068 何か……女の子とキスしてるみたいな感じで、変な気分だな
「お邪魔しまーす!」
元気な声が、玄関の方から聞こえて来る。
ヴィルナの声よりも、トーンが高く、明るい感じであり、果敢は良く知っている声だ。
「カカンは?」
「リビングだよ」
訪れた女性とレギーナの会話が聞こえてから、殆ど間を置かず、女性はリビングの中に、勢い良く飛び込んで来る。
姿を現したのは、長身のレギーナよりも、少しだけ背が高い、黒い戦闘服姿の女性。
短い髪も瞳の色も黒く、鍛え上げられた筋肉質の身体を、濃い褐色の肌に包んでいて、目鼻立ちがはっきりとしている。
しなやかな身体を持つ、猫科の大型肉食獣のような印象の、美しい女性だ。
動物に例えるのなら、黒豹といったところなのだが、猫のように人懐っこさを感じさせる、顔立ちでもある。
「カカン! 二カ月振りだね!」
ソファーに座る果敢に、明るい口調で声をかけた直後、女性は大きな目を更に大きくして、驚きの表情を浮かべる。
「ひょっとして……カカンって、そっちの方の趣味があったの?」
そして、何かに納得したかのように頷いてから、言葉を続ける。
「だから、僕達のウィル・シャーリングになるのを、断ってたんだ……男の方が好きだから……」
「いや、そんな訳ないだろ!」
女装した自分の姿を目にして、同性愛の趣味があるのだと勘違いしたらしい女性に、果敢は慌てて言い訳をする。
「男じゃなくて、女が好きだよ俺は!」
果敢の表情と言葉から、女装の原因が呪いであるのを、ヴィルナやレギーナ同様に、この女性も察する。
「ああ、呪いのせいなんだ……こんな呪いまであるんだね」
安堵の表情を浮かべる女性の後ろから、楽しそうに含み笑いをしているヴィルナが、姿を現す。
「女装の呪いの事、マリオンに言ってなかったの?」
問いかける果敢に、ヴィルナは答える。
「言わないでおいて、知らないままで女装姿のカカンを見た方が、面白いと思ってさ」
ヴィルナは故意に、果敢が呪いのせいで女装している事を、褐色肌の女性……マリオン・ジャガーに言わなかったのだ。
厳しい感じの見た目の印象と違い、ヴィルナは割と悪戯好きで、人をからかうのが好きだったりする。
悪戯の被害に最も遭っているのは、トレイル・ブレイザーズの仲間のマリオンである。
一つ年下であり、人の良いマリオンは、良いからかいの対象となっている。
トレイル・ブレイザーズには、明確にリーダーを決めていないのだが、能力的には一番高いヴィルナが、実質的なリーダー格といえる。
功績で言えば、マリオンを数段上回るのだが、名前と顔が知られているのは、ヴィルナではなくマリオンの方だ。
ヴィルナもマリオンも美女なのだが、ヴィルナは目付きが悪く、見た目の印象がキツい感じ。
それに比べて、マリオンの方は性格同様に、見た目の感じも人懐っこく、好印象を持たれ易い。
以前、グリム諸国連合軍が、美人の女性軍人を、戦意高揚目的の広報活動に利用しようとした時、美女揃いと言われるトレイル・ブレイザーズの面々が、候補として名前が挙がった。
その際、ヴィルナは目付きが悪過ぎるという事で、早々と候補から外れた。
最終的に選ばれたのがマリオンなので、マリオンの顔と名前は、一般人にすら知られている程なのだ。
ただ、有名になったせいで、グリム大陸の故郷では、生活し難くなってしまい、戦後はトレイル・ブレイザーズの仲間達と共に、魔女の塔に移る事になった。
「みんな揃った事だし、夕食にしようか」
レギーナの言葉に頷き、果敢は立ち上がる。
そして、ダイニングキッチンの方に歩き出した果敢は、近くにいたマリオンに抱き寄せられると、唇を奪われる。
唐突なマリオンのキスに、果敢は最初は驚く。
ただ、アシェンプテルに対するのと同様に、果敢はマリオンに負い目があるので、拙いなとは思えど、強くは拒否が出来ない。
