056 まともじゃない強さの上に、抜け目まで無い英雄か……アスタロトが負ける訳だよ
「その通り」
チキータの推測を、果敢は肯定する。
「アウラ・マーカーといってね、使える状況は限られるし、長い時間はもたないんだが、特殊なアウラを浴びせた相手の体内に、アウラが侵入し……俺に大雑把な居場所を、教えてくれるのさ」
あの時、果敢は魔族達やゴッドフリートを逃がさないように、アウラ・マーカーで目印をつけておいたのだ。
月夜などの、アウラ・マーカーが使えない状況ではなかったので、果敢は大広間に居た全ての者達に、目印を付けられたのである。
ちなみに、アウラ・マーカーのアウラは、相手の血の中に溶け込み、全身に巡るので、チキータの場合は心臓の中の血に、僅かにカカンのアウラが、溶け込んだ状態であった。
そして、身体の殆どを爆破したチキータは、他の魔族達やゴッドフリートよりも、明らかにアウラの量が少ない筈。
精神を研ぎ澄ませた果敢は、多数の自分の特殊なアウラを、感知する事が出来た。
そして、感知出来る多数のアウラ・マーカーの反応の中で、明らかに他のよりも、反応が弱過ぎるのが存在したので、それがチキータだろうと、果敢は推測。
弱過ぎる反応を追いかけて、この小屋に辿り着いた果敢は、チキータを発見したのだ。
ちなみに、目印といっても、目で見える訳ではなく、存在する方向を、精神が感知出来るだけである。
「あの段階で、逃げられた場合の追跡手段まで、講じていたとはね……抜け目の無い奴だ」
チキータは脱帽し、言い添える。
「まともじゃない強さの上に、抜け目まで無い英雄か……アスタロトが負ける訳だよ」
「お前もすぐに、アスタロトの後を……追わせてやる」
そう言い放った後、果敢は微妙に、嫌な予感に襲われる。
だが、嫌な予感の正体など、深く考えていられる場面では無い。
相手は特級魔族なのだ、確実に仕留めなければ、何が起こるか分からないのである。
果敢は躊躇いもせず、アウラ・ブレードの刃を、チキータの左胸に突き刺す。
既に防御する力は、チキータには残っていない。
チキータは胸から、鮮血を迸らせながら、苦し気な呻き声を漏らし、その場に膝をつく。
致命傷を負いはしたが、即死はせず、返り血にディアンドルを染めた果敢に、チキータは話しかける。
「最後に……素顔くらい……見せろよ。正体は……ばれてるんだ、隠す意味……無いだろ」
苦し気に、チキータは続ける。
「アスタロトや……あたしを倒した、異世界から来た……英雄ってのが、どんな顔しているのか、一度くらい見てから……死にたいのさ」
確かに、正体がばれている上、すぐに死ぬ相手なので、素顔を隠す意味は無い。
武士の情けに近い感覚で、死を目の前にした相手の、その程度の願いなら、叶えても良いだろうと考え、果敢は左手で仮面を外す。
そして、肌や髪の色を変える魔術を、果敢は解除。
黒髪と色白の肌の色を取り戻し、本来の顔をチキータに見せる。
異常な戦闘能力に似合わな過ぎる、ボーイッシュな少女のような、果敢の顔を目にして、チキータは意外そうな顔をする。
「女装が……似合わない顔なら、笑って……死んでやろうと……思ったんだが、似合い過ぎてて、笑えない……な」
そう言い遺すと、その場にチキータは崩れ落ち、事切れる。
「女装が似合い過ぎるって言われるのも、それはそれで……気分が良いもんじゃないんだけどな」
果敢は微妙な表情を浮かべつつ、外見を偽装する魔術のクリケを唱え、肌と髪の色を、クルトとしての色に変える。
そして、猫の仮面を再び被ると、クリケを唱え、火炎魔術を発動。
果敢は左掌から炎を噴き出し、チキータの死体を焼却する。
すると、炎が燃え移り、ログハウスが燃え始めたので、果敢はログハウスの外に出て行く。
果敢は再びクリケを唱え、今度は氷結魔術を発動。
左掌をログハウスに向けると、極低温の冷気を浴びせかけ、ログハウスごと氷結させ、一気に消火してしまう。
手際良く……と言えるかどうかは知らないが、短時間でチキータの死体の処理を終えると、果敢はエアリアルを発動し、空に舞い上がって行く。
チキータの部下達とゴッドフリートを、追撃する為に。
大広間にいた魔族達やゴッドフリートにも、アウラ・マーカーで目印を付けてある。
高度三百メートル程の高さまで、一気に舞い上がった果敢は、目を閉じて精神を研ぎ澄まし、魔族達やゴッドフリートの居場所を探る。
アウラ・マーカー用の特殊なアウラを、果敢の精神が感知。
果敢は目を開き、アウラを感じた方向に目をやる。
「東か……」
果敢の目線の先には、水量が減少し、島が一つ消滅したキール湖と、その向こう側……森を越えた辺りに広がる、ローゼンシュタットの町並があった。
アウラを感じた方向に向かって、果敢は飛んで行く。
ローゼンシュタットの町並に近付くにつれ、果敢はアウラを強く感じ始める。
「どうやら、ローゼンシュタットのどこかに、いるみたいだな……」
果敢はローゼンシュタットの上空で、空中停止する。
眼下に広がるのは、黒い三角屋根に、白壁という建物が多い街並みだ。
中心辺りには、コンクリート製の無機質なビルも並んでいるのだが、殆どは古い感じの建物である。
城下町なので、地方都市にしては大きいのだが、調査の為に町を巡った時には、景気が悪いのか、賑わっている感じは無かった。
だが、今は町の通りには、人が溢れ返っている。
キール湖の方で行われた、凄まじいまでの戦闘は、ローゼンシュタットからも見えたので、町の住民は大騒ぎしていたのだ。
人が多ければ、中には空を飛んで来た果敢の存在に、気付く者もいる。
そういった者達が、果敢の方を指差し、戦闘の当事者たる果敢が飛んで来た事を、皆に伝えたので、果敢は多くの人々に、見上げられていた。




