36、扉の奥
「とりあえず、こいつらを縛ろうか」
殺すとしても、この家を汚したくないし、人が死んだという事故物件にしたくない。それに、寝室で寝るたびに盗賊の幽霊を恐れなければならなくなるだろう。
僕は自室から結束バンドを持ってきて、スザンヌと一緒に盗賊たちを動けないようにした。
両手を後ろ手に縛り、両足首を固定する。さらに、海老反り状態にして手と足をつなげた。これで動くことはできないだろう。スザンヌに手伝ってもらって玄関先に放り出した。失禁すると困るからね。
「これからどうします」
スザンヌの眼には、始末してしまおうという催促の光があった。
しかし、まだ殺すという決断ができない。
「ギルドに引き渡すというのはどうかなあ」
聞くと彼女は首を横に振る。
「渡しても数年の強制労働で解放されます。その後で必ず復讐しに来るでしょう」
そうか、この異世界では西部開拓史のように自分の身は自分の力で守るしかないのか。
「とりあえず、ドレインでエナジーを吸いつくしておこう」
僕はボスの体に手を当ててドレインを開始した。
今までエナジーを完全に吸いつくしたことはない。どうなるか、こいつらで試してやるか。
ガンガン吸い取っていると、ボスの体がブルブルと震えだす。
だが、僕はドレインを止めることはしない。念のために極限まで吸い取ってやるんだ。
いつも、リンクすると相手の中にエナジーを溜めるタンクのようなものを感じる。そこからドレインするのだが、そのタンクが空になっても奥に扉があり、それを強引にこじ開けてエナジーを吸い取ることができる。
今まで試したことはないが、クリスに暴力を振るった憎たらしい盗賊なら、行くとこまで行っても構わないさ。
僕は男の扉を無理矢理に開けた。
「ヒッ!」
気絶していたボスが目を覚まして声を上げた。
いつも感じるエナジーは、黄色く光るガスのようなイメージだが、扉の奥には白く光る流体のようなものが詰まっている。
ためらうこともなく僕は白いエナジーを自分の中に奪い取っていった。
「やめろ、やめてくれ……」
子犬のような目でおびえている。
僕は、そんなにヤバイことをやっているのだろうか。
「助けてくれ……」
スザンヌに助けを請う。
「うるさいわね」
ゴミを見るような目で彼女は思い切り顔面を踏んだ。
スザンヌは結構、過激な性格をしていたらしい……。
ボスは気を失って失禁し、ズボンから湯気が立ち上る。外に出しておいて良かった。
扉の奥のエナジーを半分ほど吸い取ってから許してやった。
今度はヒゲ面の大男の番。
首に手を当てて急速ドレインだ。黄色いエナジーを吸い尽くしてから扉をこじ開ける。
「ウギャー!」
ビックリするくらいの大声を出した。
少しビビッたが、構わずに白いエナジーを引きずり出す。
「ヒッ! やめて、やめて、やめてくださいよー、お願いしますからー」
顔に似合わない乙女のような台詞だ。そんなに白いエナジーを奪われるのが怖いのか。
ボスと同じように半分だけで勘弁してやった。
次は小男のジール。
ジールはボス達の様子を見て、ただならぬ事態だと把握して身もだえる。
「この野郎! 何をしてやがんだ。俺を放せ」
その表情は恐怖で引きつっている。
僕はジールのツルツル頭に手を当て、扉を開けて白いエナジーを吸った。
「ピギー!」
ブザー音のような叫び声。
海老反りに縛られているのに、グルンと体を回して僕から離れた。
「逃げるんじゃないわよ!」
股間にスザンヌのトーキック。ジールは呻いてビクビクと震えた。
ああ、それは痛いよなあ……。スザンヌは盗賊に襲われたことをずいぶん怒っているんだな。
エナジーを吸った後、3人はグッタリとして動かなくなった。
「さて、どうするかな……」
スザンヌとクリスは部屋を片付けている。
予想したとおり、部屋は荒らされていた。食品は食い散らかされており、床に食べ残しが散乱している。
「さて、どうするか」
クリスの言うとおり、キングボアの縄張りに放置するかな。
