076 こういう事に関しては、女は妙に勘が良いよな……
拷問でも受けているかのように、整った顔を歪めながら、果敢は死に物狂いで、エステ・ペスを食べ続ける。
悪臭に慣れはしないのだが、食べ方には少しずつ慣れ始め、食べるスピードの方は、次第に上がって行く。
そして、とうとう果敢は、九本のエステ・ペスを食べ終えた。
「とうとう最後の一本ですが、残り時間は一分と少し! これは、どうなるか分かりません!」
ウェイトレスの声を聞いて、見物人達は盛り上がる。
相変わらず笑っている者達が殆どだが、中には果敢を応援している者達もいる。
何時の間にか、店内の客が増えている。
店の外からよりも、店内の方が見易いので、見物人達が店内に客として、入って来たのだ。
(あと一本! これ食わないと……俺……向こう一週間、これしか食べられないんだぞ!)
そんな地獄の日々など、御免だとばかりに、果敢は死に物狂いで、最後の一本を食べ進める。
タイマーの針は、どんどん進んで行く。
迫る制限時間に焦りつつ、心が折れそうになる程の悪臭を堪え、果敢はエステ・ペスを、齧っては飲み下す。
全身から嫌な汗が吹き出し、肌も着衣も汗まみれになっている。
そして、果敢が十本目のエステ・ペスを、口の中に放り込み終えた直後、タイマーがベルの音を発する。
とりあえず、果敢は制限時間前に、エステ・ペスを口の中に入れる所までは、成功したのである。
だが、まだ成功が決まった訳では無い。
「挑戦者は制限時間前に、口の中に入れる事は出来ました! ですが、これを飲み込むまでは、成功にはなりません!」
そう言いながら、ウェイトレスはタイマーのベルを止める。
「このまま飲み込めば成功! 吐き出したら失敗です!」
(あと少し……これを飲み込めは、成功なんだ!)
必死で飲み込もうとする果敢の前で、アスタロト人形がガスマスクを外し、頬を引っ張って、変な顔を見せ付ける。
まるで、給食の時間に牛乳を飲んでいる友人の前で、変な顔を見せ付けて笑わせて、牛乳を噴き出させようとしている小学生のように。
果敢は思わず、口の中に含んだエステ・ペスを、吹き出しそうになる。
だが、死に物狂いの踏ん張りを見せ、果敢は噴き出さずに堪え切る。
(こいつ……百歳以上生きてた魔神だった癖に、ある意味……精神年齢は小学生レベルだッ!)
アスタロトの幼稚な嫌がらせに、呆れ果てながらも、何とか果敢は、エステ・ペスを飲み下す。
「最後の一本も飲み込みました! エステ・ペス一箱チャレンジ、成功です!」
威勢の良い口調で、ウェイトレスは続ける。
「皆様、挑戦者の健闘に拍手を!」
店の内外の見物人達から、一斉に拍手と歓声が上がる。
果敢はグラスを煽り、口の中を水で濯いで飲み込んでから、ガッツポーズを取って、拍手と歓声に応える。
そんな果敢に、ウェイトレスは声をかける。
「成功、おめでとうございます! 賞金の方は、後でお持ちしますので」
果敢は気になる事を、ウェイトレスに訊ねる。
「これ……口臭とか、服に臭いとか、残ったりする?」
「どちらも三十分も残りませんし、口臭の方は、何か飲んだり食べたりしたら、もっと早く消えますよ」
「だったら……」
テーブルに置かれたメニューを見て、果敢は少し考えてから、注文を口にする。
「アイスクリームと、コーヒーお願い」
「少々、お待ち下さい」
ウェイトレスは一礼すると、特別室専用の換気扇のボタンを押してから、踵を返して扉を開け、個室になっている特別席から出て行く。
何時の間にか、満席に近い状態になっていた店内を、ウェイトレスはカウンターの方に歩いて行く。
果敢のチャレンジが、良い客寄せとなり、店内の客が増えたのだ。
「成功しやがるとはな……まぁ、元英雄の苦悶の表情が楽しめたから、良しとするか」
少しだけ悔し気な言葉を漏らしてから、アスタロト人形は続ける。
「という訳で、『食い尽くせ神の足! エステ・ペス大食いに挑戦!』は終了!」
おどけた口調に切り替えてから、去り際の決まり文句を、アスタロト人形は口にする。
「それじゃ、また次の呪いで!」
テーブルの上に現れた、光る円の中に、アスタロト人形は入ると、光る円と共に消え去ってしまう。
無論、アスタロトの姿や声、光る円などは、この場では果敢だけにしか、感知出来ないようになっている。
(酷い目に遭った……)
換気扇の音と、賑やかになった店内の、客達の声を聞きながら、果敢は心の中で愚痴る。
そして、自分の息の臭いを嗅いだり、服の臭いを嗅いだりしてみる。
嗅覚がおかしくなっているのか、悪臭に少しは慣れてしまったのか、自分の息や服が臭いのかどうか、果敢には分からなかった。
(三十分は残らないって言ってたけど、本当だろうな?)
