053 あのアスタロトを倒した元英雄なら、出し惜しみする訳にもいかないからねぇ! 奥の手を使わせて貰うよ!
「今回の女装の呪いだけじゃない!」
強い口調で、果敢は続ける。
「全裸で町の中を走らされたり、繁華街で猥褻な歌詞の民謡を歌わされたり、スケベな妄想を紙芝居にされて、子供に見せられたり……悪趣味でふざけた呪いばかりなんだ! お前の仲間のアスタロトの呪いはッ!」
魔族相手の話とはいえ、他人に話せる範囲の呪いの例だけを、果敢は並べ立てる。
実際は、もっと酷い呪いも、色々とあったのだが。
「アスタロトの野郎、悪趣味な呪いばかりかけやがって! あんなのが魔界のボスだったんだから、魔界はさぞかし、ふざけた変態ばかりがいやがるんだろうな!」
「いや、魔界はそんなんじゃないから! アスタロトが少しばかり、ふざけた奴なだけだ!」
チキータは声高に、否定の言葉を口にする。
「そもそも、あいつはアスタロト・ファミリーのボスであって、他のファミリーからすりゃ、ボスじゃないし!」
自分の胸を左手の親指で指し示しながら、チキータは言い足す。
「あたしはチキータ! 誰の下にもついちゃいない! あたし自身が、ファミリーのボスなんだ!」
魔界最強の魔神となったアスタロトなのだが、魔界を征していた訳ではない。
魔界は常に、多数の特級魔族が、群雄割拠している状態にあり、これまで魔界を征し……統一出来た者はいないのだ。
最強であったアスタロト率いるファミリーは、魔界において、最強にして最大の勢力といえた。
だが、アスタロト・ファミリーが、魔界を征服していた訳ではないのである。
会話を続けながらも、チキータが膨大な魔力を練り上げているのを察したので、果敢は警戒する。
(何か……仕掛けて来るな)
「ふざけた野郎だったとはいえ、アスタロトの強さは本物だった!」
強い口調で、チキータは続ける。
「あのアスタロトを倒した元英雄なら、出し惜しみする訳にもいかないからねぇ! 奥の手を使わせて貰うよ!」
(これは……レベル5の呪いを、嫌がってる場合じゃない!)
危険な何かを察した果敢は、レベル5の呪いを嫌がっている場合ではないのを、本能的に察した。
一気に膨大なアウラを練り上げ、アウラ・アーマーの出力を急激に上げ続け、チキータを振り解こうとする。
だが、果敢の判断は、チキータを振り解くには、僅かに遅かった。
果敢がアウラ・アーマーの出力を、最大に引き上げるよりも先に、チキータの方が、「奥の手」の準備を、整え終えてしまった。
チキータが抱き着いた、もう一つの目的は、その奥の手を使う為だったのだ。
奥の手を使う為には、敵である果敢を、強力な力で抱き締め、動きを封じる必要があったので。
「ベーテ・アル・インフェルノ!」
奥の手である攻撃手段の名と、同じクリケを、チキータは口にする。
すると、チキータの全身が、青白い炎に包まれ始める。
果敢が身に纏うディアンドルだけでなく、チキータが着ていた着衣も、一瞬のうちに燃え上がり、消滅してしまう。
ディアンドルは再生しようとするが、すぐに高熱の炎に焼き尽くされてしまうので、再生が間に合わず、果敢はチキータと、裸で抱き合う状態になる。
裸で抱き合うといっても、艶っぽいシチュエーションではない。
地面が高熱で焼け焦げ、近くの湖水が大量に蒸発する程の、超高熱を放つチキータに抱き締められているので、普通の人間なら、とっくに焼死している。
アウラ・アーマーの出力を、引き上げ続けているので、果敢は今の所、無事で済んでいる。
身体は何とか守り通しているが、熱さを完全に防ぎ切れている訳ではないので、全身を焼かれているかのような痛みを、果敢は覚えてしまい、苦痛に顔を歪めている。
防御力の限界に近い攻撃を受けると、アウラ・アーマーを発動中でも、苦痛を完全には消し切れない。
顔を歪めてしまう程の、熱さと苦痛に苛まれているという事は、チキータの熱攻撃が、果敢のアウラ・アーマーの防御力の限界に、近い程に強力だという事を意味していた。
(こいつはヤバい! もっとアウラを練って……アウラ・アーマーを最大出力にしないと!)
果敢は必死で、膨大なアウラを練り上げ続け、片っ端からアウラ・アーマーに投じる。
アウラ・アーマーの出力が上がり続けるにつれ、果敢の身体が放つ白い光は、より強力に……眩くなっていく。
チキータの身体が放つ熱は、どんどん上昇し続け、青白い光も強力になっていく。
強力な光を放つ二人の周囲は、普通の人間であれば、目を開けていられない程に明るくなる。
チキータの攻撃は、単なる熱攻撃ではない。
身体が高熱になるのは、単なる準備段階でしかないのだ。
魔族は様々な魔術で、異常な身体強化を行っている。
その魔術強化には、特殊な魔石が使われる場合がある。
チキータは体内に、その特殊な魔石の中でも、かなりレアな物を埋め込み、利用している。
その魔石の名はタスラム、かっては存在した、この世界の神の力を持つ、希少な魔石である。
僅かとはいえ、神の力を持つが故に、神の力を持つ者でなければ、タスラムを体内に持つ者の身体を破壊し、殺す事が出来ない。
魔族の中でも、頂点といえるレベルにいる者達の中には、僅かではあるのだが、タスラムを持つ者達がいて、アスタロトも体内に、タスラムを埋め込んでいた。
だが、この世界にとっては異世界の神とはいえ、神の力を限定的な形であれ使える果敢は、タスラムを持つ魔族であっても、殺す事が出来てしまう……アスタロトを殺したように。
故に、チキータはタスラムを、別の形で使う事にしたのだ。