その時、ひらめいた。
「そうだ、日本への転送実験に使おう」
今まで生物を日本に転送したことがない。このサンプルを使って試してみようか……。
成功すれば、スザンヌたちを日本に連れていくことができる。異世界でどうしようもなくなったときは、日本に逃げることができるようになるのだ。
そのことをスザンヌに話すと、しぶしぶ賛成してくれた。
「それで、二ホンのどこに転送するんですか」
「うん、北海道に置いて来ようと思う」
「ホッカイドー?」
「うん、子供の頃に家族で温泉旅行に行ったことがある。記憶がはっきりしているから転送できるはずだ」
あの頃は楽しかった。あの世界はどこに行ってしまったのだろう。
「二ホンに連れて行って大丈夫なんですか」
「ああ、行くのは人がいない山奥だから、まず生き残ることは不可能だろう」
僕は彼女と一緒に盗賊達をリヤカーに詰め込んだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
3輪バニーに座ってスザンヌ達に片手をあげる。
「お兄ちゃん、なるべく早く戻ってきてね」
クリスが顔をしかめて言った。盗賊たちに襲われるという経験をしたのだから無理もない。
「ああ、さっさと片付けて帰ってくるよ」
僕は子供の頃の記憶をたどり、北海道に転送した。
*
夜の森は思ったよりも暗くて静かだった。
道路よりも、かなり離れた場所に転送している。
冬の北海道は想像していたのよりも寒い。ジャケットを着ていても冷気が肌に染みこんでくる。
バギーを降りて、ランタンの明かりで盗賊達の息を確認すると、彼らは確かに生きていた。気絶しているだけで、外観にも異変はない。僕は人間を問題なく転送することができたのだ。今度はスザンヌ達を日本に招待しよう。
スマホで地図を確認すると、ここは北海道の中央辺り。向こうに温泉街があって、そこに父が運転する車で行く途中、僕だけ降りたのがここだ。この場所の記憶を僕は鮮明に持っていた。
盗賊達をリヤカーから担ぎ上げて、草むらに放り出す。そして、深くへこんでいる場所に盗賊を放り投げた。
最後の一人を運ぼうと小男の腕を持ったとき、何かの気配を感じた。見ると、5メートルほど先にランタンの明かりによってボンヤリと黒い物体が浮かび上がっている。
低くうなり声を上げている。それは熊だった。
僕よりも大きな野獣だ。最近の熊は冬眠しないのかよ。
背筋が震えて呼吸が激しくなり、大量の白い息が空中にほどけていく。
そいつは、ゆっくりと近づいてくる。熊は人間を食べるんだっけ? 僕より先に小男のジールを食べてくれれば良いのだけれど、その保証はない。
バニーに飛び乗って逃げるという方法もあるが、熊の方が速い気がする。
「あ、そうだ……」
僕はジールにドレイン能力を使った。
ツルツル頭に手を当てて、扉の奥の白いエナジーを吸い取る。ジールはブルブルと震えているが、構わずに僕の中に引きずり込む。
唸りながら近寄っていた熊はピタリと立ち止まる。
そして、こちらを警戒しながら急に向きを変えると一目散に逃げていった。
やはり、野生動物はドレインを極度に怖がるらしい。エナジーを吸い取られることを本能的に危険だと感じているのだ。
ホッと安堵して、草むらに座り込む。
隣のジールは小刻みに息をしていた。
立ち上がってバギーのエンジンを掛ける。熊は音がすると怖がって近寄ってこないという話を聞いていたからだ。
ジールを斜面に放り投げ、3人に対してダメ押しのドレインを行ってから結束バンドをニッパーで切った。
それは死体が見つかったときに犯罪だと思われないためだ。死因は心不全か寒さによる衰弱死と警察は判断するだろう。人通りの少ない道だから、発見されるのは数年後になると思うが。
彼らを放置して僕はバニーに乗った。
後は山道を抜け、幹線道路に出たらバスに乗って空港を目指すつもり。
リヤカーを繋いだまま、熊とは反対方向にバギーを発進させた。




