064 悪いな、レギーナ。また……面倒かける事になった
魔女の塔の中は、建物の中というよりは、町の中のように見える。
空ではなくて天井があるので、建物の中なのは分かるのだが、広い空間の中に、多数の建物が並んでいるせいだ。
広い空間は十三階層あり、三階層は地下に存在する。
地上にあるのが一階層であり、果敢がいるのは最上階層である十三階層。
十三階層は居住用なので、町のようになっているのだ。
研究用や訓練用の階層は、全く違った構造になっている。
天井には魔術による照明があり、外部と同程度の明るさに、調整されている。
今は夜なので、照明は殆どが消えている為、十三階層は夜のように暗い。
ヴィルナに誘われ、屋上の出入り口から魔女の塔に入った果敢は、十三階層の天井付近をヴィルナと共に、ゆっくりと飛んでいる。
巨大な建物である魔女の塔とはいえ、エアリアルでスピードを出して飛び回るには、狭過ぎるので。
果敢の眼下には、夜の町並のような光景が広がっている。
まだ殆どの魔女達は起きている時間なので、建物の窓からは灯が漏れているのだ。
建物は住んでいる魔女達が、好き勝手に建てたり、改築してしまうので、デザインに統一性は無い。
魔女達は世界中から集まっているせいか、グリム大陸や周辺地域では見かけない、他の大陸風の建物まで存在する。
雑然と並ぶ建物の上を飛びながら、果敢が目指すのは、十三階層の中央にある、黒い円柱状の建物だ。
他の建物よりも高く、二十メートル程の高さがある、無機質な印象のビルであり、周囲に広い庭があるあたりも、他の建物とは異なっている。
このビルこそが、当代のラプンツェル……レギーナ・クルーガー邸である。
七階建てなのだが、窓から灯りが漏れているのは、一階部分だけだ。
果敢とヴィルナは降下して、ビルの玄関前に降り立つ。
飾り気の無い、金属製の黒い開き戸の右には、この世界では珍しい、魔術で実現されたインターホンがある。
ヴィルナがインターホンのボタンを押すと、スピーカーから面倒臭げな、女性にしては低目の声が聞えて来る。
「誰だい?」
「ヴィルナだ」
「随分と早いじゃないか。夕食までは、まだ時間があると思うんだが」
「まだ仕事中だから、食事に来たんじゃないよ。客人を連れて来ただけだ」
「客人? 誰だい?」
「呪われた元英雄様だよ」
「カカンか?」
面倒臭げだった声が、いきなり張りの有る声に変わる。
そして、インターフォンの声は途切れ、変わりに足音が聞えたかと思うと、開き戸が勢い良く開き、女性が姿を現す。
白い肌に青い瞳、果敢より拳二つ程は背が高い、二十代後半の金色の長い髪の女性。
顔立ちは派手に整っていて、基本的には人目を惹く程の美女といえるのだが、服装は野暮ったく、魅力を大きく殺いでいる。
今の服装は、色が落ち過ぎた藍色のジェヌカに、似たような色合いのワークシャツという作業服風。
しかも、ジェヌカは擦り切れて穴が開いていて、シャツの方はヨレヨレ。
髪の毛は素っ気ないにも程がある、雑なポニーテールであり、化粧は全くしていない。
外見に気を使わない性格をしている事が、一目で分る見た目である。
「良く来たね、カカン!」
嬉しそうに声を弾ませる女性に、果敢は気まずそうに頭を掻きつつ、言葉を返す。
「悪いな、レギーナ。また……面倒かける事になった」
果敢の前に姿を現した、野暮ったい美女こそが、当代のラプンツェル……レギーナ・クルーガーである。
世界最高の魔女であるレギーナは、公式に人前に出る時は、まともな格好をするので、一般的には絶世の美女などと評されている。
だが、魔術一筋に生きて来たが故、外見に気を使う事など、無意味で面倒だと思っている人間なので、レギーナは外見に殆ど気を使わないのである。
普段は作業服か戦闘服ばかり着ているのだが、公式な場に出る時だけ、魔女の塔の評判が落ちないようにと、部下達により、身だしなみを整えられてしまうのだ。
まともに着飾っている時のレギーナは、絶世の美女という評判通りの見た目になる。
「気にするな、面倒などと思った事など無いよ……え?」
そこまで喋って、レギーナは果敢の女装姿に気付く。
レギーナは訝し気な表情を浮かべ、果敢に問いかける。
「女装趣味にでも、目覚めたのかい?」
「目覚めてねぇよ!」
憮然とした表情の、果敢の言葉を聞いて、レギーナもヴィルナと同様、事情を察する。
「女装させられる呪いまであるのか」
レギーナが呪いによる女装なのを察したので、果敢は自ら事情を話せるようになる。
「二十四時間、女装しっ放しになる呪いだよ」
げんなりした口調で、果敢は愚痴る。
「どんな呪いだったのか、後で詳しく聞かせてくれ」
レギーナの言葉に、果敢は頷く。
基本、呪いに関する事は、呪術に関する研究の為、全てレギーナに報告する事になっているのだ。
「それで……レベル5になったのは、何時頃だい?」
果敢が魔女の塔を訪れるのは、呪印が満月になり、呪いのレベルが5に達してしまった場合が殆どだ。
レベル5に達した場合、呪術と呪印に関するデータを取る為、自分の元に来るように、レギーナ自身が果敢に指示しているのである。
故に、果敢の呪いがレベル5に達した前提で、レギーナは問いかけたのだ。
「正確に確認した訳じゃないんだけど、ブレーメン時間で、午後四時台だと思う」
「それなら、明日の午前四時まで、自動発動は無いだろう」
レベルが上昇した十二時間後に、呪いは自動発動するので、レギーナはそう考えたのだ。
「呪いが重なるのは拙いから、レベル5の方を発動させるのは、夜中過ぎから……明日の午前四時の間辺りかな」
呪いを身に受けている最中に、新しい呪いを発動させると、身に受けている最中の呪いを、後でやり直さなければならない。
その事は、実験ではっきりしているので、レギーナは発動時間を、その範囲にしようと考えたのである。




