で話していただこう」
そう言って男が横目で井上を見る。
「そうか、会社では面倒を見てやっているのに……仕方がないかな」
井上は口を歪ませて僕を見ていった。
しばらく皆は黙り込んで、後は軽く世間話などをしてから彼らは帰っていく。
見送った玄関に立ち、僕は深いため息をついた。
*
金曜日に出勤すると井上の態度が変わっていた。
「おい、冬也! 倉庫の整理は終ったのか」
女子社員が振り向くほどの語気で井上が怒鳴る。
前は、冬也君だったが呼び捨てに変わったか。
「あ、いや、まだですけど」
井上から命じられて休憩室の掃除をしていたのだから、倉庫にまで手が回るはずがないことを知っているのに。
「さっさとやれよ! アルバイトだからってサボっていい訳じゃないんだぞ」
「は、はい……」
これが有名なパワーハラスメントというやつか。社会に出てもガキンチョはいるんだよな。
それからは、社内で井上から怒鳴られるのが当たり前になった。
他の社員も僕が苛められているのを知っているのだが、面倒ごとに巻き込まれるのが嫌なのか知らんぷりをしている。
これでは学校で苛められていたときと変わらない。
会社でも学校でもバカと子供はいる。社会人になったら大人になれよ、と思うのだが、どこの場所に行っても人間の質が変わることはないようだ。
「会社を辞めようかな……」
生活費に困っていないので、退職するのは簡単だ。仕事がなければ異世界のスザンヌの家に入り浸れば良い。
しかし、リフォームのスキルを身につけたいという気持ちもある。スザンヌの家での生活を合理的にしたい。
学校にいた頃は、苛められるのが特別なことで、社会に出れば皆が真面目に仕事に取り組んでいると思っていた。
社員は皆、大人の考え方をしていてハイレベルなやりとりをしている。そのように思っていたのは、僕の願望でしかなかったのか。
それならば……。
それならば、学校でやったことと同じ対応をするしかない。




