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27、オバサン

 翌日、尚美は登校してこなかった。

 吸い取ったエナジーが多すぎたような感じがするので、機会を見て返そうと思っていたのに……。


「でも、まあ、いいか」


 エナジーは回復するのだから、少し待っていれば元に戻る。明日は土曜日だから、エナジーは売ってしまおう。


 清水さんは僕に声をかけてこない。

 といって、無視されているわけではないようだ。気が付くと僕のほうを見ていて、彼女を見ると素早く目をそらす。清水さんは何を考えているのだろう。



  *



 いつものように異世界に転送し、ギルドで尚美のエナジーを売った。

 今度は最初から800万ペセタを提示されたので、その値段で了解する。いつも思うのだが、どうして、そんなにドレインしたエナジーは高く売れるのかな。


「ねえ、スザンヌ。ドレイン能力については良く知られていないんだよねえ」


 ギルドを出てから、僕はスザンヌに尋ねた。


「ええ、ドレインは特殊な能力なので、あまり詳しいことについては分からないんですよ」


「ああ、そうなんだ」


 どうして尚美はドレインされて暴れたのだろう。

 キングボアと叔父さんもそうだったけど、ドレインを極度に怖がるのは何故なのか。

 まあ、考えてもわからないよね。


「暇なときに教会で聞いてみましょうか。何か分かるかもしれません」


「ああ、そうだね。よろしく頼むよ」


 ドレイン能力については、良く分かっていない。もう少し情報が欲しいところだ。



  *



 月曜日、登校すると尚美がいた。

 皆が注目している。彼女は頬がたるみ、髪に白髪が混じっていた。目の下にクマができていて顔色が悪い。彼女は、うつむいて何も言わない。まるで40歳台のオバサンになったような感じ。


「いったい、どうしたんだ……」


 僕の心が寒くなる。ドレインの後遺症と考えるしかない。

 はち切れるようだった尚美の胸は下がり、ツンと上を向いていた尻も張りがなくなっていた。僕は何を吸い取ってしまったのだろう。


 尚美の友達が声をかけるが、耳に入っていないよう。


 僕は彼女のことが気になって仕方がない。

 それとなく彼女に近寄ってリンクを繋いだ。以前にリンクしていれば、近くに行くだけでリンクが成立する。


 自分の席に戻り、彼女の未来を覗こうとした。

 だが、見えない……。

 何も見えない。全く何も見えないのだ。今まで、こんなことはない。どうして、尚美の未来は真っ暗なのだろう。

 言いようのない不安が僕の胸をむしばむ。


 ガラリと教室のドアが開いた。

 入ってきたのは軽音部の後藤。


 彼を見て皆が驚く。以前は小太りで生意気そうな顔つきだったが、フラフラと教室に入ってきた後藤は、痩せこけて目がうつろだった。髪は乱れて学生服のボタンを留めていない。


「おい、加賀……」


 後藤は頼りない足取りで僕の席の横に来た。


「おい、かがぁ……」


 僕の襟首をつかむ。


「返せよぉ……俺のギターのテクニックを返してくれよ」


 目を細め、唇を歪ませている。

 僕は突然のことに何も言えない。


「なあ、俺のギターを……音楽を返してくれよお。頼むじゃん、加賀君よぉ」


 静まりかえった教室に後藤の嗚咽が流れる。

 彼は僕のドレイン能力に気がついたのか。状況的に僕がスキルを吸い取ったと直感で判断したのだろう。


 それは科学的に証明できないのだから、普通はそんなことは思わない。ショックのせいで彼の論理的な思考は破綻しているらしい。


「君が何を言っているか分からないよ」


 すっとぼける。

 僕が後藤の大事なものを奪ったという証拠はない。知らぬ存ぜぬで押し通すことはたやすいだろう。


「返せー! 返せよー! この泥棒野郎。人のものを盗んで恥ずかしくないのかよぉ」


 僕を激しく揺さぶった。

 確かにドレイン能力で彼のものを盗ったのは良いことではない。でもさ、後藤君……。


「じゃあさあ、後藤君。君達が僕を苛めていたことは恥ずかしいことじゃないのかよ!」


 立ち上がって後藤の手を強く振り払う。


「いつも苛められていて死にそうだった僕の気持ちを理解しようと思ったことはあるのか!」


 弱い者いじめをする人間は自分勝手だ。自分のことしか考えない。

 僕の剣幕に後藤はポロポロと涙を流し、歪んだ顔で僕を見ている。


「そうさ、君のスキルは僕のドレイン能力で奪ってやったのさ。それはギルドで高く売れたよ。大儲けさせてくれて後藤君には感謝している。ありがとね」


 皮肉っぽく言い放つ。今の僕は嫌みな顔をしているだろう。


「僕を苛めるからそうなるんだよ。自業自得さ。ざまあみろ、この音痴野郎。これから後藤君がどうなるか教えてあげようか」


 睨みつけると彼は大きく目を開いて後ずさりした。


「君は落ち込んで実家に引きこもる。何とか卒業できるように親がしてくれたけど、それからもニート生活を続けて底辺の人生を送るのさ。ああ、みっともない。他人を虐げるからそんな羽目になるんだよ。因果応報ってやつだね」


 バカにするようにフンと鼻で笑う僕。

 僕の中にもドロドロした黒いものがあったようだ。


「返せよぉ……返してください。お願いしますよぉ……加賀さん」


 後藤は僕の前に土下座をした。

 そんなに大切なものを持っていたのなら、どうして他人を苛めるような暇があるんだよ。何が自分にとって大事なのかを考えて、それを守って育てていくべきだったんじゃないの?


「返せと言われても売っちゃったものは仕方がないよね。販売が成立すると取り消しは不可能みたいだし」


 僕が売ったスキルは、すぐに処理して別のものに換えるようなことを言っていた。


「何をやっているんだ!」


 担任が入ってきた。


「後藤君が変なことを言うんですよ。保健室に連れて行った方がいいと思うんですが」


 平静な口調で僕が言った。

 担任は後藤を引き起こして教室の外に連れて行く。出口付近で後藤が振り返って僕を見た。その視線には恐怖と懇願、畏怖が混じっていた。



 1時間目の授業が終ると、清水さんが僕に寄ってきた。


「ねえ、さっきの話しは本当のことなの」


 相変わらずポニーテール姿が可憐だ。


「さっきの話しって?」


「ほら、ドレインがどうとかギルドとか言っていたじゃない」


 彼女の目は真剣だ。ドレイン能力を信じているのか。

 僕は乾いた笑いで答える。


「そんなことはないよ。後藤君の話が異常だったから、逆上させないように、とりあえず彼に合わせただけだよ」


「そうなんだ……そうだわよね」


 この世界にはドレイン能力など存在しない。だから、それを通常は信じることはないのだろうが、尚美のこともあるから清水さんは女のカンで分かってしまうのか。


「ドレイン能力とかギルドとか、いつも僕はライトノベルを読んでいるから、とっさに出てきたんだよ」


 状況証拠だけでは、これ以上の追求はできないはず。


「そうね……それに、そんな能力があっても加賀君が他人をいたぶるようなことをするはずがないものね」


 清水さんの笑顔に僕の心はギリギリと痛んだ。


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