077 自分で走るか、飛んだ方が……楽なんだけどね
「自分で走るか、飛んだ方が……楽なんだけどね」
窓の外を流れる景色を眺めながら、アシェンプテルは呟く。
真上に近付きつつある太陽の光を浴びて、煌めくレイルム川の水面の向こうには、バジレーの町外れの町並が並んでいる。
「戦時中じゃないんです。軍人が町の中を、好き勝手にアウラ・アーツや魔術を使って、移動したりしたら、騒ぎになりますよ」
言葉を返したのは、アシェンプテルが後部座席に座っている、魔動自動車の運転席にいる、軍服姿の二十代前後の女性士官だ。
アシェンプテルよりは低いが、長身の部類であり、肌は白く、黒髪はうなじで結っている。
アシェンプテルも、副官である女性士官と同様、フィールドグレーの軍服姿である。
バジレー市庁舎での会合に参加していたので、戦闘服では無く、スーツに似た感じの、通常勤務用の軍服姿なのだ。
フロントガラス越しに、多数の近代的な建物が見えて来る。
アリアンツ共和国軍の軍旗が、あちこちに掲げられているので、普通の建物ではなく、軍事基地の建物であるのが分かる。
バジレーの中央地区から、レイルム川を上った先……バジレーの東側郊外にある、クレイペウス・レイルム基地の建物だ。
この基地が、アシェンプテルの現在の勤務地である。
ブレーメン王国とフランクス王国という、グリム大陸の中でも、大国といえる二つの国と、国境が近いバジレーは、古来より交通と軍事の要衝であった。
それ故、アリアンツが王国であった頃から、バジレー郊外には軍事基地が置かれ、守備隊としてバジレー師団が配備されている。
グリム大陸の軍隊は、日本がある世界とは、かなり違っている。
司令部の命令系統に属す、通常部隊だけでなく、情報だけを与えられた上で、個別判断で好き勝手に動く自由部隊が、多数存在するのだ。
何故、そうなっているか?
グリム大陸において、通信技術が進化しなかった事と、人族同士の国家間戦闘だけでなく、人族よりも強力な、魔族相手の戦闘に対応する必要性があった事が、そうなった理由である。
魔族は人族よりも、平均値でいえば、遥かに能力が高い。
故に、魔族の戦闘集団は機動力において、人族を遥かに上回る。
司令部との連絡に時間がかかる為、わざわざ司令部の指示を待って動いていたら、機動力で上回る敵に、太刀打ち出来ない。
それ故、司令部の指示通りに動くのではなく、自分達の意志で、自由に行動出来る自由部隊が存在するのだ。
自己判断で自由に動き回る為には、あらゆる意味で、高度な能力が必要となる。
当然、自由部隊となるのは、能力の高い者達ばかりである。
ヴェントス・インヴィクトも、グリム諸国連合軍の自由部隊という扱いであった。
司令部からは、情報と大雑把な戦略を伝えられていたが、基本的には好き勝手に動き回りつつ、たった五人のパーティであるにも関わらず、グリム諸国連合軍において、最大の戦果を上げていたのだ。
元々は魔女の塔の魔女であったアシェンプテルは、アスタロト・ファミリーによる人界侵略が始まった際、アリアンツ共和国軍に加わる形で、参戦した。
アシェンプテルはアリアンツ共和国生まれで、幼少時に魔術の才能を見出され、魔女の塔に移った。
つまり、アシェンプテルにとって、アリアンツ共和国は母国なので、母国の軍隊に加わったのである。
激戦で実力を発揮し続けたアシェンプテルは、重要な戦力と見做され、グリム諸国連合軍に招聘される形で移籍し、結成されたばかりのヴェントス・インヴィクトに、加わったのだ。
戦後、アシェンプテルは魔女の塔に、戻るつもりであった。
だが、アリアンツ共和国政府に請われて、アリアンツ共和国軍に戻る事になった。
アリアンツ共和国軍に戻ったアシェンプテルは、ヴェントス・インヴィクト時代と同様に、パーティを組織し、自由部隊として活動するつもりであった。
ところが、バジレー師団に配属された上で、魔術科連隊長を兼ねた、副師団長に任命されてしまったのである(魔術科とは、魔術戦闘を専門とする、通常部隊の兵科)。
バジレーの三割程が破壊された、アスタロト・ファミリーとの戦闘により、バジレー師団は事実上、壊滅状態に陥ってしまった。
そんなバジレー師団を、戦争で多大なる功績を上げたアシェンプテルを抜擢し、再編成しようと、アリアンツ共和国軍の上層部が考えた結果だ。
アシェンプテル本人は、少人数で戦場を駆け回る方が、性に合っていた。
だが、ヴェントス・インヴィクトに参加する前、アシェンプテルはアリアンツ共和国の首都防衛戦において、指揮を任された通常部隊である、魔術科中隊を率い、獅子奮迅の大活躍をした事があった。
魔女の塔では、集団魔術戦闘に関する、研究や教育も行っている。
アシェンプテルは魔女の塔で、その類の教育を受けていて、優秀な成績を残していたりもするので、魔術科の部隊指揮能力が高かったのだ。
その戦いにおける活躍から、通常部隊を率いる指揮官として、アリアンツ共和国軍の上層部は、アシェンプテルを高く評価していた。
つまり、功績を上げて名を成した軍人だからではなく、能力を見込んでの抜擢だったのである。
アシェンプテルは固辞し続けたのだが、同時にバジレー師団長になる事となった、魔女の塔時代の恩人である、先輩魔女の頼みを断り切れなかった。
結果として、二年間という期限付きで、まだ二十代前半という若さにして、バジレー師団の副師団長と魔術科連隊長を、引き受ける事になったのだ。
バジレー師団の再建という任務を、アシェンプテルは上層部の期待以上に、果たし続けている。
だが、そのせいで、殆ど休みも取れない、多忙な日々を送っているのである。
今日も朝から、バジレー市庁舎で行われた、バジレー近隣地域の、軍や警察の幹部が集まる情報交換の会合に、アシェンプテルは参加していた。
昼近くまで続いた会合から、アシェンプテルは基地に戻って来た所なのだ。
「そろそろ昼になりますが、昼食はどうなさいます?」
副官の問いに、アシェンプテルは少し考えてから、答を返す。
「とりあえず、今は食事よりも、少し仮眠を取りたいな……朝が早かったから」
アシェンプテルは言い足す。
「食事は、その後……食堂で済ますよ」
基地の敷地は、フェンスで囲まれている。
道路の先にはゲートがあり、戦闘服姿の警備兵達が、道を塞いでいる。
車は徐々にスピードを落とし、ゲートの前で停車する。
近付いて来た警備兵達が、車内の様子を確認し、アシェンプテルが乗っているのに気付き、慌てて敬礼する。
アシェンプテルも返礼する。
すぐにゲートが開かれたので、アシェンプテルを乗せた車はゲートを通過し、クレイペウス・レイルム基地の敷地内へと入って行く。
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