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075 これ開発した奴、地獄に落ちろ! エステ・ペス地獄に落ちて、毎日毎日、地獄の鬼に、これ食わされ続けろ!

「店長! エステ・ペス一箱チャレンジ、注文入りました!」


 ウェイトレスの声を耳にして、店内にいた客達が騒めく。

 このチャレンジは客達からすると、盛り上がるイベントといえるのだ。


 程なく、ウェイトレスはトレイの上に、黄色い箱と皿、水の入ったグラスとボトルを載せて、果敢の元に戻って来る。

 ただ、先程とは違い、ウェイトレスは口の辺りに、ガスマスクを装着している。


 扉を開けて、果敢の所に来たウェイトレスは、テーブルの上に皿とグラスとボトルを置く。

 箱を開けて、中から黄色いパッケージで個別包装されている、エステ・ペスを十本取り出し、皿の上に並べる。


 更に、窓の近くに置いてあった、「只今、エステ・ペス一箱チャレンジ中!」と書かれた板を、窓の外から見えるように、窓に立てかける。

 チャレンジを通行人にもアピールする為、そうするのだ。


「ガスマスクは……さすがに大袈裟なんじゃないの?」


 野次馬として、特別席の周囲に集まって来た、店内に居た客達の様子や、ウェイトレスのガスマスクを見て、果敢は訊ねる。

 予想以上の大事になって来た気がして、果敢は戸惑ってしまっていた。


「いや、これが無いと……正直、キツイんです」


 ウェイトレスの返事を聞いて、果敢は少しだけ怯む。


「俺の部下達が、アリアンツの他の町を接収した時、知らずに食べて、えらい目に遭った話をしてたんだ」


 果敢にしか聞こえない声で、アスタロト人形は楽し気に話す。

 その口には、何時の間にかガスマスクが装着されている。


「食べてる奴の口から、物凄い臭いが周りに漂って、近くにいた仲間の中には、気絶した奴もいたそうだぜ。口の中から漂って来る悪臭なんてのは、有毒ガス対策の魔術でも、どうしようもないからな」


 有毒ガス対策の魔術は、色々と存在するのだが、外部からの有毒ガスを遮断したり無効化する術ばかり。

 食べた物が口の中から放つ、基本的には無害な悪臭には、無力なのだ。


「まぁ、仮にお前等が、魔術やアウラ・アーツで、食べた後の悪臭を抑えられるのだとしても、使うと即座にペナルティだぞ!」


「分かってるよ」


 その事は、呪いの説明の際に聞いていたので、果敢は知っていた。

 果敢の目線の先では、テーブルの上に最初から置かれていたタイマーを、ウェイトレスが操作している。


 アナログ式の目覚まし時計のような、黒いタイマーだ。


「このタイマーの針が真下に来たら、ベルが鳴りますんで、そこで終わりです。ベルが鳴る前に、十本全部を口の中に入れる事が出来たら成功ですが、それを吐き出したら失格になります」


 ウェイトレスの説明に、果敢は頷く。


「あと、見物する人達に笑われますけど、絶対に怒らないで下さいよ」


「分かった」


「それでは、準備が良ければ、始めさせて頂きますが?」


 果敢は深呼吸をしてから、返事をする。


「始めて下さい」


「それでは、エステ・ペス一箱チャレンジ……スタートっ!」


 開始を宣言しながら、ウェイトレスはタイマーのボタンを押す。

 止まっていたタイマーの秒針が、動き出す。


 客達が歓声を上げる中、皿の載っていたエステ・ペスを、一つ手に取ると、果敢は開封する。

 すると、中からはパッケージと似た色合いの、黄色いチーズ・バーが現れる。


 チーズと似た色の樹脂でコーティングされているので、見た目は普通のチーズ・バーのようだ。

 コーティングのせいで、何の臭いもしない。


 恐る恐る、エステ・ペスを口元に運び、果敢は齧り付く。


(不味っ!)


