061 あの……貴女は一体、何者なんです?
屍から流れ出る、血に汚れる床を見下ろし、果敢は司祭に話しかける。
「汚い血で、聖堂を汚して悪いね。大穴も開けちまったし」
「魔族と……魔族を召喚した大罪人を、葬る為でしたら……仕方が有りません」
グリム聖教において、魔族召喚は決して赦されぬ罪なので、そう司祭は答える。
「死体はどうする? 処理した方が良いなら、処理してから去るが?」
「ブレーメン司教庁や、政府への報告の為には、死体を保存しておいた方が良いので、処理は我々が行います」
司祭の言うブレーメン司教庁というのは、グリム聖教のブレーメン教区の、中心となっている組織の事だ。
「そうか、なら……後は任せる」
そう言うと、この場での用は済んだとばかりに、果敢は出入口に向かって歩き出す。
「あの……貴女は一体、何者なんです?」
果敢の背中に、司祭は問いかける。
「貴女が何者なのか……分からないと、報告に困るのですが」
果敢は素っ気ない口調で、答を返す。
「人の世に害を為す屑を、片付ける役目を押し付けられてる、ただの猫好きの男さ」
「え? 男?」
女だと思っていた果敢が、男と言い出したので、司祭は驚きの声を上げる。
「あ、いや……猫好きの女だ」
自分が女装中であるのを失念し、つい男と言ってしまったのに気付き、果敢は慌てて言い直す。
ちなみに、呪いのせいで女装させられてる事を、打ち明けた訳ではないので、ペナルティは発生しない。
果敢は気まずかったので、足早に出入口から外に出て行く。
そして、聖堂の外に集まっていた、騒然としている野次馬達の前で、エアリアルを発動すると、果敢は空に舞い上がる。
一気に千メートル辺りまで、高度を上げた果敢は、空中で制止した上で、リュックの中から地図と方位磁針を取り出す。
方位は太陽の位置などから、大よそ分かるのだが、これから長距離飛行を始めるので、念の為に正確な方位を、知りたかったのだ。
肌寒くて、少しばかり空気が薄い空で、果敢は方位を確認、大雑把な飛行ルートを、頭に叩き込む。
「北北西は……あっちか」
果敢は北北西を向くと、地図と方位磁針……ついでに、外した猫の仮面を仕舞う。
そして、北北西に向かって飛行を開始すると、徐々に速度を上げ、ほんの十秒程で、巡航速度の時速三百キロ程に達する。
ローゼンハイン領からだと、キュレーター島は南にあるので、果敢が向かっているのは、キュレーター島ではない。
目指しているのは、グリム大陸から少し離れた海上にある、ラプンツェル島である。
何故、ラプンツェル島を目指すのかといえば、呪いのレベルが、レベル5になってしまったから。
呪術と呪印の研究の為、レベルが5に達した場合は、研究データを取る為、ラプンツェル島に来るように、果敢はレギーナに言われているのだ。
親しい間柄であるレギーナは、果敢のレベル5の呪いに巻き込まれる事も、許容してくれている。
ラプンツェル島には、レギーナの他にも、呪いに巻き込まれるのを許容してくれる、果敢にとっては、親しい魔女達がいる。
無関係な人々を巻き込んでしまうより、許容してくれているレギーナ達がいる場所で、レベル5の呪いを発動させた方が良いだろうと、果敢は判断している。
その事も、果敢がラプンツェル島を目指す理由の、一つである。
空を飛びながら、胸元を開いて指輪を回し、果敢は呪印の状態を確認する。
あれ程に派手な戦いをしたのだから、レベル5になっているのは確実なのだが、まだ目で見て確認していなかったのを、果敢は思い出したのだ。
満月になっている呪印には、「3」と「5」の二つの数字が、表示されていた。
大きな「3」の右隣に、小さな「5」が表示されているのだ。
呪いを身に受けている最中に、更に強力なアウラや魔力を使うと、新しい呪いが確定してしまう場合がある。
その場合、新しく確定した呪いの方のレベルは、右側に小さく表示される。
果敢が受けている最中の、「勇気を出して初めての女装二十四時」は、レベル3の呪い。
つまり、「3」の方が、現在受けている呪いのレベルであり、「5」の方が、次に受ける呪いのレベルという訳である。
呪いを身に受けている最中に、更に新しい呪いが確定する程の、アウラや魔力を使うと、呪印がこのような状態になる事を、果敢は知っていた。
レギーナが行った実験において、経験済みなので。
(ま、レベル5に……なっていない訳がないからな、今回は……)
覚悟していたとはいえ、果敢はショックを受けながら、指輪と胸元を元に戻す。
(ラプンツェル島に着くのは、日没後になりそうだけど、巡航速度で飛ぶか……)
既にアウラの使い過ぎを、気にする必要が無い状況。
巡航速度を超える速さで飛んでも構わないのだが、果敢は巡航速度で飛ぶ事にした。
空を飛びながら、身体の治療をする事にしたのが、巡航速度で飛ぼうと決めた理由だ。
チキータとの激戦で、果敢は少なくは無い傷を負っていた。
果敢はアウラを操作し、出血を止めていたのだが、まともに傷を治してはいなかったのだ。
特に、ベーテ・アル・インフェルノで負った火傷は酷く、果敢は苦痛に苛まれていたのである。
傷の治療となれば、聖魔術が適しているのだが、果敢は聖魔術が得意では無い。
得意では無い聖魔術で、傷の治療をしながら飛ぶのなら、余り速度は出さない方が良いので、余裕のある巡航速度で、果敢は飛ぶ事にしたのだ。
西の空が、朱に染まり始めている大空を、冷たい空気を切り裂きながら、果敢は巡航速度で飛んで行く。
グリム大陸の先の海にある、友人達がいる筈の、ラプンツェル島に向かって……。
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