21,サッカー
クラス対抗サッカーの試合。
僕のクラスの相手は滝沢がフォワードを務める隣のクラスだ。
快晴の空、涼しい風がグラウンドに流れ、そろそろ中間テストの季節だなと思う。
うちのサッカー部は県大会で優勝しており、試合では滝沢がフォワードを担っていた。彼は名ストライカーとして有名で、準決勝ではハットトリックを決めている。
滝沢はスポーツ系の大学に特待生として推薦入学が決まっているらしい。
ホイッスルが鳴って試合開始。
パスをもらった滝沢が、速いスピードでドリブルをして防御を抜いていく。ゴール前で守備をしているセンターバックの僕に角張った顔が迫ってきた。
「おい、加賀! 止めろ」
ゴールキーパーが僕に怒鳴る。
慌てて滝沢の前に立つ。やつは停止してドングリのような目でニヤリと笑った。
その直後、顔面に衝撃が走った。僕は尻餅をついて何が起こったかと滝沢を見ると、やつは転がっていくボールを追いかけていた。やつは僕の顔めがけてボールを蹴ったのだ。
痛みで熱くなっている顔を拭うと鼻血が出ていた。
「滝沢の野郎……」
恨みをこめて滝沢に視線を結ぶと、ゴールを決めてガッツポーズをしていた。
県大会で活躍した滝沢にとっては、校内の対抗試合など肩慣らしにもならないのだろう。
審判の先生を見たが、何も言っていない。あれは反則にはならないのか。
キーパーがグラウンドの中央付近にボールを投げ、こちらの攻撃となったが、すぐに滝沢にボールを奪われて反撃態勢になった。
また、僕に向かってくる。まったく、しつこいやつだ。しかし、僕にとってはチャンス。
滝沢の前に立ちはだかる僕。やつは走るスピードを緩めることなく、僕の肩に体当たりしてきた。やつは細い体をしているが、それでも僕は止めることができずにひっくり返る。
ゴールの隅にシュートが決まり、得点のホイッスルが鳴った。
また、ガッツポーズをして笑顔の滝沢。
「何やってんだ、加賀! ちゃんと止めろよ」
ゴールキーパーが僕に怒鳴りつける。
まあ、ちょっと待っていろよ。すぐに逆転してやるからさあ。
僕は滝沢に近寄ってドレインを始めた。さっき、ぶつかったときにリンクを繋いでいる。
「ねえ、滝沢君。さっきはちょっと反則じゃないのかなあ」
やつは僕を大きな目で睨んだ後で冷笑した。
「何を言ってんだ。あれはチャージと言って反則じゃねえんだよ」
「でも、あんなことをしていたらケガをするじゃないか」
クレームを付けているのは、ドレインのための時間稼ぎ。
「反則じゃないって言ってんだろ! こら、犬っころ」
ドングリ目が僕の顔に近づく。
リンクが繋がっているので、こいつのスキルが把握できた。彼の中に光る球のようなものを感じる。ためらうことなくスキルを僕の中に取り込んだ。これで、しばらくはサッカーが下手になるはず。
「二人ともやめろよ。先生が来るぞ」
ゴールキーパーが割って入ってきた。
滝沢は鼻で笑うとグラウンドの中央に走って行く。
「見てろよ、滝沢……」
ボールが回り、滝沢にパスが延びた。やつはボールを受けて走り出すが、少しぎこちない。エナジーを吸い取ってやったんだから当然だよな。
また、僕の方に突進してくる。前半戦だけでハットトリックを達成するつもりか。
衝突を避けるために軽くかわし、斜め後ろから追いかける。すぐに追いついて、やつの左肩にチャージを仕掛けてやった。
ひっくり返る滝沢。
僕はボールを確保し、ドリブルしながら敵ゴールを目指す。
ボールが自由自在だ。これがサッカーの名選手の感覚なんだな。ボールは友達だ、というよりも恋人のように僕の足にじゃれつく。敵の陣地に走り込み、立ちはだかる敵チームの人間を次々と抜いていった。