 まずは、塩辛過ぎて苦みまである、エステ・ペスの不味さに、果敢はげんなりとする。

 一応はチーズらしき味もするのだが、わざと不味く作ったとしか思えない、得体の知れない不味さが加味されている感じに、果敢には思えた。


 そして、味の後……少しだけ間を置いてから、臭いが果敢に襲い掛かる。

 口腔から鼻腔に流れた悪臭が、果敢を苛み始めたのだ。


 牛乳を拭いたまま放置された雑巾が発する悪臭、捨て忘れて放置された、生ゴミが詰まったポリバケツの蓋を開けた時の悪臭。

 海外旅行した時に嗅いだ、何だかよく分からない動物が放った、得体の知れない悪臭など、過去に嗅いだ様々な悪臭の記憶が、果敢の頭に蘇る。


 だが、口の中から鼻に抜ける、エステ・ペスの悪臭は、それらの全ての悪臭を、更に上回っていた。

 反射的に吹き出しそうになるのを、果敢は強力な意志の力で、何とか抑え込む。


 目を見開き、頬を膨らませ、呻き声を上げて苦しむ果敢の姿を見て、アスタロト人形はテーブルの上で、笑い転げる。

 硝子越しに見物している、店内の客達も、果敢の姿を見て笑っている。


 だが、笑われている事に対し、怒りや不愉快さを感じる余裕すら、今の果敢には無い。

 そんな事よりも、エステ・ペスの悪臭によるダメージの方が、遥かに大きいので、笑われている事など、些細な事にしか思えない状況なのである。


 果敢は何とか、口に含んだエステ・ペスの塊を飲み下す。

 すぐさまグラスを手に取って煽り、口の中を水で濯いでから、水を飲み込む。


 吐きそうな程の気分が、多少は楽になる。

 だが、エステ・ペスの切れ目からは、かなりの悪臭が漂っていた。


「樹脂でコーティングされてるんだけど、食べ始めたら切れ目の部分から臭うんで、エステ・ペスは急いで食べないと駄目なんだって」


 戦争の頃、アシェンプテルがエステ・ペスについて、そんな風に話していたのを、果敢は思い出す。

 アシェンプテルが言っていた通り、エステ・ペスは敵に見付からない為、急いで食べるように、パッケージにも注意書きが書いてあるのだ。


(休み休み食べてたら駄目なんだ、むしろ急いで……一気に食べないと!)


 その事に気付いた果敢は、怯みそうになる心を奮い立たせ、エステ・ペスに齧り付く。

 不味さと、それを遥かに上回る悪臭を堪えながら、果敢は一気に、エステ・ペスを食べ尽く……せない。


 やはり悪臭を堪え切れず、吐き出しそうになってしまい、果敢は頬を膨らませつつ、口を左手で抑える。

 涙目になりながら、何とか口の中のエステ・ペスを、果敢は必死で飲み込む。


 口を水で濯ぎたい気がしたのだが、アシェンプテルが言っていた通り、果敢は急いで食べる事の方を優先する。

 そして、残ったエステ・ペスを口の中に放り込み、苦悶の表情を浮かべながら、何とか飲み下し、一本を食べ終える。


「一本目を食べ終わりました! 既に三分以上が過ぎています! このままだと、間に合わないぞ!」


 煽るようなウェイトレスの言葉に、客達は盛り上がる。

 何時の間にか、窓の外にまで、見物人が集まり始めている。


 笑い声と歓声の中、果敢は二本目のエステ・ペスに手を出し、食べ始める。

 一本目に比べれば、多少は慣れ……るような事など無く、相変わらず、悪臭は凄まじく、果敢を責め苛む。


(ホントにこんなもん、アリアンツの軍人連中は食ってるのか? どうかしてるぞマジで!)


 特級魔族と戦っている時を上回る程、苦しそうな表情を浮かべながら、果敢は必死で、エステ・ぺスを食べ続ける。


(これ開発した奴、地獄に落ちろ! エステ・ペス地獄に落ちて、毎日毎日、地獄の鬼に、これ食わされ続けろ!)


 エステ・ペスの開発者に対し、そんな恨み言を、果敢は心の中で繰り返す。

 無論、この世界の地獄には、鬼はいないだろうし、エステ・ペス地獄が無い事くらい、分かってはいるのだが。




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