32、クリスマス・イブ
自動車教習所に通っているので、なかなか異世界に転送することができない。
田舎にも教習所はあって、都会よりも楽に免許を取得できるというのだけど、基地から遠いので通うのが大変だ。
やっと仮免許の修了検定に合格したので、これからは路上教習になる。
教習が一段落したので、しばらくぶりにスザンヌの家に転送した。
*
バギーから降りて辺りを見回すと、森の木々が色づいていた。昼過ぎでも空気が冷たくなっているし、この世界も冬になっているんだなあ。
スザンヌの家のドアをノックする。
「いらっしゃい、トウヤさん」
ドアが開き、笑顔のスザンヌが迎えてくれた。
「ああ、スザンヌ。今日はクリスマス・イブだからケーキを持ってきたよ」
「クリスマス……イブ?」
彼女は小首をかしげる。この異世界にクリスマスはない。
僕はスザンヌと一緒にリヤカーに積んでいた荷物を家の中に運んだ。
居間のテーブルにケーキの箱を置く。
「あれ、クリスは?」
「ちょっと薬草を採りに行ってるわ。帰るのは夕方になるかも」
今日は一人で行っているのか。今まではスザンヌと二人で行っていたはずだけど。
「キングボアは大丈夫かな」
「縄張りに入らなければ襲ってくることはありませんよ。それにトウヤさんを怖がっているのか、この近くでは見かけなくなったので」
「ああ、そうなんだ……」
それだけ野生動物はドレインを恐れるんだな。自分のスキルやエナジーを吸い取られては、たまったものじゃない。
僕は自分の荷物を自室に運んだ。
イスに座って自動車の学科試験の教本を読んでいるとノックもせずにスザンヌが入ってきた。
「ちょっといいですか」
そう言って僕の膝に座る。
彼女のお尻の感触がマシュマロのように柔らかい。
「あ、あの、スザンヌ……」
彼女は「エへへ」と笑って立ち上がり、ベッドに移動した。
僕の心拍数が上がる。
そのベッドはリフローの町で買って、届けてもらった物。寝心地は悪いのだが、ベッドのように大きい物はリヤカーに乗らないから日本から持ってくることはできない。
「ねえ、スザンヌ。スザンヌは将来の夢とかあるの?」
「将来の夢ですか……」
彼女は短いスカートの上で手を組む。僕の前では、派手な服を着ることが多いような。
「うん」
清水さんの話が頭の隅に残っていた。
「特に考えたことはないですね。今までは生きていくだけで精一杯でしたから」
「そう……だよね」
「でも、今はトウヤさんと一緒に生きていくことを決めていますよ。この先もずっと一緒に」
そう言ってほほ笑む。
僕の胸に温かいものが満ちた。
「トウヤさんはどうなんですか。何か夢とかあるんですか」
「うーん、いや、ないかなあ。このままの暮らしを続けていければいいと思う」
「そうですか、でも、やりたいことがあれば、すぐにでもやったほうが良いかもしれませんね。人生の時間は限られていますから」
清水さんと同じようなことを言っている。
「うん、おばあちゃんも良くボヤいていたな。あっという間に歳を取ったって」
「でも、どうして、そんなことを聞くんですか」
「うん、クラスメートの清水さんから言われたんだ」
彼女の微笑みが少し曇った。
少しの沈黙。部屋の隅に置いてある石油ファンヒーターの排気音が聞こえてくる。
「シミズさんというのは女ですか?」
「うん、そうだけど」
スザンヌの笑顔が消え、彼女は目を細めた。
右手でポンポンとベッドをたたく。ここに来いということか。
立ち上がって彼女の右に座る。
「トウヤさん」
彼女の腕が僕の首に回り、きつく締め付けた。暴慢ともいえる豊満な胸がグイっと背中に当たっている。
「トウヤさん。そのシミズという女とはどういった関係なんですか」
スザンヌが耳元でささやいた。声にトゲが生えている。
「いや……ただの友達だよ」
首を絞めている腕に力がこもった。
「本当に、ただの友達ですか?」
「本当だよ、特別な関係じゃないから」
「だったらいいです……」
腕がほどかれ、僕の肩に頭を乗せた。
「浮気してはダメですよ」
「そんなことはしないよ! 僕を信じて」
もしかしたら嫉妬しているのか。まあ、そういった態度も可愛い。
僕は、スザンヌ以外には目もくれない。スザンヌは僕の聖女だ。女王様なんだよ。
「そうだ、クリスマスケーキとやらがあったんですよね」
彼女は立ち上がってドアを開ける。
「トウヤさん、一緒に食べましょう」
心がホンワカするような、いつもの笑顔に戻っていた。
居間のテーブルに着いてケーキを食べることにした。
イチゴが乗っている大きめのショートケーキ。洋菓子店で買ってきた、少し高めの物。
僕はイチゴを先に食べる。そして、紅茶を一口飲むと、目の前のスザンヌがスプーンにケーキをすくって僕に差し出した。
「はい、トウヤさん。あーん」
いたずらっぽく笑っている彼女。口先にスプーンが迫っている。
ああ、これがイチャラブというものか。本当に存在したんだ。
「あーん」
そう言って僕は、まるでバカみたいに口を開けて待つ。
「うそでーす」
スプーンをUターンさせて自分の口に入れた。
クスクスと笑う彼女。
僕はバカみたいに口を開けたままに苦笑する。こんなシーンも楽しいな。
「ただいま!」
玄関のドアが開いてクリスが入ってきた。背中に薬草を入れたカゴを背負っている。
「あー! ずるい。二人だけでお菓子を食べて」
大声で言って両手を腰に当てる。
「大丈夫よ、クリス。あなたの分もあるから」
照れくさそうに笑って、スザンヌは紙箱からケーキを取り出して紅茶の準備を始めた。
「もう、ちょっと目を離すと、すぐにイチャコラするんだから」
頬を膨らませてクリスが席に着く。
僕は苦笑いするしかなかった。




