43、大事な何か
朝食後に皆でリフローの町に行くことにした。
3輪バギーを僕が運転し、後ろの席にはスザンヌが座って僕の体に手を回す。荷物を積んだリヤカーを繋ぎ、荷物の隙間にはクリスが座った。
スザンヌの家は山の中にあるが、そこからリフローの町までバギーを使えば1時間もかからない。
四月に入ると山道に積もっていた雪も消えて、遠くの高い山に残っている雪が白い筋のように見えるだけ。
町から一キロほど手前で止まり、道から離れた茂みにバギーを隠した。町の中にバギーで入っていくと目立ってしまうだろう。
リヤカーを切り離して、僕が引いていく。後ろではスザンヌが押していた。
町のギルドに入り、砂糖を納入する。
それから、露店を開いてスザンヌが調合したポーションや日本から持ってきた食器などを売った。
昼には商品が売り切れたので、露店をたたみ、近くの食堂で昼食を食べる。
そのメニューよりも、日本から持っていた食材でスザンヌが作る料理の方が旨い。異世界は調理技術が遅れているようだ。
「もう、かなりお金も貯まりましたよね」
シチューを食べていたスザンヌがスプーンを止めて僕に微笑む。
「そうだね……、五千万ペセタに到達するのも、そう遠いことじゃないかな」
僕は頭の中で日本円に換算する。それは計算するほどでもなく、五千万ペセタは約五千万円に相当するのだ。
「ええ、でも……そんなに早く借金を返す必要はなくて、それなりの余裕ができてからでも遅くないと思うんです」
「と言うと……?」
僕は顔を上げて彼女を見る。
「貯金がなくなってしまうと、何かが起こったときに困るんじゃないかと……」
「ああ、そうだね……」
借金取りから返済を迫られているわけではない。六千万ペセタくらいに増えてから五千万ペセタを返せば良いか。
「ああ、そうだ。僕は先にマジックボックスを買おうと思うんだ」
「マジックボックスですか……。それがあれば多くの物を日本から持ってくることができるでしょうけど、一千万ペセタもしますよ」
「だけれど、それがあれば日本から自動車などを持ってくることができるんだけどな」
スザンヌは小さく首を振る。あまり良い顔をしていないな。
「まあ、トウヤさんのお金ですから」
そう言ってシチューを食べ始めた。
隣の席に座っているクリスは固いパンを頬張っている。
食堂を出て、バギーを隠している茂みに向かう。
三十分くらいリヤカーを引いて歩いて行くと、ようやく茂みに着いた。
バギーを引き出そうとすると、それをいじられている形跡に気がつく。
「スザンヌ!」
彼女に注意を促そうとして呼びかけると、草の中から二人の男が現れた。
「おい、兄ちゃん。その変な乗り物を俺たちにくれないかなあ」
ニヤニヤ笑って近づいてくるゴツい男達。
一人は頭がツルツルで四角い顔をしていて、もう一人はヒゲ面の屈強な男だった。僕よりも大きくガッシリとした体。
「なによ、あんた達!」
クリスがスザンヌの後ろに隠れながら言う。
「動かそうとしたんだが、使い方が全く分からねえ。どこで手に入れたんだよ、この変な乗り物は?」
肩を怒らせてツルツル頭が僕に近づいてくる。
まあ、キーがないとエンジンを動かすことはできないよな。
「どこだっていいだろ……」
すると、男は僕の胸ぐらをつかみ、見下すように顔を近づけてきた。
異世界には暴力的な人間が多いな。まあ、日本にもそれなりにいるが。
「さっさと使い方を教えろよ。てめえの可愛い顔を潰されてもいいのかぁ?」
「それは困るなあ」
「そうだろう……、さっさと乗り方を教えろ。そうしたら命は助けてやるぜ。まあ、逃げる前にグラマーな姉ちゃんにも乗せてもらうけどな」
嫌らしそうな視線でスザンヌを見る。
僕は男の腹に膝蹴りを入れた。
「グホッ!」
男は僕から離れて身をかがめる。
盗賊から襲われたとき以来、暴力に対応する術を考えていたのだ。
僕は腰に差していた警棒を振ってシャキーンと伸ばす。叔父さんから用意してもらった伸縮式のスティール製だ。
その警棒で思い切り頭を殴る。
「グアー!」
頭から血を流して草むらに倒れた。
殺す気でかからないと僕たちが蹂躙されるだろう。
「このガキー!」
ヒゲ面が僕に向かってくる。
しかし、彼は僕の方に手を伸ばしたまま硬直した。
横にはスザンヌが立っていて、持っているスタンガンの電極からは火花が散っている。
バタリと倒れるヒゲ面の男。
「ざまあみやがれ」
クリスの勝利宣言。
僕たちは暴力的なことにも慣れてきたかな。
「それで、こいつらはどうしますか。トウヤさん」
スザンヌもそんなに動揺している気配はない。
「まあ、ドレインして体力を消耗させるしかないよね」
また、僕たちを襲ってくることも考えられるが、こいつらを殺すこともできないだろう。
僕はヒゲ面の肩に手を置いてリンクを繋ぎ、エナジーを吸い取る。
近くに倒れていたツルツル頭が、頭から血を流してフラフラと起き上がった。
