23,秀才のスキル
残暑が消え、秋が深まる。
10月の中旬、高校では中間試験が始まった。
復学してから僕は必死に勉強していたが、前に行われた小テストではクラス最下位だった。6月から不登校だったブランクは大きい。
1時限目のテストは数学だ。
ホームルームが終ると僕は、すぐに教科書を開いて最後の悪あがきをしている。
「おい、加賀君」
後ろから声を掛けられた。
それは3つ席が離れた斜め後ろの内藤。僕を苛めていた四天王の一人だ。他の3人には仕返しをしたから、こいつが最後の一人ということになる。
「なんだい? 内藤君」
僕は振り返って右後ろの内藤を見た。髪を七三できっちりと分けて眼鏡を掛けている。ほっそりとした優等生タイプの外観で、実際に優秀だ。いつもテストでは学年トップの地位を譲ることがない。
この高校は成績が良い人間を後ろの席にしている。現在、僕は中央付近の席に割り当てられていた。ただし、中間テストの結果次第では最前列に移動ということもありうる。
「テスト前で焦っているようだけど、君のような底辺の人間は、いくら頑張っても無駄だよ。諦めて留年したらどうだい? それとも、出席日数も足りないし、自主退学かなあ」
そう言いうと、唇を曲げて冷笑する。
「ああ、そう……」
頭にくるが、こいつは優秀だ。口では勝てない。
「僕はエリートの道を進むけど、君は社会の底辺を這いずり回るんだろうなあ。進学する気はないようだけど、就職もしないんだろう。一生、派遣でこき使われる人生だ。ああ、みっともない」
やつは眼鏡を指であげて、せせら笑う。
他のクラスメートは何も言わない。皆は面倒なことになるのを嫌っている。自分達が虐めのターゲットになるのを恐れているのだ。
僕がバカにされているのを見てクスクス笑っている女子もいる。
「内藤君には関係ないことだよ……」
皆の前でバカにされている。どうすれば僕が悔しがるか、効率的な方法を心得ているようだ。
「まあ、仕事がなくて困ったときは僕の所に来なよ。トイレ掃除の仕事くらいは世話してあげるからさあ。それくらいしか君には能がないだろう」
そう言ってクククと含み笑いをする。こいつは優秀なくせに性格が悪い。
こき下ろされて、以前の僕だったら落ち込んでいただろう。しかし、今の僕には異世界があるし、スザンヌ達がいる。それにドレイン能力というスキルもあるんだよ。
僕は席を立って内藤の前に進んだ。
やつの肩に手を置いて少しビビっている内藤を見据えてやる。
「内藤くん、人生は何があるか分からないよ。今は良くても後で苦しむことになるかもしれない。立場が逆になるかもしれないんだから、あまり人のことを悪く言うのは良くないなあ」
「うるさい!」
乱暴に僕の手を払いのける。
だが、リンクは繋いでやったぞ。
「うるさいんだよ。この低能が! ゴミはゴミらしく、ゴミ箱に捨てられていろ」
歪んだ顔で僕を睨む。眼鏡の奥の目がちょっと怖い。
「おーい、お前ら、いい加減にしろよ。先生が来るぞ」
日直の男子が注意した。テストの妨害になるようなことは遠慮してもらいたいのだろう。
内藤が視線を外したので、僕は自分の席に戻った。
すぐにドレインを始める。
「起立!」
入ってきた担任はテストの問題用紙を抱えていた。
内藤からドレインをして、また光る球のようなものに気がつく。他の3人もそうだったが、一芸に秀でた人間には体の中に特別なスキルが含まれているようだ。
ためらうこともなく僕はスキルを奪い取る。
皆に数学のテスト用紙が配られた。
「では、始め!」
担任の号令で数学のテストが始まった。
裏返しになっていたテスト用紙を開いて問題を読む。
今までにない感覚に驚いた。
さっきまで難しいと思われていた問題が理解できるのだ。それと同時に解答方法も頭に浮かぶ。考えるというのではなく、思考の奥から自然に出現するという感じだ。
「秀才という者は、こういった感覚で問題を解いていたのか……」
つい、感嘆してつぶやいてしまう。
僕はシャープペンシルをノックして芯を出す。そして、次々と問題を解いていった。
解答していくのが快感だ。
問題を瞬時に理解して、それに必要な公式をパズルのように組み立てていく。なんのストレスなく、テスト用紙の半分を片づけた。
「おい、内藤。大丈夫か?」
担任の声に皆が内藤を見る。
やつは冷や汗を流し、顔を真っ赤にして泣きそうな顔をしていた。
「なんで……なんで……なんで、問題が分からないんだよぉ」
悲痛な声でつぶやいている。
手がブルブルと震えて問題用紙を凝視している内藤。
僕をバカにするからそんな目に合うんだよ。ざまあみろ、秀才野郎。
「おい、大丈夫なのか。気分が悪いのか?」
担任が内藤に近づく。
「うわーん!」
さっきまで冷徹だった秀才が大声で泣きだした。担任は立ち止まり、皆はドン引きだ。
「おい、内藤……」
担任も困惑している。
「チクショウ、チクショウ、チクショー!」
内藤は椅子を蹴って立ち上がり、教室の外に出ていった。
呆然としている担任とクラスメート達。僕は鼻で笑ってから問題用紙に取り組んだ。
今まで普通だと思っていた才能がなくなったときは、どういった気持ちになるのだろう。
健常な人間が認知症になるような感覚なのかな。ずっと続いていると思った道が崩れていくようなものなのか。
大切なものは無くなったときに、その貴重さに気が付く。内藤も自分の才能の重要さを神様に感謝して他人に優しくしていればよかったのだ。
まあ、時間がたてば元に戻るだろう。
多くの時間を残して僕は問題をすべて解答した。
今日の試験は4科目、午前中でテストは終わる。
昼食を食べるために下校しようとしたら、担任に呼び止められた。
「おい、加賀。ちょっと、テストのことで話があるんだが……」
「あ、はい……」
僕は担任に連れられて生徒指導室に入った。
「数学のテストなんだが、加賀にしては良すぎるんだよなあ」
担任は腕を組んだ。
ああ、そうか。調子に乗って全て解答してしまった。少し手加減するべきだったなあ。
「お前の解答を採点したら、95点だったそうだ。前の小テストと比べると点数がなあ……高すぎるんだよ」
「……山が当たっただけですよ。僕は運が良いので」
95点か……自分では満点だと思っていたんだが、ニアミスしたかな。
「ちょっと、お前のカバンを見せてくれないか」
「カバンですか?」
そうか、カンニングをしたと思っているのか。何かのカンニングツールを使ったと疑っているらしい。
僕はため息をついた。
「いいですよ、どうぞ」
カバンを机の上に置く。
担任はカバンを開いて中の物をチェックし始めた。
しばらく調べた後に大きなため息をついてカバンを僕に差し出す。
「特に何もないようだ。悪かったな、加賀」
「いいえ、どういたしまして」
カバンを持って部屋を出る。
次回からは疑われないように考えないと。




