062 ここは魔女の塔が管理する空域! 許可無き者は侵入禁止だ!
(やっぱ、日没前に辿り着くのは、無理だったか……)
西の空を眺めながら、果敢は心の中で呟く。
まだ西の空は、僅かに朱く染まっているのだが、太陽は水平線の向こう側に、沈み切っている。
果敢がいるのは、黒に近いが、僅かに青みを残した色合いの、大海原の上空。
一度だけ地上で休息をとったが、二時間半も飛び続けた果敢は、グリム大陸の先に広がる、ノード海の上に出ていた。
身体中に負った、傷と火傷の治療は、既に終わっていた。
治療が終わった後、果敢は飛行速度を上げたのだが、日没前にラプンツェル島に、辿り着けなかったのである。
肌寒くなった、既に夜空と言うべき海上の空を、果敢は飛び続ける。
寒さに耐える為、果敢はアウラ・アーマーを発動していた。
普段なら、冬や悪天候でもない限り、夜に飛ぶ場合でも、果敢はアウラ・アーマーを、防寒に利用したりはしない。
それなのに、アウラ・アーマーに頼っているのは、服装のせいだ。
戦闘服と違い、ディアンドルは防寒性が殆ど無い。
しかも、果敢が着ているのは、両脚が剥き出しの状態になっているタイプなので、高度の高い空を飛ぶと、両脚が寒いのである。
そのせいで、果敢はアウラ・アーマーを防寒に利用しながら、空を飛ぶ羽目になったのだ。
ちなみに、身に纏うディアンドルは、返り血で汚れていない。
これから他人の家に行く事になるので、血に汚れた服のままでは拙いと、果敢は考えた。
故に、果敢は空を飛びながら、自分でディアンドルを吹き飛ばしたのだ。
破壊されたディアンドルは、呪いのせいで新品のようになって甦るのを、果敢は知っていたので、それを利用したのである。
髪や肌の汚れは、休憩の際に立ち寄った、公園の水道で洗い流した。
(あれかな?)
進行方向に光点を見付けたので、果敢は興奮気味に自問する。
船の灯の可能性があるので、まだ確実では無いのだが、ラプンツェル島の町の灯かもしれないと、果敢は思ったのである。
果敢は飛行速度を上げ、高度を徐々に落としながら、光が見える方向に飛んで行く。
巡航速度を大きく超える速さで、飛び続けた果敢の目に、ドーナツのような島が映る。
ドーナツ状に見える島のあちこちが、光を浴びた砂糖のように、煌めいている。
(やっぱり、ラプンツェル島だ!)
果敢は心の中で、喜びの声を上げる。
激戦の後、長距離を飛び続けたので、さすがに疲れ果てていた果敢は、目的地の姿を視認出来て、嬉しかったのだ。
ラプンツェル島は円形の島であり、表面積は五百平方キロメートル程、日本でいえば、屋久島と同程度の広さがある。
島の周辺部分には森があり、中央部分は広い荒野となっている。
中央部分の荒野よりも、比較的色が濃い、この外周部の森のせいで、ラプンツェル島はドーナツのように見えるのだ。
日中であれば緑のドーナツに、夜であれば黒いドーナツに。
ドーナツには数か所、少しだけ齧られた感じに、凹んでいる部分がある。
凹んでいる部分には町があるので、光点が他の部分よりは多い。
町の数は四つあり、町に住む一般的な住民の人口は、五万人程度。
漁業や農業を営む、普通の人々が住んでいる。
ラプンツェル島がブレーメンから独立し、自由都市となった際、行き場を失った難民達を、魔女の塔が受け入れ、暮らせる町を整備したのだ。
魔女の塔が支配する島ではあるのだが、常識的な法制度を整備しただけで、それぞれの町には、高度な自治権が与えられている。
ただし、一般住民が出入り出来るのは、魔女の塔が安全を確認した上で、住めるように整えてある、町と周辺の森に限られる。
それ以外の場所は、一般人が立ち入るのは危険なので、立ち入りが禁止されているのだ。
遠い昔から続く魔術実験により、ラプンツェル島には、危険な場所が多い。
魔術実験で生み出された、危険な動植物が存在していたり、時空間が歪んでいる場所があったりするので。
魔女の塔があるのは、島の中心である。
ドーナツで言えば、穴のように見える部分の中心に、巨大な塔が聳え建っているのだ。
塔と言っても、細長い建物ではなく、直径も高さも五百メートルを超える、円錐台型の建物である。
初めて魔女の塔を目にした時、ピーテル・ブリューゲルが描いた「バベルの塔」に似ているなという印象を、果敢は受けた。
元々は細く、大して高くも無い、普通の塔であったらしい。
だが、長年に渡り、改築を続ける内に、現在のような形と大きさになったのだと、果敢はレギーナから聞いていた。
この世界には、百メートルを超える超高層建物が、殆ど存在しない。
果敢が生まれ育った世界より、建築技術全般が、かなり遅れているせいである。
大抵の建物は、高くても十階程度、五十メートルにすら届かないのが現実だ。
数少ない大聖堂や大寺院、城や政府の建築物などだけが、百メートルを超えている。
魔女の塔は、この世界では常識外れの大きさを誇る、建物なのである。
そんな、日本ですらお目にかかれない、巨大建築物である魔女の塔が、果敢の視界の中で、大きさを増して行く。
果敢は魔女の塔まで、一キロ程の距離まで近付いている。
高度は三百メートル程まで下げているので、遠くに見えて来た魔女の塔を、果敢は見上げる形になる。
すると、魔女の塔の方から、光を放つ何かが、果敢がいる方向に向かって、高速で飛んで来る。
強力なアウラの光を放ちながら、エアリアルを使い、飛んで来る者達がいるのだ。
果敢は驚きもせず、飛行速度を落として、空中静止状態に移行する。
そして、エアリアルで接近して来る者達を、果敢は待つ。
エアリアルで飛来したのは、黒い戦闘服に身を包んだ、十二人の女性達。
百メートル程の間合いを取り、十二人の女性達は、果敢の周囲を取り囲む。
「ここは魔女の塔が管理する空域! 許可無き者は侵入禁止だ!」
威圧感がある鋭い声が、果敢に向かって飛んで来る。
飛んで来た女性達は、魔女の塔の警備員達なのだ。
空中であれ地上であれ、魔女の塔に何者かが近付くと、すぐに出動して、まずは警告をするのである。
警告を無視すれば、即座に攻撃して来る。
(この声は、ヴィルナか)
聞えて来た声に、果敢は聞き覚えがあった。
声の主の名はヴィルナ・レベリン、戦争の頃から知っている、凄腕の軍人の女性であり、レギーナにスカウトされ、魔女の塔で働く魔女の一人となっているのだ。
魔術にも長けているが、基本的には武術をメインに戦う魔術戦士である。
特定の武器にはこだわらず、あらゆる武器を状況と相手により、使い分ける戦闘スタイルを得意としている。
今のように、警備員を務めている場合もあれば、魔女の塔から戦闘要員として、派遣される場合もある。
新しい魔術や、魔術道具の開発に協力したりもするので、何でも屋のような状態といえる。