「まだ、寝ていなよ」
そいつを思いきり蹴飛ばす。そして、同時に足でリンクを繋いだ。
「チクショウ……」
男は血まみれの頭を押さえて震えていた。
今、初めて知ったのだが、二人同時にドレインをすることができるらしい。
直に触れている方がドレインのスピードが速いので、僕はツルツル男の腰に手を当てて、エナジーを吸い取った。大量の黄色いエナジーが入ってくる。ドレインのスピードも速くなったようだ。
「チクショウ。何者だ、てめえは……」
ツルツル頭がグッタリとしてつぶやく。
黄色い生活エナジーを吸い尽くしたので、今度は扉の奥にある生命エネルギーを引きずり出すつもり。
ドレインしたときに見える扉のイメージ、僕はその扉に手を掛けてこじ開ける。そして、中の白い液体を引きずり出した。
「イギー!」
相手は絶叫をあげ、身をよじって逃げようとした。
「まだ、スペシャルサービスは終っていないよ」
男の腹に腰掛け、首に手を当ててドレインを続ける。
「やめろぉ! 何者だよ、てめえは……」
何をされているのか分かっていないだろうが、非常に大切なものを無くしていることは理解しているよう。野生動物もそうだが、ドレインは非常に危険なスキルだと直感的に分かってしまうのか。
半分以上の白いエナジーを吸い取った。
「やめてくれ……。頼む、頼みますぅー。お願いします、お願いしますから、もう勘弁してください……」
四十歳くらいの男がダラダラと涙を流している。血圧が上がっているせいか、頭の出血が止まらずに雑草を黒く染めた。
逆の立場だったら、面白がって笑いながらドレインを続けるだろう。悪党に対して容赦する必要はない。こいつの大切なものを奪い取ってやるのだ。
九割くらいのエナジーを吸い取ってから手を放した。
ドレインしているときは、喉が渇いているときに水を飲むような感じで、最後の一滴まで飲み干したい欲求がある。だが、全ての生命エネルギーをなくした人間がどうなるか、想像に難くないので僕は男から離れた。
次はヒゲ面の方。
暴れないようにロープで両手を縛り、木に繋いだ。
うつ伏せにして、背中に座る。そして、首に手を当ててドレインを始めた。
黄色いエナジーを吸い取り、奥の扉を開ける。
「グホッ!」
目が覚めた男は海老のようにバタバタと暴れ出し、僕は放り出された。
近くの木に頭をぶつけたが、吸い取ったエナジーを使って傷を治癒できる。
「おとなしくしなさい」
スザンヌが男の首にスタンガンを当てると、バタンとおとなしくなる。
白いエナジーは直接触っていないと抜き取ることができない。また僕は男の背中に座る。
エナジーのぶんどりを再開。
「いったい、お前は何なんだよ……」
男の震えが僕の尻に伝わってくる。失ってはいけないものを失う恐怖は、ドレインされた人間じゃないと分からないのだろう。
「悪魔だ……この悪魔め」
首をねじって僕を見ている。その視線には、ありありと恐怖が浮かんでいた。
「その悪魔に手を出したお前が悪いのさ」
もう、白いエナジーの半分以上を吸い取っている。
僕は悪魔なのだろうか。それとも、死神に近いものなのだろうか。
「ごめんなさい、ごめんなさい。もう悪いことはしません。だから、許してくださいよぉ」
男が泣き出す。しかし、ぼくは、ここでドレインをやめる甘ちゃんではない。こんなやつらは息をするように嘘を吐くのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい。助けて、助けて下さい。ああ……俺が無くなっていく。俺の未来が消えていくぅ……。俺の大事な、ああ、大事な何かが消えていくんだよぉ。ああ、神様ぁ」
涙は涸れて、ただ震えるだけ。
ほとんどのエナジーを吸い取ったので、僕は立ち上がった。
「こいつらはどうします?」
スザンヌに聞かれても、どうしたら良いものか。
「とりあえず、放っておこう。もう、僕たちに関わることはしないだろう」
これに懲りて、遠くに逃げてくれれば良いのだけれど。
男の手を縛っていたロープを外し、服を探って凶器を探す。二人とも大きなナイフを持っていたので、それを遠くの茂みに投げ捨てた。
リヤカーをバギーに繋いでいると、つぶやきが聞こえてきたので振り返る。
「エヘヘヘヘヘ……」
ヒゲ面の男が笑っていた。
目はうつろで、能面のような表情。男は口を半開きにして小さく笑う。
「エヘヘヘヘヘ……」
僕たちは何も言わずに、彼に視線を集中させていた。
「さあ、帰りましょう。トウヤさん」
気持ちを切り替えるようにスザンヌが促す。
「ああ、そうだね……」
僕達は、その場を離れた。
異常な世界からは脱出して、楽しいスザンヌの家に帰るのだ。
春の日は長く、天には太陽が健在だ。しかし、うっそうとした森の中に入ると薄暗くなり、僕は少し怖くなった。
バギーのアクセルを回す。早く、現実世界に戻りたい。




