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31、ライン登録

 季節は流れ、期末テストが始まった。

 必死に勉強していたが、不登校のブランクは大きい。今回はドレインを使っていないので結果は中の下といったところだろう。


 中間テストとのギャップが大きいので、前のテストはカンニングだと担任に確信されているようだ。

 しかし、逆に言えば今回はカンニングをしていないと証明していることになる。


 教室の窓から見える風景は晩秋の色に変わった。

 異世界は日本の季節とほとんど同じようで森の色も、映える緑から、くすんだ茶色に変化している。


 尚美は学校に来なくなった。

 聞いたところでは自主退学したらしい。

 それは人生に絶望しているのではなく、自分の道を模索するためだろう。


 僕を苛めていた4人はおとなしくなった。

 彼らの顔は精彩を欠き、目立つことのない学校生活を送っている。


 野球部のエースだった高田は、退部して帰宅部になった。スポーツ特待生で入学したから、その資格を失えば一定以上のテスト結果を求められる。勉強が苦手な高田は、学校を休みがちになった。


 軽音部の後藤は音楽を諦めたようだ。ほとんど学校に来ない。欠席した日は家で閉じこもっていると聞く。出席日数が少ないので、退学という話も出ている。


 エースストライカーの滝沢は部活動を辞めた。

 毎日、登校しているが、授業中はボンヤリとグラウンドを見ているそうだ。


 秀才だった内藤は学年最下位レベルの成績になってしまった。

 中間テストの後に、3回の追試を受けたらしい。期末テストでも追試を受けないと卒業できないだろうな。


 皆の人生は曲がってしまった。僕が曲げてしまった。しかし、何とか生きていくだろう。死んだわけじゃない。


 皆は僕のせいで資質が消えてしまったと思っているのだろう。でも、証拠があるわけではないし、僕を責めたところで売ってしまったスキルはどうしようもない。

 それに、俺のスキルを返せ、と僕に迫ったら頭がおかしくなったと皆に思われてしまう。


 ただ、僕のことは、何か変だとクラスの皆も感じているようだ。それによって僕をいじめる人間はいなくなったのは幸いなこと。

 まあ、しばらくドレインは控えることにすればいいさ。



 期末テストが終り、冬休みに入った。

 テスト結果は思った通り、平均点くらいで何とか卒業のめどはついた。


 3年生は、もう授業はないので3月の卒業式まで学校に来なくても構わない。


 僕は、自動車教習所に通うことにした。

 都会では持っていなくても困らないが、おばあちゃんからもらった基地がある田舎では自動車が必須。

 免許を取ったら中古の軽自動車を買うつもりだ。それによって大きな物を購入することができる。



  *



 昼過ぎ、アパートの寝室で基地に行く準備をしているとスマホが鳴った。

 見ると知らない番号だ。とりあえず出てみるか。


「もしもし」


「あ、あのう……清水ですけど……近くに来たので加賀君のアパートに行ってもいいかしら」


 僕の脳は一時停止した。

 どうして、清水美代子さんが僕のアパートに来るのだろう


「あ、ああ、いいですよ。散らかってますけど……」


 断る理由はない。


「じゃあ、行きますね。コンビニでお菓子でも買っていきますから」


 そう言って電話が切れた。


「どうしよう……」


 とにかく、ゴミだらけの部屋を何とかしないと。

 僕は散らかった本や食べたカップラーメンの容器などを片付け始めた。

 この2LDKの部屋は客など滅多に来ない。たまに叔父さんが様子を見に来る程度だ。叔父さんも僕と同じく無頓着な性格だから乱雑な部屋でも文句を言わない。


 居間に掃除機を掛けているときに玄関のチャイムが鳴った。


「はーい」


 掃除機を部屋の隅に置いて玄関に出た。

 そこに立っていたのはベージュのコートを着た清水さん。


「こんにちは、いきなり来ちゃってごめんなさいね」


 右手にコンビニ袋を提げている。


「どうぞ、上がってください」


 彼女を居間に案内した。

 隣は寝室で、ヤバい物を放り込んでいる。そこは絶対に立ち入り禁止だ。彼女に見せてはいけない。


 コタツに座ってもらう。

 来客用の用意はしていないので、炭酸ジュースのペットボトルと紙コップを置いた。


「今日はどういった要件で……?」


 聞くと彼女は少し口をすぼめる。


「用がないと来ちゃいけなかったかしら」


 そう言って、コンビニ袋からカスタードクリーム鯛焼きを取り出す。


「あ、いや、そんなことはないよ」


 清水さんはベージュのコートを脱いだ。

 白いブラウスにチェック柄のスカート。制服以外の姿を見るのは初めてだ。


「どうぞ、食べてちょうだい」


 そう言って白い鯛焼きを差し出す。

 僕は、鯛焼きをパクパクと食べてジュースで流し込む。喉につかえてむせてしまった。

 清水さんはクスッと笑う。


「加賀君は進学しないのよね」


 彼女は鯛焼きの尻尾を軽く噛んでから言った。長いポニーテールを胸の前に出すのは定番なのか。


「うん、叔父さんの会社を手伝うことにしたんだ」


 それは建前だ。会社に社員として登録してもらうが、僕は異世界でスザンヌと商売をするつもり。日本では仕事をしていないと世間体が悪いので、形だけ働いている振りをするのだ。社会保険とかも払ってくれるというからありがたい。

 まあ、そういった費用は僕が持ってきた金貨から経費として引かれているのだが。


「清水さんは大学に行くんだよね」


「うん、在学中に調理師の免許を取るつもりなの」


「調理師?」


「うん、それで将来は小さな喫茶店を開くつもりよ」


「へえー、そうなんだ……」


 そんな夢を持っているとは知らなかった。


「加賀君は将来のビジョンとかないの?」


「うーん、将来の夢とか考えていないなあ……」


 ずっと異世界でスザンヌと生活できれば良い。それだけが僕の望みだ。異世界スローライフを過ごせれば満足で、それで良いと僕は思う。それを他人に悪いとは言わせない。


「今からでも先のことを考えるべきよ。人生は短いんだから」


 清水さんはにこやかな笑顔で、首を少し傾けた。


「そうだよね……そうかもしれない」


 おばあちゃんも人生はあっという間だと言っていた。


「卒業したら加賀君と会えなくなるのよね」


「ああ……そうだね」


 しばらくの沈黙。

 うつむいていた彼女は顔を上げ、細い目をさらに細くさせて笑顔を作った。


「数年後に加賀君が仕事に困っていたら、私の喫茶店で雇ってあげるわ」


 フフフと笑って上目づかいで僕を見る。


 「はあ、そのときはよろしくお願いします。店長」


 苦笑いで答えた。


 しばらく会話した後、彼女が求めるのでラインの登録をした。


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