063 そういう趣味……あったの?
果敢はヴィルナに、声をかける。
「ヴィルナだろ? 許可なら有る!」
ヴィルナの方も、果敢の声を知っている。
普段なら声を聞かずとも、ヴィルナは百メートル程まで近付けば、相手が果敢だと気付けるのだが、今夜は無理であった。
普段とは違い過ぎる、果敢の服装のせいで。
「その声は……え?」
ヴィルナは、驚きの声を上げる。
女性用の服を着ている為、女性だと思っていた相手が、果敢の声で自分に話しかけて来たので。
果敢の正面方向にいたヴィルナは、果敢に向かって飛んで来ると、二メートル弱の間合いを取り、空中静止する。
灰色の髪を、額の見えるショートボブにしている、果敢よりも拳二つ程背が高い、二十代前半の色白の女性だ。
顔立ちは端正だが、目付きがとても鋭い。
目が悪い訳でもないのに、銀縁の丸眼鏡を愛用しているのは、目付きが悪過ぎる印象を、幾分か和らげる為だと、果敢は以前、本人から聞いた事がある。
その鋭い目で、ヴィルナは果敢の姿を、上から下まで……念入りに確認。
微妙な表情を浮かべつつ、ヴィルナは果敢に問いかける。
「そういう趣味……あったの?」
「ねぇよ」
不愉快そうな半目の表情を浮かべ、即座に果敢が否定の言葉を口にしたので、ヴィルナは事情を察する。
「呪いのせいなんだ……。相変わらず、人助けしては、アホな呪いばかりかけられて……大変だね」
果敢がどのような生活を送っているのか、大雑把にではあるが、知っているヴィルナは、同情の言葉を口にする。
「呪われた原因は?」
「アシェンプテルの依頼で、魔族共と……召喚した人間を、始末したんだ」
「ここに来たって事は、その格好になった原因の呪いだけじゃなくて、レベル5の呪いも?」
ヴィルナの問いに、果敢は気まずそうに頷く。
「そうなんだ……二カ月振りくらいだっけ?」
レベル5という言葉を口にした事から分かる通り、果敢が何の為に、魔女の塔を訪れたか、ヴィルナは分かっているのだ。
「確か、それくらいだったかな」
答を返した果敢は、実は二カ月程前にも、呪いがレベル5に達してしまい、魔女の塔を訪れていた。
ハインリヒに頼まれた件であり、特級魔族相手ではなかったのだが、かなり面倒な能力を持つ上級魔族を、複数相手にした結果、レベル5に達してしまったのである。
「今回は、どれくらい居るの?」
「レギーナ次第だから、レギーナに訊かないと分からないよ」
「それもそうだね」
魔女の塔を果敢が訪れた際、果敢はレギーナが行う、呪印と呪術の研究に付き合う為、数日間滞在する場合が多いのだ。
「あたしも……何時も通り、協力するから」
恥ずかしそうに頬を染め、ヴィルナは果敢に囁く。
協力というのは、果敢のレベル5の呪いへの対処や、レギーナが行う研究への協力である。
「有難う、色々と悪いね」
果敢は心から、ヴィルナに礼を言う。
「気にするなって、カカンには何度も助けてもらったんだから、お互い様って奴さ」
ヴィルナは果敢の肩を、励ますように叩く。
「レギーナの所まで案内するから、ついて来て!」
そう言うと、魔女の塔に向かって、ヴィルナは飛んで行く。
果敢もヴィルナの後に続き、魔女の塔に向かう。
「入塔許可が出ている、レギーナの友人だ!」
引き連れて来た他の警備員達に、ヴィルナは声をかける。
レギーナ本人が、敬語を嫌がるので、儀式などの公式な場を除けば、魔女の塔の魔女達は、レギーナに敬語は使わない。
「塔に戻るよ!」
他の警備員達も、ヴィルナの後に続いて、塔に戻り始める。
ヴィルナだけでなく、他の警備員の魔女達も、皆が果敢より背が高い。
警備員達だけでなく、魔女の塔にいるのは、果敢よりも背が高い、長身の魔女が多い。
魔女の塔に限らず、この世界において、強力な戦闘員や魔術、聖魔術などの使い手には、身体が大きい者が多い。
理由は、魔術の塔が開発した、タイタナイザーという魔術の影響だ。
伝説上の存在である巨人族……タイタンのように、大きくて強い身体を手に入れる為の魔術として、開発されたのがタイタナイザーである。
かなり大袈裟な名称であり、巨人のように大きくはなれない。
だが、魔力やアウラの才能に恵まれた人間が、成長期にタイタナイザーを身体に受けると、大抵は百八十センチを超える身長となり、身体能力も強化される。
この世界の戦闘では、近接戦闘を行う機会が多く、近接戦闘では、身体が大きい方が、基本的には有利である。
魔術やアウラ・アーツの能力が同等であれば、戦闘は身体が大きい方が有利なので、タイタナイザーは効果的といえる。
軍人や冒険者など、戦闘に関わる職業に就く事を、若い頃から決めていて、魔力やアウラの才能に恵まれた者達は、このタイタナイザーによる、身体強化処置を受ける者が多い。
それ故、強力な戦闘能力を持つ者達には、身体が大きい者達が多いのである。
ちなみに、タイタナイザーは人にかけるのではなく、食料にかける魔術だ。
タイタナイザーをかけられた食料を、成長期に摂取し続けると、効果が表れる。
魔術や聖魔術……アウラ・アーツなどの、戦闘技術を教える教育機関などは、才能がある希望者向けに、タイタナイザー処理をした食事を与える。
果敢が関わる、強力な戦闘能力を持つ人間の多くが、かなりの長身なのは、大抵は有名な教育機関出身であり、タイタナイザー処理をされた食事を、思春期に与えられていた影響なのだ。
戦争において、常に最も重要な戦場を転戦し続けた果敢は、強力な戦闘能力を持つ者達と関わる機会が、多かった。
そういった者達は大抵、タイタナイザーによる身体強化処置を受けていたので、果敢が関わる者達には、背が高い者達が多かったのである。
キュレーター島でも、強力な冒険者の中には、タイタナイザーによる処置を受け、大きな身体を持つ者達が多い。
ただし、殆どの島民は、処置を受けていない一般人なので、果敢はキュレーター島での生活において、自分の背が低いなどとは、感じたりはしない。
でも、たまに魔女の塔を訪れた直後などは、果敢は自分の背が、低くなったように感じてしまうのだ。
大人の中に、一人だけ子供の自分が、紛れ込んでしまったかのような、身長差の状態になるので。
(俺が低いんじゃない、魔女の塔の魔女連中が、普通よりも高いだけなんだ……)
近くを飛ぶ魔女達の姿を見て、果敢は心の中で、自分に言い聞かせる。
ただ、すぐに魔女達との身長差など、果敢は気にしなくなる。
これから経験しなければならない、レベル5の呪いの方が、果敢にとっては深刻な問題なのだ。
果敢は身長の事など、気にしている場合ではないのである。
(レベル5か……ろくでもない呪いばかりだけど、出来るだけ軽めの……精神的ダメージが小さい奴に、なりますように……)
果敢は心の中で祈りながら、憂鬱な気分で飛び続ける。
夜空に聳える、魔女の塔に向かって……。
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