24、噂
翌日、内藤は来ないかなと思っていたが、机に座っていた。
やつは青ざめた顔でジッと机を見つめている。彼にだけ見える妖精さんが踊っているのだろうか、と心配するほど目が据わっていて普通ではない。
「起立!」
担任が問題用紙を持って教室に入ってきた。
1時限目のテストは現代国語。
問題用紙を開く。やはり、良く理解できる。前から国語は得意な方だったが、内藤のスキルを奪って自分のものにしているので、さらに理解が深まった。
問題用紙の解答欄を次々と埋めていく。
今までは問題文の表面しか読んでいなかったが、今は出題者の意図を読み取る事ができた。どのような解答を求めているかを洞察することができる。
「おっと、マズいかな……」
いきなり100点満点はイケないよね。また、カンニングを疑われる。少し手加減しないと。
僕は、適当に間違えた解答を記入した。8割くらいの点数でいいだろう。
全ての解答欄を埋めたとき、まだ時間は残っていた。
振り向いて内藤を見る。
やつは青白い顔で、ペン回しをしていた。
右手の親指の上をクルクルとシャープペンシルが回る。器用なものだ……。ペン回しのスキルまでは吸い取ることができなかったんだな。
テスト問題に取り組んでいる様子はない。問題を見て、その難しさに現実逃避して妖精さんの国に行ってしまったのか。
やがて時間が来て、皆の問題用紙を回収した。テスト終了の独特な弛緩した空気が流れる。
集まってきた用紙を見て、担任が眉をひそめた。
「おい、内藤。名前だけ書いて、あとは白紙になっているぞ」
彼は何も言わずにうつむいたまま。
「おい、内藤。試験が終ったら生徒指導室に来い。いいな」
抜け殻のような元秀才はコクンとうなずく。
担任が出ていって、僕はトイレに行ってから戻ってくるときに内藤の側を通り、リンクを繋いだ。
一度リンクを繋いであれば、次は体に触らなくても1メートルくらいに近づくだけでリンクが成立する。
席に座り、内藤の未来を読み取った。
彼の成績はガタ落ちして落第寸前になる。
3回の追試および校内清掃活動によって、ようやく卒業することができた。
偏差値が低くて普通の大学では無理だったので、Fランク大学を受験し、やっとのことで入ることができた。
入学してからも高すぎるプライドは健在だった。
そのために同級生や上級生から苛められる。それが原因で不登校になり、単位が取れなくて2年に進級することなく学校を辞めてしまう。
それからは清掃関係の臨時雇いになった。
僕は、その先を見ようとしたが、霧が広がったようにイメージが漠然としていたので知ることができなかった。
4日間の中間テストは終了した。
週末にテスト結果が張り出される。掲示板の順位表を見ると僕はクラスで8位だった。まあ、こんなところでいいだろう。
「ねえ、加賀君」
ポニーテールを揺らし、清水美代子が寄ってきた。
「加賀君、勉強を頑張ったのね。ずっと学校に来なかったから、もっと悪い点数かと心配していたのよ」
彼女は心配してくれていたのか。
美人投票をすれば、クラスでトップ5に入るだろうという彼女。僕は緊張していた。
「まあ、山勘が当たったのさ。まぐれだよ」
「まぐれでもベストテンに入るのは、すごいわ。今度、勉強を教えてもらおうかな……」
そう言ってクスッと笑う。細い目が可愛らしい。
「ぼ、僕なんて教えるほどじゃないよ」
内藤から奪ったスキルはギルドで売るつもりだから、期末テストでは順位が中の下くらいに落ちるだろう。
進学するつもりはないので、高校を卒業するギリギリの成績で構わない。
「そう、それは残念ね……」
横を向き、流し目で僕を見る。スザンヌに見つめられたときのように心がざわつく。
「あ、そうだ。それから、加賀君のことで変な噂があるのよ」
「変な噂?」
「うん、加賀君が他の人の才能を奪って自分のものにしているって」
体の芯が冷えた。
そうか……ちょっとドレインをあからさまに使いすぎたか。
「滝沢君が急にサッカーが下手になって病院に運ばれたでしょう。そのときに加賀君が天才的なシュートを決めているから、滝沢君の運動神経を加賀君が盗んだっていうことなのよ」
「あれは……まぐれだよ」
頭を打っているので精密検査を受けている。しばらく、滝沢は退院できないらしい。
心臓の鼓動が早くなる。彼を病院送りにするまでは考えていなかったんだ。
「それに、内藤君がテストを白紙で出して追試になったでしょ。その後で加賀君の成績が爆上がりしたから、皆が変に思っているらしいの」
「ふーん、あれはヤマが当たっただけだよ。まぐれっていうやつなんだ」
あんなに内藤が弱い人間だとは知らなかった。元々、人間というものは誰も彼も弱いのか。
「加賀君には、まぐれが多いのね」
言葉に詰まる。何と答えれば……。
彼女は長いポニーテールを胸の前でいじっていた。
「まあ、噂よ、うわさ……。本気で言っている人はいないと思うけど」
彼女は笑顔で僕を見ている。真剣に僕を問い詰めているわけではない。ここは逃げることにしよう。
「僕は、ちょっとトイレに行くから」
そう言って彼女の横を通り過ぎようとした。
僕は足を止め、息を止めて振り返る。
美代子さんが僕の右手をつかんでいたからだ。
瞬時、見つめ合う。
柔らかい手。僕はスザンヌの手をまともに握ったこともない。どうして、いつも彼女とスザンヌを比べてしまうのか。
「加賀君……。何かあったら私に相談してね」
そう言って彼女はポニーテールを背中に放り、挨拶代わりに笑顔で首をかしげ、後ろを向いて去って行った。
僕の心臓がときめいている。
女の子との経験が不足している僕に、ああいった行動は良くないよね。もしかしたら、誘っているのだろうか。いや、そんな、まさかね……。僕がそんなにモテるわけがない。
僕にはスザンヌがいる。彼女さえ僕に優しくしてくれれば他に何もいらない。異世界こそが僕の生活の場であり、人生の全てなのだ。
そう自分に言い聞かせたが、鼓動は収まらない。どうしてだろう……。
これから、ドレインに関しては控えることにしよう。
苛められたことに対する復讐は終っている。これ以上、能力を使う必要はない。エナジーを売って設けることはできなくなるが、砂糖を売る商売で金貨を稼ぐことができる。無理をしてドレインでエナジーを吸い取る必要はないのだ。




