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074 え? やるんですか? これ? 本当に?

 萌黄色の水面を、船が行き交っている。

 二百メートル程の川幅があるレイルム川は、古来よりグリム大陸では、水運に利用されているので、船の交通が盛んなのだ。


 川の周囲には、多くの建物が並んでいる。

 レイルム川は、グリム大陸の多くの町を通り抜けるのだが、アリアンツ共和国の第三の都市であるバジレーも、その一つである。


 緋色の屋根を持つ古い建築物と、近代的で無機質な建物が、バジレーでは混在している。

 アスタロト・ファミリーとの戦争により、三割近い建物が破壊されたので、再建の為に、あちらこちらで建設工事中であり、近代的な建物が、急激に増えつつある。


 破壊を免れた川沿いの大通りには、多くの店が並んでいて、飲食店も数多い。

 緋色の屋根を持つ石造りの古びた建物の、ブラウ・バナーヌという店も、その一つだ。


 木材を多用した、暖かみのある店内は、朝食時と昼食時の合間のせいか、客の入りは程々といった感じである。

 そんな店の奥にあるテーブル席に、果敢は座っていた。


 怪しまれないように、果敢は戦闘服ではなく、薄手のカーキ色のコート姿になっている。

 そして、テーブルの上には、アスタロト人形が立っている。


 何故なら、この店を果敢が訪れたのは、呪いのせいだからだ。

 無論、この店内でアスタロト人形を目にして、声を聞けるのは、果敢だけである。


 果敢は近くにある壁に貼られた、ポスターを見ている。

 ポスターには、「エステ・ペス一箱チャレンジ! 三十分で食べ終えたら一万クレディを進呈!」という宣伝文句が書かれ、チーズ・バーを食べている、戦闘服姿の男女のイラストが、描かれている。


