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078 ありがとう、相変わらず……仕事が速いね

「それでは、後程」


 副官は一礼すると、踵を返して歩き去って行く。

 昼食を摂る為に、別棟の食堂へと向かったのだ。


 アシェンプテルがいるのは、オフィスビルのような、四階建ての師団本部棟の三階、副師団長室の前である。

 基地に戻って来たアシェンプテルは、車の運転をしていた副官に、ここまで送られて来たのだった。


「送らなくても良いと、言ったんだけど」


 副官を目で追いながら、アシェンプテルは呟く。

 副官は一応、護衛も兼ねている為、副師団長室の前に辿り着くまで、アシェンプテルを送って来たのである。


 自分の方が圧倒的に強いので、護衛など不要だと、アシェンプテルは副官に言った。

 だが、部屋の前まで送り届けるのが、自分の仕事だと言って、副官は聞かなかったのだ。


「普通部隊の連中は、融通が利かないからねぇ……」


 愚痴を吐きながら、アシェンプテルはポケットから鍵を取り出し、木製のドアの鍵穴に挿し込む。

 そして、鍵を捻りながら、クリケを唱える。


 解錠する金属音がするのと同時に、ドアが短く、弱々しい光を放つ。

 鍵が開いただけでなく、扉に仕掛けられていた侵入防止用の魔術が、一時停止状態になったのだ。


 アシェンプテルは扉を開け、中に入ると、施錠すると同時にクリケを唱え、一時停止させていた魔術を、即座に再起動する。

 これから仮眠を取るつもりなので、誰も入れないようにしたのである。


 二十畳程の広さがある部屋は、飾り気が無い、実用的な設えになっている。

 部屋の奥には、事務用の机があり、手前の方には、簡単な会議も開ける、応接セットがある。


 アシェンプテルはジャケットを脱ぎながら、部屋の奥の方に歩いて行く。

 机とセットの椅子の背もたれに、ジャケットをかけると、ネクタイを外して、ジャケットの上に載せる。


 事務机の上には、ブレーメン王国において、特級魔族や多数の魔族を召喚し、平等派潰しを画策していたゴッドフリートが、謎の人物に倒された事を伝える新聞が、置かれていた。

 アリアンツの新聞は、今朝になって、ようやく報道したのだが、アシェンプテルは一昨日の時点で、既に情報を掴んでいた。


「特級魔族か……」


 新聞を見下ろし、苦々し気な表情で呟きながら、アシェンプテルは時計に手を伸ばす。

 時計のタイマーを、仮眠を終える予定の時間にセットする。


 ブラウスの上のボタンを二つ外すと、アシェンプテルは事務机の左側の壁にある、扉の前に移動。

 そこにはウォークイン・クローゼットがあるのだ。


 海老茶色の扉を開け、アシェンプテルはウォークイン・クローゼットの中に、入ろうとする。

 だが、中に先客がいたのに驚き、アシェンプテルは足を止める。


 実は、ウォークイン・クローゼットの中には、簡易ベッドがあり、アシェンプテルは普段、仮眠に利用しているのだ。

 クローゼットとしても利用しているのだが、アシェンプテルには広過ぎたので、仮眠室としても利用しているのである。


 軍の野営用の簡易ベッドの上には、良く知った人間が、寝転んでいた。


「毎度の事とは言え、良くまぁ……入って来れたね、カカン」


 驚きと呆れ、そして喜びが入り混じった感じの、複雑な表情を浮かべつつ、アシェンプテルは寝転んでいた人物……果敢に、声をかける。


「俺に侵入出来ない所は、あんまりないからな」


 果敢は身を起こしつつ、アシェンプテルに言葉を返した。

 眠っていた訳ではなく、アシェンプテルが来るのを、寝転んで待っていただけなので。


 ブラウ・バナーヌを出た後、果敢は念の為に三十分程、バジレーの町中を歩き回った。

 エステ・ペスの悪臭が、ちゃんと消え去るように。


 その後、クレイペウス・レイルム基地に侵入し、勝手知ったる副師団長室へと忍び込んだのだ。

 ところが、アシェンプテルがいなかったので、他の人が入って来た時、見付からないように、ウォークイン・クローゼットに身を隠していたのである。


「基地周辺にも建物にも、この部屋にも……侵入防止用の警備魔術を、大量に仕掛けてあるから、見付からずに入れる筈……無いんだけど」


「お前は魔術に頼り過ぎなんだよ。どっかの侯爵と同じだ」


「どっかの侯爵?」


「ゴッドフリートの事だよ。三日前に、奴の城に忍び込んだんだが……警備が魔術に頼り過ぎで、簡単に侵入出来た」


「三日前に、ゴッドフリートの城に忍び込んだって事は……」


 アシェンプテルは事務机の方に戻り、机の上に置かれていた新聞を手に取ると、一面の記事を確認する。

 ゴッドフリートが特級魔族を召喚し、平等派潰しをしていた事件を伝える記事を。


 ウォークイン・クローゼットから出て来た果敢に、新聞の記事を見せながら、アシェンプテルは問いかける。


「やっぱり、魔族とゴッドフリートを退治したのは……カカンだったのね?」


 果敢は頷いて、返答する。


「報道されている通り、頼まれた件が片付いたんで、キュレーター島に戻る前に、アシェンプテルに報告しておこうと思って、寄ったんだ」


「ありがとう、相変わらず……仕事が速いね」


 アシェンプテルは、微笑みながら続ける。


「お陰で、犠牲になる人の数は、最小限で済んだ筈だよ」


「だと、良いんだけど」


 ふと、倉庫街で目にした、魔族に殺された人々の死体を目にした時の記憶が、果敢の頭に蘇る。


(もう少し、早く動いていれば、もう何人か……助けられたのかも)


 そんな後悔の念が、どうしても頭に浮かんでしまい、果敢の表情が微妙に曇る。




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