ゴールが間近に迫り、「いける」という感覚が発生した。
思い切りシュート。
ボールは緩い左カーブを描いてゴールの右上の隅に滑り込んだ。入らないと思ったのか、キーパーは立ちすくんだまま。
得点のホイッスルが鳴る。
皆は沈黙。敵も味方も驚いて声が出ないようだ。僕は今まで運動音痴で通っていたからな。
ゆっくりとしたランニングで自分の守備位置に戻る。皆が僕に注目している。ああ、なんて気持ちが良いんだ。滝沢がサッカーにのめり込む気持ちが良く分かるよ。
滝沢がこちらに歩いてきた。
やつは鼻血をシャツで拭いている。
「調子に乗るんじゃないぞ、犬っころ……」
すれ違いざまに毒づく滝沢。
僕は知らない振りをしてゴール前のセンターバックに着く。
「おい、加賀。攻めるときはパスを回せよ」
ゴールキーパーから注意されたが、彼の表情は微妙だった。
「ああ、ごめんね。つい、夢中になったから」
にこやかに答えた。
敵の攻撃。
「パスだ! パスをよこせ!」
滝沢が怒鳴る。
僕に痛めつけられて焦っているんだろうな。やつは仕返しをするつもりだ。
また、やつは僕に向かってきた。
チャージを軽くかわしてボールを奪う。やつは必死に奪い返そうとしたが、僕は足の周りにクルクルとボールを遊ばせて、やつを翻弄した。
滝沢は僕のシャツを引っ張ってボールを取ろうとする。
必死の形相を見ていたら可哀想になったので、わざとボールを譲渡した。
やつは嬉しそうにボールを確保してゴールを向く。
やっぱり惜しいかな。
やつを肩で押しのけてボールを取り戻す。
泣きそうな顔で僕にまとわりつく滝沢。
「気色悪い顔だなあ」
僕はボールをやつの顔面に叩きつけてやった。
後ろ向きに倒れるが、すぐに起き上がってボールにむしゃぶりつく。
サッカーボールに対する執念は普通じゃないんだなあ。
ゴールに向かって突進する滝沢。
気の毒だからハットトリックをさせてやるか。
やつはシュートをしようとして足がもつれた。姿勢が崩れて右足がボールの上に乗る。すると、ビックリするほど美しく回転して後頭部を思い切り地面に打ち付けた。
それを笑ったのは僕だけではない、ゴールキーパーも失笑している。
頭を抱えて、のたうち回る滝沢。
あーあ、滝沢君は大丈夫かなあ。
「どうした、滝沢」
敵チームが駆け寄る。
先生も走ってきた。
「おい、大丈夫か?」
先生が声を掛ける。だが、やつは呻き声をあげるだけ。
「滝沢を動かすな。今、救急車を呼ぶから」
そう言って先生は駆けていく。
僕は滝沢とリンクして、彼の将来を見てみた。
滝沢はサッカーが下手になり、部活動に出なくなった。
大学の特待生は取り消されたので高校を卒業した後に派遣に登録、ブラック企業でサービス残業の毎日になった。
サッカーしか取り柄がなく、サッカーしか興味のない滝沢は会社で毎日のように怒鳴られる。それでも、キツイ仕事を続けるしかなかった。
ああ、可哀想な滝沢。
でも、このイメージは現在の状況から組み立てられた未来なのだろう。だから、サッカーのスキルが戻ったら別の人生になるはず。
しばらくして、グラウンドに救急車が到着した。
サイレンの音に何事かと校舎の窓から身を乗り出して様子をうかがう生徒達。
滝沢は担架に乗せられて救急車に運び込まれた。
ふん、ざまあみろ。罪のない僕を苛めるから罰が当たったんだ。いい気味だ。
僕の胸はすーっと軽くなる。
でも、完全に心のわだかまりが無くなったわけではない。復讐しても何かが残っているのだ。
これは、どうすれば良いのだろう。