だが、アシェンプテルの時のように、付き合ってもいないのに、キスをするのは拙い……といった趣旨の言葉を、口にする事も無い。
「だったら、ウィル・シャーリングになれば良いじゃない。そうなれば、全然拙くなんてないんだから」
そういった言葉が返って来て、せっかく終わったばかりの、ウィル・シャーリングについての話が蒸し返されるのが、過去の経験から、果敢には分かっている。
故に、アシェンプテル相手の時のような事を、果敢は言わないのだ。
何の遠慮も無く、堂々とキスを楽しむマリオンを目にして、果敢だけでなく、レギーナとヴィルナも呆気に取られる。
「マリオン、てめぇ……まだ、あたしもしてないのに!」
ヴィルナに続いて、レギーナもヴィルナに抗議する。
「最後に来たのに、最初に手を出すとか……少しは遠慮し給え!」
二人の抗議を受けたマリオンは、唇を離すと、屈託の無い表情で言葉を返す。
「二人は、まだだったんだ。じゃあ……どうぞ!」
マリオンは果敢を、近くにいたヴィルナの方に押し出す。
果敢はヴィルナに、抱き留められる。
「何で私じゃなくて、ヴィルナが先な訳?」
自分ではなくヴィルナの方に、果敢を押したマリオンに、レギーナは少し不満気に訊ねる。
「レギーナは二週間ちょっと前に、したばかりでしょ」
二週間と少し前、レギーナがキュレーター島まで、果敢に日帰りで会いに行ったのを、マリオンは知っているのだ。
「そうそう、あたしは二カ月振りなんだから、あたしの方が優先!」
そう言いながら、ヴィルナは眼鏡を外し、ベストのポケットに仕舞うと、軽く舌なめずりをして、唇を濡らす。
白い頬を恥ずかし気に染めつつ、ヴィルナは果敢を抱き締めて、唇を重ねる。
鋭い目付きで、厳しく強気な雰囲気のヴィルナなのだが、悪戯っ子のようになったり、キスなどの性的な行為に照れる時は、別人のように感じが変わる。
色々と意外な部分が多いのも、ヴィルナの魅力だ。
二カ月振りのキスのせいか、最初こそ探るような、軽めのキスだったのだが、舌を絡め合う……濃密なキスに移行する。
十分にキスを楽しんでから、ヴィルナは唇を離す。
「何か……女の子とキスしてるみたいな感じで、変な気分だな」
照れているのを誤魔化す風な表情で、感想を口にしながら、ヴィルナは果敢の身体を、レギーナの方に送り出す。
今度はレギーナに、果敢は抱き留められる。
「呪いのせいで、発情した時だけ……するというのは、味気無いからね」
言い訳染みた言葉を口にすると、果敢の髪を撫でつつ、レギーナは続ける。
「キスくらい楽しませてよ、レベル5の呪いを共に身に受ける相手への、御褒美だと思ってさ……」
果敢の頬に手を添え、レギーナは唇を奪う。
軽く唇を重ねてから、舌を絡ませ始め、唾液が行き交うような、濃密なキスを交わす。
レギーナに抱き締められながら、果敢は心の中で呟く。
(拙いよなぁ……こういうの)
基本的には、付き合っている訳ではない相手と、キスをする事が「拙い」のだ。
呪いに巻き込んでいる事について、負い目がある為、レギーナ達の求めには、果敢は心情的に抗い難いせいで、流されてしまう場合が多い。
でも、レギーナ達は果敢にとっても、かなり魅力的な女性達である。
当然、果敢も本音では、レギーナ達相手のキスを、楽しんでしまっている部分もある。
故に、欲望に流されてしまっているような気がして、果敢は罪悪感を覚えてしまう。
その事も、果敢は「拙い」と感じているのだ。
レギーナが唇を離すと、今度はヴィルナが果敢を抱き寄せ、唇を重ねる。
三人の女性達は、食前酒のグラスでも、回し飲みしているかのように、代わる代わる果敢とのキスを楽しむ。
果敢はただ、魔女達の為すがままになり続ける。二つの意味で、「拙い」とは思いながら……。
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