072 ま、とにかく……お前に一言、言っておきたい事があるんだ
三時間余りが過ぎた後、果敢達の身体は、元の性別に戻っていた。
少し前に、「男が女に! 女が男に! 淫らなメタモルポセス」の呪いが、終わっていたので。
三人の女性達は、バスローブ姿となり、ベッドの上に寝転んで、疲れ切った身体を休めている。
だが、ベッドの上に、果敢の姿は無い。
果敢もさすがに、疲労していたのだが、喉の渇きを覚えたので、何か飲みたくなってしまった。
そこで、バスローブ姿になってベッドを下りて、応接セットの近くに置かれた、魔術式の冷蔵庫の方に、移動していたのだ。
「喉が渇いた……ビールあると良いんだけど?」
独り言を呟きつつ、果敢は冷蔵庫の扉を開ける。
すると、中には良く冷えた、ビールの瓶が並んでいた。
果敢は笑みを浮かべつつ、冷蔵庫の中から、瓶ビールを取り出す。
そして、応接セットに移動し、ソファーに腰かけると、素手でビール瓶を開栓して、一気に飲み干す。
渇いていた喉と身体が潤い、爛れ切った気分であった果敢は、爽やかさを覚える。
「いやー、今回の呪いは、これまでで一番楽しかったなー!」
何時の間にか、ソファーの対面のひじ掛けに、椅子のように腰かけていたアスタロト人形が、言葉通りに楽し気に、感想を口にする。
「いや、全然……楽しくなかったから! 最悪だよ!」
苦々し気に言い放つ果敢に、アスタロト人形は平然と、言葉を返す。
「楽しんでるとしか思えない、可愛い声を上げていた気がするけど、聞き違いかな?」
からかうようなアスタロト人形の問いかけの後、幽霊界にいる幽霊達の、楽し気な笑い声が聞えて来る。
「元英雄は、女になっても欲しがり屋さんだねぇ!」
そんな下ネタのジョークに、幽霊達が沸く声が、聞こえて来る。
「五月蠅ぇ! まだいたのかよ、さっさと幽霊界に帰りやがれ!」
「まぁ、呪いは終わったから帰るけど、その前に……こっちに来たばかりの新入りが、お前に言いたい事があるらしいんで、そいつと少し代わるぞ」
その新人に話させる為、アスタロト人形は幽霊界に帰るのを、少し遅らせていたのだ。
実は、呪いが終わった後、アスタロト人形は新人に、話をさせようとした。
だが、呪いが終わった直後の果敢は、かなり消耗していて、まともに話せそうにない状態だった。
故に、アスタロトは果敢がある程度、回復した状態になるのを待って、新人を紹介する事にしたのである。
ビールを飲んで、喉を潤した後なら、話しても大丈夫だろうと、アスタロトは判断。
アスタロト人形を通し、果敢に話しかけたのだ。
呪いが終わると、アスタロト人形は幽霊界に、自動的に戻される。
だが、戻るまでの時間を、アスタロトの意志により、多少は遅らせられるらしく、たまに呪いが終わっても、今回のように、少しだけ居残る場合がある。
「新入り?」
これまで無かった展開に、果敢は訝し気な表情を浮かべる。
すると、テーブルの上に、光る円が出現する。
そして、光る円の中から、アスタロトではない別の人形が、姿を現す。
アスタロト人形と同様に、ビール瓶やワインボトル程の大きさの、ぬいぐるみ風の人形なのだが、モデルとなった魔族が違うのか、デザインが明らかに違う。
(あれ? 誰かに似てるな、この人形)
初めて目にした人形に、そんな印象を果敢は抱く。
人形の外見は、日焼けしたような肌の色を、ダークスーツに包んでいる、金色のショートヘアーをオールバックにした、マニッシュな女性魔族といった感じである。
「よう、元英雄の欲しがり屋さん! 暗い顔してるな! 生きてる癖に、人生終わったみたいな顔してるぞ!」
明るい口調で、女性魔族の人形は、果敢に話しかけて来た。
「ふざけた呪いに、酷い目に遭わされたばかりなんだから、当たり前だろうが!」
果敢は人形の声に、聞き覚えがあるような気がした。
何となく、声の主を察しつつ、果敢は人形に訊ねる。
「つーか、誰だお前?」
「お前に昨日殺されたばかりの、チキータだよ!」