果敢は心の中で、自問する。
(アシェンプテルに会いに行くまで、念の為……もう少し時間を置いた方が、良いのかも)
色々と思い悩む果敢の目に、近くのテーブル席に座る客が広げている、新聞が映る。
新聞には、「ブレーメンの貴族同盟の有力貴族、平等派潰しの為に特級魔族を召喚か?」という見出しの記事が、載っていた。
(アリアンツでも、報道されているのか)
ローゼンハイン侯爵領での出来事は、ブレーメン王国内で報道され始めていたのを、果敢は魔女の塔で聞いて知っていた。
貴族連合は隠蔽を画策したのだが、グリム聖教からの告発だったので、上手くは行かなかったのだ。
ブレーメン王国は混乱状態にあり、事件報道が遅れがちになっている。
そのせいで、アリアンツ共和国で報道されたのが、今朝になったのである。
(これで貴族同盟の評判が、落ちれば良いんだけどなぁ)
果敢が心の中で呟いた直後、ウェイトレスが注文の品を、トレイに載せて持って来た。
テーブルの上に、バニラアイスとコーヒーを置いたウェイトレスは、既にガスマスクを着けていない。
ウェイトレスは、果敢に顔を近付ける。
「失礼します」
果敢の臭いを、ウェイトレスは嗅いで確かめる。
「まだ、少し臭いますけど、店を出る頃には、消えていると思いますよ」
果敢が臭いを気にしているだろう事を察し、ウェイトレスは臭いを確かめたのだ。
「それは、良かった。これから人と会うんで、臭いままだと、相手に悪いからね」
「会うのは、彼女さん?」
「女だけど……ただの友達だよ」
「そうですか」
信じていなさそうな顔で言葉を返しつつ、ウェイトレスはエプロンのポケットから、封筒を取り出すと、果敢に差し出す。
「どうぞ、賞金の一万クレディです」
「ありがとう」
礼を言いつつ、果敢は封筒を受け取ると、カーゴパンツのポケットに仕舞いこむ。
ちなみに、クレディはアリアンツの通貨単位であり、一万クレディは日本円だと、一万円程の感覚である。
ウェイトレスは一礼すると、カウンターの方に戻って行く。
(信じてないって顔だね、あれは……)
実際、アシェンプテルは果敢にとって、彼女ではないのだが、「ただの友達」とは言い難い女性といえる。
(こういう事に関しては、女は妙に勘が良いよな……)
感心しながらも、果敢はコーヒーの香りを嗅いで、自分の嗅覚を確かめる。
一応はコーヒーの香りが分かり、嗅覚がおかしくなっていない事に、果敢は安堵する。
そして、果敢はスプーンを手に取り、冷たく甘いアイスクリームを食べ始める。
エステ・ペスの悪臭が、早く自分から消え去るように、祈りながら。
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