29、言葉にしないと伝わらない
スザンヌは潤んだ目で僕を見つめている。
「スザンヌ……?」
彼女に見られているだけで動悸が激しくなっていく。
「トウヤさん」
「……はい」
「トウヤさんには感謝しているんですよ。あなたがいなかったら私たちはキングボアに殺されていたかもしれない。今の生活が豊かになったのも、全てトウヤさんのおかげです」
「いやあ、そんなに大したことはしていないよ……」
まあ、キングボアに対しては命がけだったけど。
「これからも私たちを守ってくださいね」
「ああ、もちろんだよ」
僕の世界は、この異世界だけだ。他に何もない。高校を卒業したら、こちらの世界に入り浸るつもり。
僕の手を握っていたスザンヌの手に力がこもる。
「トウヤさん……私はあなたのことが好きです」
突然のことに息が止まった。
「えっ、いや、その……」
女の子に告白されることなど初めてだったので戸惑ってしまう。
「トウヤさんはどうですか?」
目と目で見つめ合う。
僕は言葉に迷っていた。
「トウヤさん。はっきり言わないと伝わらないですよ」
そうだ、少女に言わせて、僕が黙っているのは卑怯というもの。
「僕も……スザンヌのことを好きだよ」
言った。言ってしまった。自分の本心をさらけ出してしまった。汗が止まらない。
「うれしい」
彼女は抱きついてきた。
暖かい。柔らかい。良い香りがする。
心にへばりついていた、泥のような不安と恐怖が溶けて流れ出す。僕の心と体は安心感で満たされた。
「私もトウヤさんのことを愛していますよ」
そう言って目をつむる。
これは……そういったことだよな。
スザンヌの唇に僕の唇を重ねた。柔らかくて暖かい唇。
そっと離れると二人の息が荒れていた。
彼女はクスッと笑い、横になって僕の膝に頭を乗せてきた。
膝の重み。彼女の長い黒髪が僕の太ももに広がる。
僕はそっと髪をなでてみた。
ピクンと震えたが、スザンヌは嫌がっていない。
絹糸のように細くて滑らかな髪。
なでている手に彼女は自分の手を乗せた。
「これからはトウヤさんと一緒の人生を歩んでみたい。トウヤさんと一緒に悩んで、あなたを私が支えたい」
僕の指をつまんだり曲げたりしている。
「世界の全てが敵になっても、私はトウヤさんの味方ですよ」
胸が熱くなった。
苦しくなるくらい楽しい。僕は幸せというものを手に入れたんだ。
苛められていた過去でさえ、それによって現在の幸福な自分がいる、と思うことができたのだ。
家を飛び出し、叫んで走り回りたい自分を抑える。
窓を見ると外は薄暗くなっていた。
不意に尚美のことが頭に浮かぶ。
「本当に大切なものを失った人間はどうやって生きていくのかな」
スザンヌは少し寝返って僕を見上げる。
「本当にどうしようもないときは神様に身を委ねて生きていくしかないでしょう」
「そんなものかな……」
スザンヌが言うと、全てが本当のように思えて心に染みこむ。
突然、ドアが開いた。
「お姉ちゃん、晩ご飯はどうするの」
ノックもせずにクリスが入ってきた。
はじかれたようにスザンヌが僕から離れる。
状況を理解して、クリスはドアの前で固まった。
「ごめん、邪魔しちゃったね」
いたずらっぽく笑うと妹は出ていった。
部屋に残った僕たちは気まずそうに目を合わせた。
*
月曜日、教室に入った。
尚美の席は空いている。今日は学校に来ていないのか。
午前の授業が終わり、食堂に行こうとすると、清水さんに呼び止められた。
「ねえ、加賀君。ちょっといい?」
可愛い顔を少しゆがませている。
「う、うん……いいけど。何?」
「上田さんが屋上にいるんだけど、そこから動かないのよ」
「尚美さんが……」
「うん、カバンがあるから校内にいると思って探したら、屋上のベンチに座ったままで授業に出ていないの」
「そうなんだ……」
尚美の机を見ると確かにカバンが横のフックに掛けてある。
「ちょっと、一緒に行ってもらえないかなあ。私一人だと怖いから」
「うーん……」
僕も怖い。僕のドレインが原因で老化したんだ。彼女の前に行くのは、ためらいがある。
でも、美貌は身体的なもので、天分や才能とは違うから少しは回復するということも聞いた。
「ねえ、お願い……」
美少女に胸の前で手を組んで頼まれると断りづらい。
「分かったよ。でも、美代子さんは優しいなあ。前は尚美さんとケンカしていたのに」
「そうなんだけど、クラスメートが悩んでいるのを放っておけなくて」
そうか、美代子さんのように本質的に優しい人間もいるんだなあ。でも、僕のように、陰湿な苛めにあうようなことがあれば考え方も変わるだろう。
彼女に連れられて屋上に続く階段を上った。
ドアを開けるとベンチに座った尚美の姿が見える。
そこまで歩いていき、彼女の前に立った。