新しい人形は、果敢が倒したばかりの特級魔族、チキータの幽霊が、幽霊界で操っていた人形だったのだ。
呪術を仕掛けたアスタロトが許せば、実は幽霊は誰でも、果敢の近くに自分のアバターの如き人形を、送り込めるのである。
「やっぱり、あいつか……」
声の主は、果敢が察した通りであったのだ。
そして、チキータを殺す直前の、嫌な予感の正体に、果敢は気付いた。
チキータを殺すと、幽霊となったチキータが幽霊界に行き、自分の呪いを楽しむ者達に加わる可能性があった。
その事を、果敢は明確には意識出来ていなかったのだが、本能的に察していたのだ。
故に、あの時の果敢は、嫌な予感を覚えたのである。
「いやー、面白いもん見せて貰ったよ! 元英雄が女になって、男になった仲間の女共に、ベッドで可愛がられる場面なんざ、滅多な事じゃ見れないからな!」
楽し気な煽り口調で、チキータ人形は続ける。
「殺されたせいで……気が滅入っていたんだが、お前の面白過ぎる姿を見たお陰で、気が晴れたよ! 元英雄の欲しがり屋さんは、胸が弱点らしいねぇ!」
果敢達の痴態を見物していた幽霊達は、同じ感想を抱いていたらしい。
同意を示しているのだろう、幽霊達の笑い声が響いて来る。
チキータが言っていた、「弱点」に関し、果敢は言い返そうと口を開くが、余りにも気まず過ぎて、言葉が口をついて出ない。
「ま、とにかく……お前に一言、言っておきたい事があるんだ」
果敢の口から言葉が出る前に、そんな言葉がチキータの口から出て来た。
「ーー何だよ?」
問いかけた果敢に、チキータ人形は大きく息を吸い込むと、大声で言い放つ。
「ざまぁみろ!」
そして、心の底からスッキリしたかのように、チキータ人形は高笑いする。
周囲にいるらしい幽霊達も、爆笑する。
爆笑したのは魔族達だけであり、この場面で人族の幽霊達は、笑うのを控えていた……一応は。
(あれ? 俺……こいつに勝った筈なのに、何か負けた気がするんだけど……何で?)
チキータなどの幽霊達の笑い声を耳にして、妙な敗北感を、果敢は味わってしまう。
「ま、幽霊界は意外と楽しそうな所だから、お前もさっさと死んで、こっち来いよ。自分達を助けた英雄に、無実の罪を着せて、討伐しようとする人族の世界より、よっぽどマシだろ」
幽霊界に来た後、アスタロト達に色々と話を聞いて、果敢が人界で、どんな状況に置かれているかを、チキータは知ったのだ。
「嫌なこった! 俺は日本に帰るんだよ!」
「無理だと思うけど……じゃ、またな!」
友人を相手にしているかのような、気楽な感じで、去り際の言葉を残すと、地面に現れた光る円の中に、チキータ人形は姿を消してしまう。
果敢に言いたい事を言い終えたので、人形を幽霊界に戻したのだ。
「ーーという訳で、幽霊界の新入りのチキータでした」
ゲストの紹介を終えた、バラエティ番組の司会者のように、アスタロト人形が、自然に会話に戻って来る。
「他の奴も、人形出せたのかよ」
「見物する幽霊の数が多いと、送り込める人形の数が増えるんだ」
アスタロト人形は、説明を続ける。
「今回は今までで一番、見物してる連中の数が多くてな、俺の他にも一体、人形を送り込める状態になったって訳だ」
(つまり、今までで一番多くの幽霊共に、俺は女の身体で……してる所を、見られた訳か……)
既に沈んでいた果敢の気分が、更に沈み込んでしまう。
「それじゃ、また次の呪いで!」
おどけた口調で、去り際の決まり文句を口にしてから、アスタロト人形は付け加える。
「まぁ、いつものパターンだと、レベル5の呪いの後は、またラプンツェルの実験で、すぐに呼び出される事になるんだろうけどな!」
床に現れた光る円の中に、ルーレットを載せたテーブルなどと共に入ると、アスタロト人形は光る円と共に、姿を消してしまう。
今回のルーレットタイムは、これで完全に終わったのだ。
果敢の心に、人生最悪のトラウマを残して……。
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