 同じポスターは、店の外側にも貼られていた。

 果敢は「エステ・ペス一箱チャレンジ」を目当てに、この店を訪れたのだ。


 ラプンツェル島を発った果敢が、アシェンプテルが居る筈のバジレーに着いたのは、一時間程前。

 エアリアルによる長距離飛行を行ったので、当然のように呪印は満月になっていた。


 キュレーター島からブレーメンまでの飛行距離の、半分以下の飛行距離だったので、呪いのレベルは1で済んでいた。

 果敢は早速、郊外の森の中で、ルーレットタイムを始めた。


 その結果、「食い尽くせ神の足! エステ・ペス大食いに挑戦!」という呪いが、選ばれてしまった。

 エステ・ペスというのは、アリアンツで昔から生産されている、デオルム・エステ・ペスというチーズから作られる、チーズ・バーの名だ。


 今では廃れているのだが、まだ王国であった頃のアリアンツは、傭兵を他国に派遣し、外貨を稼いでいた。

 勇猛で知られるアリアンツ傭兵が、携行食としていたのが、このエステ・ペスなのである。


 エステ・ペスは、一本食べれば三日は戦えると言われる程、栄養価が豊富であり、数年間放置しても、品質が殆ど劣化しない。

 携行食としての性能は素晴らしいのだが、他国には一切広まらず、かってのアリアンツの傭兵達や、現在の軍人達の間でも、かなり評判は悪い。


 何故かと言えば、物凄く臭くて、不味いからである。

 特に臭さの方が凄まじく、新人の傭兵や新兵などは、口に含んで噛んだ途端に、その悪臭で気絶する者が、珍しくない程だ。


 そもそも、材料であるデオルム・エステ・ペスというチーズの名は、古いグリム大陸の言葉で、「神々の足」を意味している。

 何でそんな名前なのかといえば、三カ月程洗っていない足のような、悪い冗談のような悪臭がするからであった。


 人間の足の臭さを、遥かに超えているだろうから、神々の足の臭いではないかという事で、ただの足ではなく、神々の足となったのである。

 丁度、この世界の神々が、逃げ去った後だったので、神々の評判が悪い時期であり、神々が悪い意味で使われたのだ。


 臭くて不味いが、栄養価と保存性だけは優れていた、このデオルム・エステ・ペスは、アリアンツでも山岳部の一部で、食されていただけであった。

 だが、デオルム・エステ・ペスに、携行食としての可能性を見出したバジレーの商人が、エステ・ペスの原型を作り出したのだ。


 携行し易いようにチーズ・バーにして、周囲を食べられる樹脂で覆ったのが、エステ・ペスの原型であった。

 悪臭が周囲に流れると、傭兵が敵に発見されてしまう可能性があるので、樹脂で覆ったのである。


 樹脂に防げるのは、周りに流れる悪臭だけ。

 食べた本人は、口腔から鼻腔に流れる悪臭に、苛まれる事になる。


 年月が過ぎる内に改良が進み、商品の名も変わり続けた結果、数十年前にエステ・ぺスというシンプルな名が定着した。

 幾つかのメーカーから、ほぼ同じ商品が、同じ商品名で販売されているが、アリアンツの軍人の携行食としてしか、基本的には利用されない。


 だが、バジレーの飲食店などでは、この悪臭と不味さで知られるエステ・ぺスの大食いを、いわゆるチャレンジ・メニューとして提供している店が、かなりあるのだ。

 臭い物や不味い物を食べる事に、娯楽として挑む人も、世の中には割といるので、そういう人に向けた商売なのである。


 つまり、「食い尽くせ神の足! エステ・ペス大食いに挑戦!」という呪いは、バジレーにあるどこかの店で、エステ・ペス大食いのチャレンジ・メニューに挑めというものなのだ。

 ちなみに、失敗したら向こう一週間、エステ・ペスしか食べられなくなるペナルティを、果敢は身に受ける羽目になる。


 果敢は一時間近くかけて、バジレーの町中で、エステ・ペス大食いのチャレンジ・メニューを提供している店を、色々と見て回った。

 そして、エステ・ぺスを食べなければならない量が、最も少なかったので、ブラウ・バナーヌでの挑戦を、果敢は選んだのである。


 エステ・ペスに関しては、果敢もアシェンプテルなどのアリアンツ人から聞いて、一応は知っていた。

 でも、果敢が関わったアリアンツ人は、誰もエステ・ぺスを携行食にしていなかったので、エステ・ペスを実際に見た事も食べた事も、悪臭を嗅いだ事もなかったのだ。


(納豆は大好きだし、くさやだって大丈夫だったから、臭いといっても……大丈夫だろう)


 ポスターを見ながら、そんな風に考えていた果敢の所に、エプロン姿の若いウェイトレスが来て、注文を取る。


「ご注文は?」


「この……エステ・ペス一箱チャレンジってのを、頼みます」


「え? やるんですか? これ? 本当に?」


 ウェイトレスはポスターを指差しつつ、驚きの声を上げる。


「本当にやります」


 ウェイトレスの反応が、引っかかりはしたのだが、果敢は即答する。


「そうですか、でしたら……特別席に、移動して下さい」


 果敢はウェイトレスにより、窓際の特別席に案内される。

 窓際の隅に、硝子の壁に覆われた、小部屋のような特別席が、設えてあるのだ。


「悪臭が他の席に流れないように、硝子で覆われた特別席で、挑戦していただく事になっているんです」


 扉を開け、果敢を特別席の中に誘いながら、ウェイトレスは説明する。


「エステ・ぺスって、悪臭が漏れないように、なってるんじゃないの?」


 窓際であり、外からも見れるようになっている、特別席に座りながら、果敢はウェイトレスに訊ねる。


「そうなんですけど、途中で吐き出してしまう御客様がいるんで、こういった特別席を用意しているんですよ」


「え? 吐き出す程なの?」


「止めときます?」


「いや……やります」


 呪いなので、果敢としては、やるしかないのだ。

 挑まなければ、呪いのレベルがレベル5にグレードアップしてしまい、またラプンツェル島に戻らなければならなくなってしまうので。


「それでは、少々お待ち下さい」


 ウェイトレスは一礼してから踵を返し、カウンターの方に歩き去っていく。




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